05
武装した一般人達。今この場に集まっている者達は今から大規模な作戦を行おうとしていた。ある者は絶望的な表情を浮かべ、またある者は希望に満ちた表情を浮かべている。その者達の中にはレイラが見知っている人も少なくはなかった。

「レイラ」

市民兵達を見て強く拳を握りしめたレイラの背に声が投げかけられる。
あまりの背の高くないその後ろ姿はかけられた声に反応して長い髪をなびかせながら振り向いた。

「あぁ、ハンジ。そっちの準備は大丈夫?」

「うん、大丈夫。しかし…遂にきたって感じだね」

誰もが衝撃を受けたウォール・マリア奪還作戦。聞かされた時からさほど時間が経っていないような気もする。こうして並ぶ兵士達を見ていると本当にやるのだという実感がありありと感じられた。

今日は補佐にルイス達がいない。入ってまだ一年目の新人兵士がサポート位置についている。彼はまだ巨人に対する恐怖が拭い去れていないのか、先ほどから落ち着きなく視線を右へ左へと動かしていた。いや、彼だけではない。全体の士気こそ高いものの、やはり作戦参加者達の間には言葉にし難い緊張感のようなものが漂っている。

「……守らなきゃ。一人でも多く。この手で…!!」

強張ったその肩にハンジは軽く手を置く。

「無茶はしすぎないようにね。死んじゃったら元も子もないからさ」

その言葉にレイラは苦笑を返した。ハンジには悪いが今日ばかりは無茶をしないわけにはいかない。自分の生きる意味を失うわけにはいかないのだ。例え四肢を喰いちぎられようと止まることはできない。

だが本当のことを言うと心の中は不安でいっぱいだった。死ぬことを恐れているわけではない。
そうではなくて、どんなに頑張ってもできることの限界というものはある。そして彼女は己の限界を知っていた。自分がそんなに強くないということも。それでも皆は自分を信じている。少なくとも今ここにいる兵士達は恐怖に押しつぶされそうになりながらも自分を信じてついてきてくれようとしているのだ。だから皆の前では強くあらなければいけないのだ。

そうやってうまく己を騙すことにはもう慣れた。実質ルイスを除いて誰にも悟られてはいないだろう。弱い自分のことなど。弱い自分を押し込めて壁外調査に出て、それで仲間を救えるのなら己を偽るなど安いもの。

レイラはハンジに気づかれないようにキュッと拳を再度握りしめた。

「レイラ…ねぇ、君は…」

ハンジがもう一度彼女に何か話しかけようとした時、頭上から響いてきた声と、扉の開閉する音によってその言葉は遮られる。

「付近の巨人は粗方遠ざけました!!!開門30秒前!」

一層高まる緊張感。レイラの心臓の鼓動も徐々に大きくなっていった。

「いよいよこの時が来た!!我々人類の初勝利の時が今まさに!!奴らを一網打尽にしてやれ!!!!!」

前衛の兵士の号令の後、一斉に声が上がる。それがやる気からくるものか、恐怖を少しでも紛らわそうとして言ったことなのかはわからないが。

やがて扉が開ききり、勢いよくエルヴィンが駆けだしていく。それに続いて皆も次々と扉から飛び出していった。

レイラもそれに続いていく。一分一秒無駄にはできない。迅速に動かなければ。
そして隣に並んでいたハンジの班もレイラとは別方向の自分達の持ち場へと向かっていった。

「レイラ!!!どうか無事で!!」

「えぇ、そっちも!!」

ハンジと別れた後、レイラはすぐに後ろを振り返る。ちゃんと皆ついてきているのを確認して声を張り上げた。

「皆さん!!絶対に私から離れないでください!!あと、巨人を発見したらすぐに私に知らせてください!!いいですね!?」

皆不安そうな表情を浮かべてはいたが力強く頷く。
レイラは彼らを安心させるように優しく微笑んで新人兵士へと顔を向けた。

「新人君は私が巨人と交戦してる時は皆さんを守っててあげて」

「え…!?いえッ…!!自分は分隊長の補佐をッ…!!」

「私なら大丈夫だから、心配しないで。むしろ一般兵達を放っておいて戦う方が心臓に悪いからさ、お願いね!!」

まだ何か言いたそうに口をもごもごとさせている新人兵士の肩をポンと叩き、レイラは軽く周りを見回す。今回の主な自分の役目は前衛の補佐及び邪魔になる巨人の討伐。そしてこれに一般兵の救済を加えた三点だ。
周囲に目を凝らし、襲われている者がいないか注意深く確認していく。

その時、自分の乗っている屋根へと登ってくる人影。器用に立体機動装置を蒸かして彼らはレイラの横に降り立った。

「分隊長、どもッス」

「ルイス!!アイリスにジャックも…!!」

自分と反対側、しかも前衛に配置されているはずのルイス達が何故かここにいる。何をしているんだと声を上げようとしたらルイスにそれを遮られた。

「おっと、お咎めならまた後ででお願いしますよ。どうせほとんど行き当たりばったりの無茶苦茶な作戦なんッスからある程度勝手に動いても許されるはずッス」

遥か前方から聞こえてくる叫び声。それは戦闘がもう既に始まったこととこの作戦の無計画さを示唆していた。レイラのいる場所に巨人が来るのも時間の問題だろう。

「それに、今俺班長ッスから。いつもより二倍やりたい放題できるんスよ」

「調子に乗るなよルイス、ただの一日班長だろ」

「そーだそーだ、エラそうにすんなよなー」

いつもと何一つ変わらない彼らについつい苦笑が漏れる。同じ班としてルイス達についてきていた兵士達はそれを見てポカンと口を開けていた。

「ま、そろそろ行かなきゃさすがにマズいんで行くッス。分隊長、んじゃまた」

「うん、無事に帰ったらみんなでご飯でも食べよう」

「マジッスか!!ならシチューがいいッス!」

「レイラ分隊長のシチューは最高だもんなぁ、俺もそれで」

「あたしも!!隊長!!デザートにりんごもお願いしますね!」

「ふふ、了解。頑張って作るよ」

そうしてルイス達はレイラに笑顔を向けて去っていく。他の班員達も慌てて三人を追いかけていった。

その直後彼らと会って少しだけ心が軽くなった矢先に飛んでくる焦りに満ちた声。

「分隊長!!後方より巨人接近ッ!恐らく通常種です!」

「了解!一般兵達は下がって!新人君!皆さんの護衛よろしく!!」

「…あ…!!待ってください!!距離はまだありますが右方向からも一体…同じく通常種が!!ど…どうしましょう!?」

「落ち着いて、私がすぐに始末するから!」

兵士「どうやって」と問う前にレイラは屋根から降りて駆け出していく。
一方でその姿を見た一般兵達は口々に絶望の言葉を口にしていた。

その声を気にせずレイラはまず後方からくる一体と真っ直ぐに対峙する。こいつに時間をかけてはいられない。強く地面を蹴って奴の手が伸びてくる前に右足首を切断する。ぐらりと体制を崩した所に間髪入れずにもう一方の足首も切断。

身動きの取れなくなった巨人から目を離してすぐさま屋根に飛び乗り右方向に体を向けた。違う巨人が一般兵達にやはり手を伸ばそうとしている。新人兵は刃を手にしてガタガタと震えていた為、動くことすらできないようだ。

レイラは狙いを定めて予備の刃を二本取り出し、巨人の目めがけて投げつけた。
思いも寄らぬ攻撃をくらい、刃をその両の目に深々と突き刺された巨人は苦しげなうめき声を上げて目を抑えている。

そして再生しかけた足で立ち上がろうとしている巨人の背中の方へと飛び乗りうなじへと刃を滑らせた。蒸発を始めた体を確認して未だ目を抑えている巨人の方へと向かう。そうして屋根から奴のうなじへと飛び同じように刃を滑らせる。

「……す…すごい…」

本当に二体とも倒してしまった。噂には聞いていたが何て人だと新人兵士は思わず声を漏らした。

レイラの強みはその機動力と正確性にある。力、体格面でのリーチこそないものの彼女は確実に弱点を狙い巨人を迅速にしとめられるのだ。

レイラは蒸発している巨人の目から刃を抜き取って鞘に収めながら皆の方に顔を向ける。

「皆さん、怪我はありませんか?」

「い…いや、分隊長さんが守ってくれたから平気だ」

「強いんだなあんた!!すげぇじゃねぇか!!」

「私達これなら生き残れるかも…!」

各々から賛美の声が上がる。レイラは照れくさそうに俯いた。普段街の人達からこんな風に直接面と向かって感謝されることなどないので素直に嬉しかったのだ。

「いえ…私なんかまだまだですよ。リヴァイ兵長のがもっともっと強いですし…」

そう言うと比べる対象がおかしいと皆からつっこまれた。その後暫し和やかな空気に呑み込まれそうになってレイラは慌てて気を引き締める。

彼女を現実に引き戻したのはあちこちから聞こえてくる叫び声だった。
そうだ。自分にはまだまだやることがある。
恐らく実際目で確認できてはいないが被害はもう甚大なものになっているだろう。もうすぐエルヴィンあたりから撤退指示が出るはず。それまでに出来るだけ多くの人を助けに行かなければ。


「えっと…多分もうすぐ撤退指示が出るはずです。その前に皆さんは出来るだけ扉の近くまで戻っていてください。今から急げば巨人には遭遇しないと思いますから」

「え…?“戻っていてください”って…分隊長、あなたは何を…」

「私は兵士達の救済に行ってくる。見殺しにはできないからね…。新人君、皆さんの誘導をお願いね」

「危険です…!!そんなこと…!!」

彼の制止など全く聞く耳を持たず、レイラは前方へと足を向けた。

「大丈夫だよ。必ずみんなと一緒に帰ってくるから、君はそれを待っていてくれればいい」

優しい声音でそう言って


レイラは悲鳴と血の飛び交う戦地へと
迷いなく真っ直ぐな意志を込めた瞳で

駆けだしていった。


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