07
「…ったく、最近の兵士は本当に落ち着きねぇッスね」

ざわざわとする新人兵士達に目を向けながら、ルイスはぼそりとそう呟いた。

「もう…またそんなこと言って。初めての壁外で堂々としてられるのなんてルイスぐらいだよ」

「あざッス分隊長!ザジ、俺褒められたぞ、今なら死ねる!」

「いや…多分今のは褒め言葉ではないんじゃないかと…」

ザジは乾いた笑いを漏らしながら眼前で楽しそうに談笑を始めるレイラとルイスを見つめる。

あれから一ヶ月経ち、遂に今日は新兵を連れての初の壁外調査の日。

不安とやる気とがない交ぜになった不思議な雰囲気の中、この二人の空気だけは異質だった。いや、分隊長クラスの連中は皆そうだ。ハンジはリヴァイに何やらちょっかいをかけているし、ミケとエルヴィンは恐怖など全く感じないといった風に、ただ無機質な壁が開く時を待っている。

結局、この前出会ったペトラ達はレイラの希望もあって彼女の手の届く範囲内に配置されることとなった。元々調査兵への志願者が今年はほとんどいなかった為、全てレイラがカバーできるかはわからないが、新兵の死亡率はこれでぐっと低くなったことだろう。

「…僕も、生きて帰らなきゃなぁ」

誰にともなく呟く。入隊から二年経っても、まだ自分は巨人への恐怖を拭い去れてはいない。同期で入った者達は、亡くなってしまった者ももちろんいるが、生きている者は皆戦い、そして生き延びる術を見出して、立派な兵士へと成長していった。

けれど自分はどうだ。いつまでもこうして怯え、頼もしい先輩や憧れの分隊長という存在の隠れ蓑を被っている。入隊して二年だ。それだけ経つのに未だに自分は彼らのサポートをすることで精一杯。
だからここまで生きてこられたのは確実に彼らのお陰だ。そうでなければ今頃自分は巨人の腹の中に収まっていることだろう。

強くなりたい。たったそれだけの望みなのに、それすら叶えられない自分の無力さが憎らしかった。

「おい、ザジ。堂々とシカトしてんじゃねぇよ」

「へっ…あ…すいません!何でしょう!」

ハッと我に返って横を向けば、ルイスの黄金色の瞳が訝しげにこちらを睨んでいた。

「だから、左側のサポート、頼んだからな」

彼の鮮やかな金髪にはおよそ似つかわしくない茶色の眼帯。隻眼にというハンディキャップを抱えても尚、それを感じさせないほどルイスは強い。

単純に憧れた。彼の隣に立っていつか自分も分隊長を支えていきたいと。けれど、自分は一度だってルイスの隣に立つことを許されたことはない。いつだってサポートに徹していることしかできていないのだ。それと同時に不安だった。いつか本当に役立たずと見なされて捨てられてしまうのではないかと。

「お前らも、足手まといにならない程度に仕事しろよ」

「「は…はいっ…!!」」

いつの間にか隣に集まっていた新兵、ペトラ、オルオ、エルド、グンタにルイスはそう言い放つ。

そうして彼はさっさとレイラのもとへと行ってしまった。残されたペトラ達は緊張からほんの少し解放されたかのように安堵のため息をついている。ザジはそんな彼らに見向きもせず、ただルイスの背を見つめていた。
童顔で実年齢より幼く見える彼だったが、不思議と今は大人びて見える。

すると、ペトラはおずおずとザジへと声をかける。

「ザジさん、あの人…ルイスさんは何故あれほどまでにレイラ分隊長に固執を?」

何故か。そんなものは決まっている。レイラがルイスにとっての全てで、その生を続けていく上で必要不可欠な存在だからだ。だけれど、よく考えてみたら、何故そうなったかの過程をザジは知らない。

二年以上経つというのに、自分はそんなことすら知らないのかと、苦笑した。
今までルイスやレイラがそれを語らなかったのはきっと、話す必要がなかったからなのだろう。だが、自分がそんな昔話を口にしてはもらえないほどの存在だったという事実に、ザジは静かに拳を強く握りしめた。今自分が悔しいのか悲しいと思っているのか、それすらもわからない。

「ごめんね…僕にはわからない、わからないんだ。何で先輩がああまでしてるのか。多分兵士長も団長も知らないと思う。わかるのは分隊長が憧れの人ってことくらいかな」

「じゃあザジさんは、どうしてここに?」

ただの興味本位の質問のつもりだったのだろう。ルイスについて聞いたから今度は自分に。けれどそれはザジ自身も驚いてしまうほど、深く彼の心の奥を抉った。

「僕は…」

彼にはどうしても調査兵にならなければならない理由があった。そうすることでしか成し遂げられない願いが。だがそれを口に出すことはしたくはない。自分ですら忘れてかけていたような願いなのだ、それは。

「忘れちゃったよ、そんなこと。君達は?やっぱり誰かに憧れたの?」

強制的に自分から話題を逸らして、ザジはいつもの朗らかな瞳で四人を見つめる。

しかしそうやって話題を逸らしても心には引っかかりが残っていて、彼は嬉々としてリヴァイへの憧れを語る四人を、今度は憂いを帯びた瞳で見つめていたのだった。



























「ねぇ、リヴァイ」

馬に跨り、臨戦態勢を整えたリヴァイに唐突にかけられた声。それは同じく臨戦態勢を整えたレイラからのものだった。

「何だ」

彼女の方も見もせずに彼は返事をする。その声音からは、ついこの前二人でコーヒーを飲んでいた時のような穏やかな感情は一切込められてはいなかった。

それは彼女も同じで、レイラもやはり厳しい、けれどどこか寂しそうにゆっくりと口を開く。

「この壁の向こうはさ、二年前、壁を奪還する為にみんなが命を賭けた地区」

「…あぁ」

たった一言、そう返すことしかできなかった。忘れてはいけない、だけれど思い出してはいけないあの二年前の作戦。多くを奪われ、そして奪い返すことのできなかった無謀な作戦。

新しく行路を作り出すためとはいえ、できれば近寄りたくはない地区だ。

「アイリスとジャックも…まだあそこにいるんだよね」

誰が死んだかなんて、全員を把握することはできない。だが二人があの時死んだことは今も褪せない記憶としてレイラの中に残っている。

その死体すら連れて帰ることができなかった。あんな場所に野ざらしになって、ただ骨だけになっていく日々を彼らに遅らせてしまったのだ。それがレイラは何より心残りだった。

ルイスも、何も口に出しこそしないが、恐らくそのことは考えているであろう。目の前で失い、その場に置いていかなければならなくなってしまった親友達のことを。

「ならお前も仲間入りしねぇように生きろ」

彼らと同じ地で眠ることができるのなら。一度はそう考えてしまった時もある。
残された人間の苦しみがどれほどのものか知っていながら、その身を投げ出してしまおうとした時だってあった。

何て眩しいのだろう、リヴァイは。彼のたった一言で自分はまたやる気を取り戻すことができるのだから。

「ふふ、了解。…っと、そうだ、リヴァイ」

眉間に皺を寄せて、彼はめんどくさそうにこちらに視線を投げる。

悠長に会話などしている場合ではないのだ。もうすぐ開門するはず。それでも彼女は真面目な顔つきで言葉を紡いだ。

「生きて帰ってくるのはもちろんなんだけど…今日はザジの方に注意を向けておいてもらってほしいんだ」

「何故だ?あいつはいつも通りだろ。むしろ気を配んなきゃいけねぇのは新兵の方だろうが」

「そうなんだけど…」と短く呟いて、レイラは心配そうな眼差しで後方のザジと新兵達の方をチラリと見やった。

「何だか最近変というか…いや、大きく変わったってわけじゃないんだけど…」

例えば彼が一人でいるのを見た時。彼は特に何をするでもなく、窓の外の空を見つめていることがある。そして、自由に飛び回る鳥を目に映すと、彼は決まって窓から視線を逸らすのだ。

その時ザジが何を思い、そうしたのかはわからない。しかもそれは一度や二度だけではないのだ。ただ一つわかるのは、何故かそうした後の彼は、今までに見たこともないくらいに複雑な表情を浮かべているということ。

二年経つというのにレイラはザジ・シンクリアという男の本質が掴めないでいた。自分を慕ってくれているのは本当。ルイスやリヴァイに憧れを抱いているというのも本当。全てが本当のことだらけ。でもだからこそ、レイラはわからなかった。

そうして唸る彼女を横目で見ながらリヴァイは口を開く。

「ならお前が見てりゃいい」

「私は新人君達の方を気にかけておいてあげないとだからさ、お願い!何もなかったならなかったでいいから」

小さく舌打ちをして正面に向き直るリヴァイ。
それを無言の肯定と受け取って、レイラは嬉しそうに微笑む。

そして、もう一度後ろを振り返ってザジを見れば、やっぱり彼はいつも通りで。

けれど、そこにどことなく違和感を感じながらレイラが口を開きかけた時


開門を知らせる鐘が鳴った。


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