05
「……」

「………」

睨み合う人類最強の男と、ただの兵士。お互い何を言うでもなく、ただ石像のように固まったまま恨みの念によく似たオーラを放っている。

「…呼びつけといて何なんッスか。相変わらず目つきの悪いことで。で、今からここでバトルッスか?」

「するか。殺すぞ」

静かに燃え散る二人の間の火花。
レイラからの指示で仕方なくリヴァイの所に来たはいいが、部屋に入るなりルイスがガンを飛ばし始めた為、今のような状況が出来上がったのだ。

先ほどからルイスが悪態をついてはそれをあしらうリヴァイというくだらないいたちごっこが続いている。さっさと本題に入ればいいのだろうがその前にルイスが何か気に障ることを言うのでそれすら出来ずにいた。嫌よ嫌よも好きの内なんて言葉があったが、自分達には絶対に当てはまらない気がする。

「言うこと言ったら終わりだ。大人しく聞け、グズ」

リヴァイの言い方も言い方だ。こういう言い方が余計に相手を怒らせることに果たして彼は気づいているのだろうか。

確実に怒りのボルテージが上がっていくのを感じながらも、ルイスは話を聞く態勢を一応整える。くだらない話だったらとりあえず考えうる限りの悪口を言う気満々で。

「壁外調査でのお前の配置のことだ」

「は…?」

思わず拍子抜けしてしまう。自分の壁外調査の配置など決まっている。レイラの隣、それ以外はない。大体そんなことわざわざ呼び出してまで話すべき事柄ではないはずだ。少し憐れみの念を込めて、ルイスは彼を見返す。

「んなの分隊長の隣に決まってるじゃないッスか。それがどうしたんスか兵長」

彼がそう言うのがわかっていたのか、表情一つ変えずにリヴァイも真っ直ぐな瞳でルイスを見つめた。

「俺とエルヴィンはお前を新しい班長にと考えている」

一瞬空気が固まる。ルイスは目を見開いて動かなくなり、リヴァイもただ彼の言葉を待っている。
やがて、我に返り、ルイスはたった今リヴァイから発せられた言葉の意味を静かに咀嚼しだした。

何故自分が班長になどならなければならない。誰がそんなこと望んだのだ。恐らくリヴァイもエルヴィンも自分の実力を高く評価したからこそ、その決断を下したのだろう。だがそんな評価、自分はいらない。そんなものの為に自分はここにいるのではないのだから。

ルイスはあくまでも冷静なままで、冷たい瞳を目の前の彼へと向ける。その瞳の内には、冷たいながらも確かな怒りが込められていた。

「何をバカなことを。いつから二人そろって頭おかしくなっちまったんスか?班長っていう肩書きのままレイラ分隊長の傍についてられるってんなら話は別ッスけど」

恐らくリヴァイの言っている班長はそんなものではない。数人の班員を率いて、彼女とは別の行動をとる。そんなことできるわけなどないではないか。

しかし、怒りに燃えた瞳を向けられても尚、リヴァイは当然のことを話しているかのように口を開く。

「ならお前は、このまま巨人がのさばり続けて俺ら人類が衰退していってもいいってのか?使える奴は使わねぇとやってけねぇだろうが」

彼の言いたいことはよくわかる。だが、そんなことではない。ルイスが憤りを感じているのはそんなことではなかった。
ルイスはつかつかリヴァイに近づいていき、不機嫌さを全面に押し出して嘲るように笑う。

「何か勘違いしてねぇッスか?俺が今までここで戦ってきたのが人類の為だとでも?笑わせんなよ」

こんな毎日が死と隣り合わせの調査兵になったことも、片目と同期の仲間を失っても尚戦い続けることも、そんな正義感に突き動かされからなどでは決してない。

全てはたった一人の自分を変えた女の為に。

「俺はレイラ分隊長の為にしか戦わない。他の人間なんか知らねぇッスよ。それで滅亡しちまう日が来ても、俺はあの人の横で死ねるならそれでいい」

きっぱりと、それ以上の反論を許さないかのように彼は断言した。

初めからこう言われることはわかっていたのかもしれない。ルイスの答えを聞いた時、不思議とストンと落ちるように納得したからだ。だが同時に、何故だか胸がざわついた。

レイラの傍にはいつだってルイスがいて、それをレイラ自身も強く望んでいる。彼が自分の傍にいてくれることを。絆と言えば聞こえはいいが、その二人の関係に、リヴァイはどうしようもなく胸がざわついたのだ。

自分は彼女にとってのそんな存在になれることはきっとない。時折弱さを見せることはあっても、傍にいてほしいと思ってくれることはないのだ。どこまでいっても自分は彼女の戦友でしかなくて。それはルイスだって同じだが、ひどくそのことが彼の中にモヤモヤとした感情を生んだ。

眉間に皺を寄せながらも、もう何も言わないリヴァイを見て、諦めたのだと判断したルイスは、部屋の隅にあるソファに腰掛ける。

「俺なんか班長にしたら毎回の壁外調査、俺の班多分俺以外全滅して帰ってくるッスよ」

「だろうな。初めから答えに期待なんかしてねぇよ」

「なら何で言ったんスか」と言いながらルイスは軽く笑った。

それからふと思い出したように彼はリヴァイへと無気力な瞳を向ける。もうそこには先ほどのような怒りの感情は綺麗に消え失せていた。

「今回の話もそうッスけど…何か兵長、最近俺と分隊長を一緒にいさせないようにしてません?」

どくんと、ほんの少し心臓が跳ねたような気がする。そういえば最近無意識とはいえそうしてきたような気がしなくもない。

だが全ては必要なことだったはずだ。隻眼のルイスを慣れていない内に壁外に出すわけにはいかないし、今の話だってそれがベストだとエルヴィンと話し合った結果だったはず。

「必要もねぇのにわざわざそんなめんどくせぇことしねぇ」

「えー…だって最近俺が部屋で分隊長と話してると急に怒って掃除させたりするし、この前だって仕事の話してるだけだったのに遠くから睨んできたりしたし…って…ん…?」

そうして話している内に、ルイスの瞳が徐々に生気を帯びてくる。そして一人で考え込んで何か結論が出たのか、だらけて座っていたのを正した。

「兵長…あんたまさか…」

「何だ」

珍しく冷や汗を額に浮かべながらこちらを見るルイス。自分とは正反対に、彼は気づいてしまったことに驚きを隠せないでいる。

「えぇー!?マジッスか!?兵長が!?ありえねぇ!!いや、レイラ分隊長が相手ならまぁ仕方ないッスけど…」

一体何だと言うのだろう。ルイスといいこの間のロキといい。自分でもわけのわからないこの感情の正体を知っているのか、彼は。なら聞いておきたかったがルイスのことだ。適当にはぐらかされるに決まっている。レイラ関係のことのようだからもしかしたら教えてくれるかもしれないが。

「しかもその様子だと…兵長気づいてないッスね?」

返事をするでもなくリヴァイはルイスを睨みつける。それだけでも答えはイエスだと言っているようなものだが。
ルイスはこみ上げる笑いを必死に抑えながら小さくため息をつく。

「気づかない方が幸せ…でもねぇか。まぁ詰まるところ兵長も一人の人間だったんスねって話ッスよ」

全く持って理解不能。何の話をしているのだ彼は。気づかない方が幸せのはずがあるわけがない。こんなモヤモヤした感情を放っておいたら仕事に悪影響を及ぼす。

先ほどよりもキツく彼を睨めば、ルイスは面白そうに意地悪く笑った後、ゆっくりと口を開いた。

「こういうのは何年かかったとしても自分で気づかねぇと意味ねぇんスよ。兵長は超がつくほどの鈍感野郎みたいッスからどんだけかかるかわかったもんじゃないッスけどね」

「くだらねぇな。なら俺はんなもん知らねぇままでいい」

本当にそれでいいのだろうか。自分はいつだって後悔しないような選択をしてきた。それが正解かどうかなんてわからない。少なくとも自分が選び取った道に文句はなかったはずだった。

だが、頭の中に浮かぶレイラの姿。このままこの不思議な感情を放っておいたら仕事に悪影響とか、そんな次元の話ではなく、何となく一生後悔がついてきそうな予感がした。死なない人間など、いないのだから。しかもこんな世の中だ。誰がいつ、どんな時に死ぬかなどわかったものではない。

不機嫌そうに考え込むリヴァイに少し苦笑して、ルイスは一言呟いた。

「俺はレイラ分隊長のこと、好きですけど狙ってはいないッスよ」

「だから何だ」

「いえ何でも。でも安心したでしょ?」

言われてみれば、何となく胸のつかえがとれた気がする。彼の言うとおりひどく安心すらした。何ともおかしな身体だ。何故ルイスの言葉一つ一つにいちいち反応するのだろう。

「むしろ敵はエルヴィン団長の方ッスよ」なんて言いながら、尚も彼は楽しそうに笑っている。自分すら知らない自分のことをよりにもよってルイスに知られているということに、無性に腹が立ったがきっと近い将来自分も理解する日が来る気がしたので、リヴァイは黙って彼を見ていた。確証はないが、何となく、そう思ったのだ。


そう、近い将来きっと。


そして、日が傾きかけて暗くなり始めた部屋にノックの音が響いて


“リヴァイ”と己の名を呼びながら入ってきたレイラの笑顔を見た瞬間


暗い室内に一瞬暖かな光が灯ったような

そんな気がした。


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