07
“あんたが自分以外の誰かを守るなら、俺があんたを守るよ”

俺はあんたの盾にも剣にもなる。だからあんたは俺を守らなくていいと、彼はそう言った。実際彼は強くて頼りになって、彼は自称なんて言っていたけれど私は本当に彼のことは右腕だと思っている。他の二人だってそう。

だから、あなたはずっと共にいて

共に戦ってくれるんでしょう…?








「……あれ…?私今…」

乱れた息を整える為に立ち止まったレイラはふと頭をよぎったことに首をかしげた。何故今ルイス達のことを考えたのだろう。それと同時に何か嫌な予感が胸の内に生まれた。
彼らなら大丈夫だと思ってはいるがこの胸のもやもやは何なのだろう。今はそれを気にしている場合ではないというのに。

レイラは伝う汗を拭って顔を上げた。所々に凄惨な死体が転がっている。
一体自分は何人助けることができた。恐らく二桁以上の人は助けているはずだ。皆まだ立体機動のガスはまだ余裕があったので何人かのグループを作って扉まで戻らせた。この作業を先ほどから繰り返している。しかしまだ信煙弾は上がらない。もう充分なはずだろう。これ以上は不毛だ。

レイラがギュッと刃を握りしめた時、背後から弱々しくもはっきりとした声が響いた。

「分隊長ッ…レイラ分隊長ッ…!」

振り向けばそこにはあのウォール・ローゼまで先に戻らせたはずの新人兵士が息を切らせて立っている。

「君は…!どうして戻ってきたの!?」

「も…申し訳ありません…!!どうしても…分隊長のことが気になってしまって…や…やっぱり無茶です!お一人だけで行動するなんて…!!」

そう言う彼の握る刃には僅かに血が付着している。巨人と交戦したのか。どうやら彼は見た目以上に勇気があるらしい。
レイラは溜め息混じりに苦笑して心配そうな彼の肩に手を置いた。

「…そっか、ありがとう。危険を冒してまで来てくれたんだ、もう戻れとは言えないな…よし、信煙弾が上がるまで手伝ってくれる?」

「はいッ!!」

瞳を輝かせてバッと彼は胸の前に手を置いて力強く敬礼する。なかなか頼りになる子なのかもしれない。

「あ、そうだ。まだ名前を聞いてなかったね」

「はい、自分はザジと言います!」

そう言ってザジは笑った。初めて笑顔を見た気がする。もっともこんな状況でおいそれと笑える者など限られてはいるが。

「それにしても…撤退はまだなの…?これじゃガスが途中でなくなっちゃうな…」

一度ガスを補給したもののこれ以上動くとなると再度補給に行かなくてはならなくなる。その時間すらレイラには惜しかった。

「もうすぐですよ、きっと…だから、まだ兵士を助けるおつもりなら壁方面に戻りながらの方がいいと思います」

「そうだね。うん、効率もきっといい。やるね、ザジ!!」

「そ…そんな…!!自分なんかまだまだで…」

「そんなことないよ。いい兵士になる気がする。よし、そうと決まればすぐに…」

レイラがそこまで言いかけた時、一際大きな破壊音が辺り一面に響き渡った。それが巨人が出したものだと理解して彼女は音のした方に急いで向く。

彼女らの視線の先には遥か遠方からでもはっきりとわかるほどに他とは全く異質の雰囲気を醸し出す巨人が一体と、そいつが殴ったのか、バラバラに砕け散った煙突。そして、すぐ隣の民家の煙突まで吹っ飛んでいく人影が見えた。

「大変…!!すぐに助けに行かないと!!」

「待って下さいダメです…!!あの巨人は何かがおかしいッ…!!自分でもわかります!!逃げましょう!戦いに行ってはいけない!!」

「何言ってるの!!人が襲われてる!!助けないでどうする……の…」

ピタリと、レイラの動きが止まる。

今襲われている兵士の元いた場所。粉々になった煙突の破片にまみれている複数の死体。その中の一つ、距離が遠すぎて細かいことはわからないが、ぐにゃぐにゃに曲がった死体。

見間違いようもないよく知りすぎたその姿。
最も信頼する部下の一人、ジャックの見開かれた瞳と目が合ったのだ。


「…そ…そんな…嘘…ジャッ…ク……?」

しきりに嘘だと繰り返す。嘘だ。彼は死んでなどいない。嘘だ。約束したんだ、必ず生きて帰ると。あれはジャックじゃない。そうだ、これだけ遠いんだから見間違いだ。近くで見ればきっとすぐにわかる。

ザジの制止を振り切ってふらふらと二、三歩歩みでた。嘘だ嘘だと、自分に暗示をかける。そんなレイラに追い討ちをかけるように見つけてしまったアイリスの亡骸。

「あ…あぁ…」

愕然とその場に立ち尽くし、最早言葉ではない音が口から漏れる。信じたくなかった。現実を、受け止めることができなかった。死ぬことはないと、勝手に思い込んでいた者達の死。どこまでも一緒にいるのが当たり前のはずだったのに。彼らはどうしてあんな所で死んでいる。ずっと共にいると言った。戦ってくれると言った。嘘だ。これは夢だ。そうに違いない。

錯乱しかかったレイラの思考を夢ではなく現実の世界へと引き戻したのは、己の最も信頼する部下の、最後の一人の存在。

ルイスは。ルイスはどこにいる。彼も死んだのか。だとしたら何故あの巨人はまだ戦闘態勢を保っている。そこでレイラは先ほど吹っ飛ばされた人物のことを思い出した。あれは間違いなくルイスだ。ならば今行けば彼だけは助けられるかもしれない。

「ルイス…ルイス…待ってて…今…助けるからね…帰ろう…一緒に…」

おぼつかない足取りであの得体の知れない巨人の所へと向かおうとするレイラをザジは慌てて引き止めた。

「ダメです分隊長…!!あんな奴相手にしたら死んでしまう!それにこの距離じゃ間に合わない!!逃げましょう!」

レイラのこの慌てようから察するに、恐らく今襲われている人は相当大切な仲間か、部下なのだろう。だが、今行っても十中八九間に合わない。しかも早く逃げなければ自分らも奴の標的にされる可能性がある。レイラには酷だが、彼のことは諦めてもらうしかない。

「離して…ルイスが…ルイスが死んじゃう…嫌だ…そんなの嫌だよッ…!!」

強引にザジの手をふりほどこうとするレイラ。行かせるわけにはいかない。死ぬとわかっていて行かせられるものか。
こうしている間にも巨人はゆっくりとルイスへと近づいていく。

「離せッ!!ザジ!!命令だ!!離せッ…離して!!!ルイスッ!!!」

「絶対に離しません…!!絶対ッ…!!彼はもう死ぬ!諦めて下さいレイラ分隊長!!」

「死なない!ルイスは私が助ける!!ずっと一緒だって言ったもの…私の剣に…盾になってくれるって言ったものッ…!!!!!」

巨人の手がルイスへと伸びる。同時にレイラの力も強くなった。

その時、一面青の空に上がる信煙弾。それはひどく無慈悲に思えて、そしてこの上なく今のタイミングで上がったことをザジは感謝した。
強引にレイラの体を抱えて全力で立体機動装置を蒸かす。なりふり構ってなどいられなかった。心の中では、何度も何度もレイラにごめんなさいと繰り返しながら。




「嫌だ…嫌ッ…ルイス…いや…いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」





















































「………分…隊長…?」

今彼女の悲痛な叫びが聞こえたような気がする。死ぬ直前に彼女の声を聞くことができるなど何と幸せなことだろう。

最早レイラを守る為の剣は折れた。自分の役目もここまで。もう少しだけ、傍にいたかった。短すぎる。何とあっけない。調査兵になるとはこういうことなのだろう。レイラに出会わず憲兵団に行っていれば死ぬことはなかったのか。自分も、死んだ二人も。いや、だが生と引き換えに己に残るのはきっとどうしようもない虚無感だけだったはずだ。無色透明にしか世界を映すことのできない哀れな男。

そんな風に成り下がるのならば

死ぬ方がよっぽどいいではないか。

「あーあ…最高の……フィナーレだ…」

開いている片方の目を閉じる。頭にレイラのことを思い浮かべた。


「……好きでしたよ、レイラさん」

巨人の指先が触れる感覚。いよいよかと思ったその時、刃が堅いものを切断する音が耳に入り込んでくる。
何事かと、目を開けた瞬間、ルイスは驚きに開いた目を丸くさせた。

「……兵長」

人類最強の男。リヴァイ兵士長。心の底から嫌いではないが好きでもない男がそこには立っていた。
その足下には切断したであろう巨人の腕が転がっている。

何故、どうしていう疑問をルイスが口に出すよりも早く、リヴァイはルイスを掴んでガスを最大限に蒸かす。巨人は暫く切断された手首の断面図を凝視していたが、やがて去っていく二人の背を静かに見送り、追いかけてはこなかった。

屋根から屋根へと移動する最中、ルイスは掠れた声で言葉を紡ぐ。

「……兵長…俺は…」

「どんな顔をして分隊長に会えばいいのか」と、ルイスはそう言った。
アイリスもジャックも死んだ。少なくともジャックは死なずに済んでいたかもしれないのに。自分もこれだけのケガを負って。左目がどうしようもなく痛む。もう開かないかもしれない。この右腕だって動かないかもしれない。

「あいつを…本当に狂人にさせるつもりか?」

「え…?」

「お前まで死ぬな」

「は…はは…俺…一人…生き残ったって…全員……一緒じゃないと…」

それきりルイスは黙り込んでしまった。
見えていないけれどリヴァイには彼が泣いているように感じた。

「俺は、お前が生きていて良かった」

そう呟いたリヴァイに、肩を震わせてルイスは苦笑する。

「……何スかそれッ…気色悪ぃ」

俯いて、伝う涙を必死に悟られまいとする。仲間を失って悔しいのと、死なずに済んでまだレイラの傍にいられるという安心感がない交ぜになって頭がこんがらがる。

「もう勝手に死のうとするな」

「…俺は…あんたの…部下ッ…じゃ…ねぇ…ッスよ」

「それと、ああいう台詞は本人に直接言え」

リヴァイの言った台詞がレイラのことが好きだと言ったあれだと気付いて、あぁ兵長そのこと気にしてたんだと思った時には、ルイスの体力は尽き、まるで死んだようにぴくりとも動かなくなった。




多くの犠牲を払ったウォール・マリア奪還作戦。


レイラからも多くを奪っていったそれは



静かに幕を閉じた。


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