※読まなくても本編に影響はないです。
「ルイスー、ルイスいるー?」
「はーい…ルイス・シーカーここにいますよー…」
「え、どしたの?元気ないけど…」
机に突っ伏して何やら不機嫌な表情を浮かべている。
もしかしたら三日後に迫った奪還作戦のことを気にかけているのかもしれないとレイラが彼の両脇にいるジャックとアイリスに視線を移動させると二人は何ともいえない微妙な表情を此方に向けてきた。
心配そうにレイラは再度ルイスを見る。心なしかいつもの寝癖頭の髪のハネがシュンとしているように見えた。そんな彼の目の前にはクックッと笑いをかみ殺すようにしているハンジが座っている。
「ねぇハンジ…ルイス、どうしたの?」
ハンジは堪えきれなくなったのか、大声を上げて笑い出した。その瞳は巨人の話をしている時のように爛々と輝いている。ジャックとアイリスはやれやれとため息をついていた。
「ははは!!ルイスはね、いじけてるんだよ。いや、嫉妬ともいうかな?とにかくレイラが昨日エルヴィンと仲よーくしてたのが羨ましすぎてこうなってるらしいよ!!子供みたいだよね、あははははッ!!」
何だそれは。本当に子供か。レイラは思わず苦虫を噛み潰したような顔になった。
「わかってますよ。よーくわかってますとも…!!分隊長は団長のこと大好きですもんねぇ、俺と知り合う以前からの仲ですもんねぇ!?」
「ちょッ…!!変な言い方しないでよ!!それに昨日のはそういうんじゃないから!!あれはエルヴィンがいきなり…!!」
思い出すだけで右頬が熱くなる気がする。何だって彼はいきなりあんなことをしたのかこっちが聞きたいぐらいだった。おかげでジャックに見られて皆に広まるわ、今朝もリヴァイにからかわれるわでいいことがない。
「またまたぁ、顔が赤いよレイラ。満更でもないんじゃない?」
「………ハンジ、殴るよ」
「おぉ!!やれやれ分隊長達ー!」
「こら煽るなアイリス!!ほらほらお二人も止めてください!ルイスもいい加減立ち直れって…レイラ分隊長はルイスに何か用があったんじゃないですか?」
即座に場を収拾するジャック。放っておくとどこまでも悪くなっていっただろう状況は皆一旦停止して静止画のようになる。
「あー…ごめんごめん、忘れてた…!!ルイス、ちょっと頼まれてくれる?」
「いいッスよー、何スか?」
むくりと気だるげに起き上がりレイラの方へと顔を向けるルイス。元々今日は雨というのも彼の気分をより一層落としている原因となっているのかもしれない。
「この雨の中で悪いんだけど…開拓地まで行ってきてくれる?昨日作ったあの作戦企画紙出来る限り多くの人に渡してきてほしいんだ。私、用事があって行けないから…」
昨日徹夜して作り上げた既存の物とは別の企画紙。これを一般兵士に配らなければいけない。自ら死にたい者などそうそういないだろうから皆きっと受け取って実行してくれるはずだ。気休め程度の物かもしれないが。
「あぁ、了解ッス」
ルイスはレイラの言葉を聞いて途端に顔を引き締める。そして帽子を机に置いたままで椅子から立ち上がった。
「あれ?珍しいね。帽子、被っていかないの?」
不思議そうに首を傾げるハンジにルイスは陰鬱な雨の雰囲気を吹き飛ばすほどの笑顔で答える。
「濡れるの嫌なんスよ、それには傷一つつけたくないんで。雨と壁外調査の日は置いていくんス!」
彼は壁にかけてあったレインコートを手にとりさっさと部屋から出て行った。
ハンジは少しポカンとしてその後ろ姿を見つめている。
「相当大事なんだね、この帽子…」
「あたしなんか触ろうとしただけで拳飛んできたんですよ!?」
「あれはアイリスが無理にとろうとしたからだろ。まぁ、あいつにとったら金や食糧なんかよりよっぽど大事な物ですよ。ねぇ、レイラ分隊長?」
「ふふ…被ってないと意味ないって言ってるのに…」
自分以外微笑ましくしている光景にハンジは更に不思議そうにしていた。
これは雨の日のお使いに出かけたルイスと未来の兵士達の再会の物語。
「寒…」
久しぶりに一人で歩く開拓地。いつも隣には決まって誰かがいた。騒がしいけれど落ち着く己の班の者達。
鉛色の空をふと見上げる。顔に雨粒がかかって少し心地いい。
鉛色の空。その下にちらちら見える屋根の茶色。昔は世界に色なんてついてなかった。無色透明。いや、ただ認識しようとしていなかっただけかもしれない。全部が全部くだらない世の中だと。操り人形、家畜のように規則正しく動き回って死んでいく世の中に嫌気が差して兵士になって変革を求めようとした自分。それが今はこんなにも愚かしいと感じる。レイラに出逢っていなければ変わっていなかったのかと思うとおぞましいことこの上ない。
「……つまんねぇなぁ」
仲間が、レイラがいない空間は何て退屈なんだろう。やることやって早く帰ろう。与えられた自分の居場所へ。
まったくもってどうかと思うほど惚れ込んでしまったものだ。レイラというたった一人の人間に。いつかこの想いが行き着く所まで行ってしまえば己は狂ってしまうのか。だが、それもいいかもしれない。あぁ、けれどそうなると彼女が困るか。それは勘弁してほしい。
「………お」
彼の思考を遮断させたのは三人の子ども達の姿。彼らのことは知っている。ハンネスに手紙を渡しに来たとき偶然会った子ども達だ。幼くして調査兵団に入りたいという変わった奴がいたのを覚えている。
「おーい、ガキ共ー、何してんだ?」
気がつくと声をかけていた。
振り向いた三人は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに複雑そうな表情になる。
それにはかまわずにルイスは顔についた滴を拭いながら彼らに近づいていった。何となく彼らの表情の理由がわかったからだ。
「あぁ、雨だから畑の作物見に来てたのか。規定量取れねぇと憲兵がうるせぇからなぁ」
「……あの」
俯かせていた顔を上げてあの時一番博識そうな印象を受けた少年、アルミンが真っ直ぐにルイスを見つめた。
「三日後の…作戦…あれはッ…」
言わんとしていることは容易に想像できる。ウォール・マリア奪還作戦。口振りと態度から察するに、彼の親も出陣するのだろう。先ほど企画紙を渡した者の中にいたかもしれない。
「頭いいね、お前。そうだよ、あんな作戦ただの口減らしだ」
「…ッ!!」
「決めたの俺じゃないからこの件はどうにもできねぇけどさ」
そう言って彼はアルミンの目元に手を伸ばす。そして雨を拭った。何だか泣いているように見えていたたまれなかったから。
「守るよ、レイラ分隊長が」
軽快に笑うその姿につられてアルミンも笑う。
「相変わらず…レイラさん基準の考え方なんですね」
「まぁな。あの人が俺の全てだから」
レイラが守るというから守る。ただそれだけの単純思考。だが彼にとっては動く充分な理由になりうる。
「俺も早く調査兵団に入って戦いてぇ…」
ぽつりと聞こえたその声にルイスはあの日のように声の主、エレンにデコピンをくらわせた。その後にやはりミカサが此方を睨んでいたがとりあえず無視。
「馬鹿。しっかり訓練受けてからそういうこと言え。それにエレン、もしかしたらお前素質ねぇかもしれねぇしなぁ?」
「なッ…!!俺は大丈夫だ!!」
「どうだか。それにな、調査兵団に入った奴は初の壁外遠征で五割があの世行きなんだぞ」
「俺は巨人を駆逐するまで死なねぇよ!!」
「おーおー、頑固だねぇ。こいつがこうだとお前も苦労するだろ、ミカサ」
無言で頷くミカサ。それを見て苦笑しながらルイスは懐中時計を確認する。そろそろ行かなければ。
「なぁ」
そう思った時にかけられる言葉。言ったのはエレンだった。行こうとしていた体は動くのを止め、静かに彼の問いに耳を傾ける。
「ルイスさんは…何で調査兵になったんだ…?」
「……さぁ、何でだろうなぁ」
彼は理由を欲している。巨人を駆逐するためだとか、人類の明日を守るためだとか。だが生憎そんな理由は持ち合わせてなどいない。立派な理由なんてないのだ。
「分隊長がいたならどこにだっていったさ。あの人がいりゃどこでもよかった」
「そんな理由で…?」
「何かをするためにわざわざ理由なんかいらねぇんだよ」
わしゃわしゃとエレンの頭を撫でる。巨人を駆逐したいのならすればいい。それもまた一つの選択だ。ただ単に自分とエレンは違う、それだけの話だ。
「お前らはきっと俺よりいい兵士になるよ。頑張んな」
何か言いたそうなエレン達を残してルイスは彼らに背を向ける。
その背に大きな声が投げられた。
「絶対俺はルイスさんの後輩になるから!!待ってろよ先輩!!」
立ち止まる。今までにない感覚がこみ上げてきた。子どもに言葉に心を動かすなどまったく弱くなったものだと苦笑してしまう。だが、不思議とそんなのも悪くない。
首だけ動かし振り返る。そして彼はいつも嫌みを言うときの意地の悪い笑みを浮かべた。
「しょうがねぇから待っててやるが出来の悪い後輩になんねぇようにしてくれよ?もしエレンが十番以内に入ったら肉でも奢ってやる」
「だから早く来い」それだけ言い残し再度背を向ける。そして今度こそ歩き出した。
ぬかるんだ道を歩いていても不快感は感じないほどルイスの心は満たされていた。
微笑を浮かべて空を見る。
「…もうすぐ止むな」
レイラのためと、いつか来るであろう後輩達のため。
生きる理由が一つ増えてしまった。
めんどくさいだけのはずのその後者の理由は何故だかルイスの心を軽くする。
やがて
雲の切れ間からは
美しい太陽が燦々と輝きながら
顔を覗かせていた。