09
死ぬ直前になると走馬灯が流れるとはよく言ったもので。

暗く冷たい世界の中で、走馬灯ではないけど夢を見た。
クズみたいなガキの頃の夢。あの人と出会う前の俺。



あの頃はどこまでも世界が腐って見えてた。

壁の中が安全だと信じきって内側で安穏と暮らす人間という名の豚みたいな家畜共。その家畜共を牛耳る大ボス豚。
王なんて立派な名前が付いちゃいるが俺にとってはそれぐらいの認識しかなかった。

まるで決められているように、同じ日常しか繰り返すことのできない哀れな奴ら。だけど見下すことはしない。
俺もそんな奴らと同じだったから。

どんなことでもいい。ただ変化が欲しかった。変革を求めて、俺は兵士に志願したんだ。

だけどどこへ行っても同じだった。空虚な世界は変わらない。俺の目には相変わらず無色透明な世界が映るだけ。仲間が出来たってやっぱり変わらない。

今思うと俺はどっかで物事を全部客観視しかしないようにしてたのかもしれない。額縁の外の出来事として。

だけどその中で俺はあいつらに、ジャックとアイリスに憧れにも似た何とも漠然とした感情を抱いていたのも確かだった。

ただ意志のままに行動するアイリス。こうしたいだとかああしたいだとか、全部俺にはないものだ。自分という個をはっきりさせてる。

そして他人の、好きな女の為に自分も行動するジャック。甘やかしてるって言っちまったらそれまでだが俺に言わせればそれは優しさだった。馬鹿力女の代わりに時折ハゲ教官に怒鳴られている姿を目にすることだってあった。他人の為に何かする、これも俺にはできないこと。

こいつらといるのは時に苦だった。俺がいかに何も持たない“無”だということを思い知らされるから。

そして訓練と訓練の合間に時々思ってたことがあった。俺は何の為にここにいるのだろうと。考えたってきっと永遠に答えなんて出やしなかったんだろうけど。
でもそんな俺を変えてくれたのはあの人だった。俺という存在そのものを上辺だけじゃなく心の底から認めてくれた。

俺という存在に、この世にいる意味を持たせてくれたんだ。

何もない夢の中で声が響く。何度も反芻しては心の支えみたいにしてきた言葉。

“私はルイスの生き方、好きだよ”

たったそれだけって言われるかもしれない。でもそれでもかまやしねぇんだ。

この一言が俺にとってどれだけ救いになったか、きっとレイラ分隊長自身もわかってないんだろう。

たったそれだけ…たったそれだけなんだ。それだけで俺は生きていけた。あの人の為に。ずっと憧れてた他人の為に生きることが出来たんだ。もう死んだっていい。


ずっとレイラ分隊長の背中を追いかけてきた。

でもあの人はいつも追いついたと思ったらまた遠くに行ってしまう。けど分隊長は俺を振り返って立ち止まって手を差し伸べてくれる。

そうしている内にいつしか周りに目を向ければ世界には色がついてて、そして本当の意味であいつらを仲間と思えることができるようになってて。
何よりあの人のことが好きで好きでたまんなくなってた。

やっとこの世界が楽しいと感じられるようになってたんだ。


ねぇ、分隊長。



死ぬ直前くらい俺はあんたの隣に追いつけましたか…?







































「………う」

夢の終わりを告げる光。淡く優しいはずのその光は、沈みかけていた彼の魂を無理やり呼び戻すかのように輝いた。

ゆっくりと追いついていく意識。
開かれたルイスの右目には数年で見慣れてしまった天井。そしてやはり見覚えのあるベッド。まだ現状が把握できていないのか、ルイスはベッドから立ち上がろうと身を動かした。

「……いってッ…!」

背中に強烈な痛みを感じて、体は再びベッドへと沈む。右腕に至っては関節一つ動かそうとしただけで激痛が走る。

どういうことだ、これは。自分は結局死ななかったのか。リヴァイに助けてもらった時は生き残れると一瞬思ったが、重くなる意識にもうダメかもしれないと覚悟したのに。

安堵した途端に思い出すアイリスとジャックのこと。そうだ、自分は助かったとて彼らは死んだ。これは紛れもない事実。悔しさとやるせなさがみるみる湧いてくる。彼らは自分なんかよりも生きる価値のある奴だった。少なくともあんな所で、あんな風に死ぬべき者達ではなかったはずだ。何故彼らではなく、自分だけがこうしてのうのうと生きているのだ。

「……くそッ…!!」

ギュッと拳を強く握りしめる。
その時、今更ながらに、己の左手に重ねられている何かの感覚に気づいた。状況整理に混乱していて今の今まで気がつかなかったのだ、この重ねられた何か、厳密に言うと誰かの手に。

驚いて軋む体に鞭を打ち、首を横へ向ける。左目が開かない為、半分になっている視界の中で自分の手を握ってベッドに突っ伏して眠っている人物。本当は見て確認しなくてもわかっていた。ルイスはこの手の感触を知っている。昔、自分に差し伸べられたあの手。この世の何よりも大事で敬愛するあの人の手。

今一番会いたいけれど会いたくはなかった人。



「…レイラ……分隊長…?」

久しぶりに発する己の声は酷く掠れて震えていた。まるで泣いているように聞こえて、ルイスは自分に苦笑する。

「……ん」

小さく動くレイラの体。やがて彼女は顔を上げて、目の前の彼を見た。
瞬間に彼女の瞳に光が宿り、うっすらと涙の膜が張っている。

「……あ…あの、俺…」

何か言おうとしても言葉が出てこない。生きて再会できたことの喜びよりも、皆一緒に帰って来ることが出来なかった後ろめたさの方が大きかったのだ。

自分もこれだけ大怪我を負って、きっともうこの左目は開かない。決まっているわけではないが、多分そうなるだろう。レイラに心配だってかけた。

「…約束守れなくて……すいません」

謝ることしか思いつかなかった。柄にもなく泣きそうになる。いつから自分はこんなに涙もろくなってしまったのだろう。一番泣きたいのはレイラの方なのに。

すると握られた手にかかる力が強くなる。レイラを見ると彼女は柔らかく微笑んでいた。

「ふふ、泣いたりなんかしたら二人に笑われちゃうよ?」

ふと泣いている自分を見て笑っている二人の姿が脳裏に浮かぶ。そんな姿、見せたことはなかったから。そしてそれはこれからも見せるつもりはない。二人が死んでしまってもそれは同じこと。

ルイスは俯く。そうだ。情けなくいつまでも仲間の死を悲しんでいる暇はないのだ。ここで折れてしまったら彼らの死は全くの無駄になる。

「……はは…相変わらずだなぁ……分隊長は…」

レイラは何て強いのだろう。もう前を向いている。いや、彼女だって一度は挫けかけたはずだ。本当はそんなに強い人ではないのを知っているから。だとすれば、誰かが彼女を導いたのだろう。恐らくリヴァイあたりが。動けるようになったら一度頭を下げに行かなければ。面倒くさいが。
そんなことを考えていると思わず小さく笑みがこぼれた。本当に久しぶりに笑ったような気がする。

「ねぇ…ルイス」

「あ…はい!!」

レイラの声に弾かれたように顔を上げた。もうそこには陰鬱な表情は微塵もない。

「……おかえり」

まるで子供にするように、レイラは彼の頭を撫でた。
「生きていてよかった」だとか「心配した」だとか、そんな言葉なんかよりも、ずっとずっと響く言葉。

「はい…遅くなって…すんませんっした」

きっとこれ以上の言葉など何もいらない。そんな薄っぺらい関係ではないのだ、自分達は。ただ一言、一言交えればそれでいい。

その時、ぽすりと頭に乗せられた何か。それが自分の宝だと気づくのに、それほど時間はかからなかった。

「ふふ…何で直らないんだろうね。その寝癖頭。くせっ毛ってわけでもないのに」

「俺もわかんねぇッス。でもこのままでいいッスよ。じゃなきゃこれもらえなかったし…」

帽子を目深に被る。かつてレイラからもらった大事な物。

何も手入れなどしないので頭はいつも寝癖ではねていた。レイラはそれはそれでいいと言ってくれたが、調査兵になったらそれじゃ締まりがないからと部下になったその日に、寝癖頭を隠すためにと、記念として彼女がくれたのだ。
その日からそれは彼の何よりも大切な宝物になった。何より、これを被っているとレイラが嬉しそうに「大事にしてくれてるんだね」と笑ってくれるから。大事にする理由は彼にとってそれだけで十分。

「分隊長、俺何日寝てました?」

「ちょうど一週間かな」

「あぁ、なら寝癖もひでぇはずだ」

「まったくだよ。寝すぎなんだから…」

瞬間、ぱたりと、ルイスの手に何かが落ちる。それはいくつも落ちてきて静かに彼の手の甲を濡らした。
彼は何も問わない。多分レイラもそれを望んでいるだろうから。

「…雨漏りでもしてんッスかねぇ。あーあ、兵長に文句言ってやらないと」

掠れた声で返ってくる「そうだね」という声。ルイスはそれ以上何も言わずに、窓の外へと片方だけになった目を向ける。

差し込んでくる朝日。自分を暗い闇から引きずり出したのはこの朝日だったのかと納得した。
それはどこまでも澄んでいて、輝く太陽が顔を覗かせている。
思えばこうして上ってくる太陽を見たのは久しぶりの気がする。どうせ何てことはないただの太陽だろうと興味すら湧かなかったそれはとても美しく思えた。

「……ムカつくほど綺麗だ」

あの太陽も、差し込んでくる光も、そしてそれに照らされるレイラも何もかも。

そう感じると同時に何かをあの二人に伝えられているような気がした。


もう一度だけチャンスをくれるのか。

この人の傍にいて、共に戦うことを。


ならそうさせてもらうよ。

そう、お前らの分まで。


何だかなぁ…


さっきまで最悪な気分だったのに


今は存外悪かねぇ…





































「入らないのか?」

扉の前に立ち、その場を動こうとしないリヴァイにエルヴィンがそう声を投げかけた。リヴァイはチラと彼に視線を寄越してその場を立ち去ろうとする。

「俺はいい」

「声くらいかけてやったらどうだ」

そんなこと、できるはずもなかった。あの二人の間には誰一人として割って入ることができる隙間など存在しないのだから。それは当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。レイラの近くにいたのはルイスの方が長く、信頼関係に至ってはきっと自分など比較対象にすらならないだろう。

「俺は先に戻る。声かけたきゃかければいい」

短くそう言い放ってリヴァイは足早に歩き出した。


別に気まずくて声をかけられなかったのではない。そんな優しい理由ではなくて

あの二人の関係が、入り込む隙などないほどに作り上げられたそれを見ているのが

何故か、どうしようもなく

気に食わなかっただけだったのだ。


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