03
“父さんへ。


レイラです。元気にしていますか?父さんは何でも頑張ってしまう人だから辛くても元気だって言うんだろうね。でも心配だからたまには体を休めてください。

今日は父さんに一つ報告させてもらいたいことがあります。
知ってるとは思うけど、来週行われるウォール・マリア奪還作戦のことについてです。それを街に知らされた時の父さんの表情、見ていないのにはっきりわかるよ。私のことを心配してくれているのも何となくわかる。だけどそれは無用な心配です。私は大丈夫。

正直不安なことばかりだけど、やるしかないと思えばそんなこと考えてる暇もないんだよね。周りの人達がそれを教えてくれたんだと思う。本当に優しい人ばかりで最近ちょっと困っています。気を抜くと泣いちゃいそうで…

ルイス達はこんな頼りない私でも変わらずついてきてくれるって言ってくれたんだ。今回はルイス達とは一緒に行動できないけど、彼らならきっと上手くやってくれると信じてる。
リヴァイとも生きて帰ってくるって約束したんだ。リヴァイだけじゃない。ハンジやミケとだって。

この作戦が終わったら父さんに会いに行くよ。大した土産話を持って帰れないとは思うけど…必ず。では、その日まで。


レイラより”






読み終えた手紙を静かに閉じ、中年の男性は柔和な微笑みを湛えた。庭の花壇に水をあげていた途中に読んでいたためか、手にはじょうろが握られている。

そんな男性の横顔に訝しげに見つめながら、隣の家で同じく水やりをしていた男性が彼に声を投げかけた。

「何だよそれ。ん…あぁ、わかった。レイラちゃんからかい?」

「あぁ。作戦前は必ず一報くれるんだ」

「かーっ!!律儀な子だねぇ、相変わらず!」

「本当に…よくできた娘で逆に寂しいくらいだよ」

「ははっ、違ぇねぇ!!俺もレイラちゃんのことはこぉんなちっさい時から見てるがいつもいつも“りっぱなへいしになる、みんなを守る”ってそればっかり言ってたからなぁ。まるで他人の為だけに産まれてきたみたいな子だよ」

「ふむ、それで幸せそうにしているからこちらも何も言えないのが少し歯がゆいんだがねぇ」

「まぁそんなんしゃーないだろ。しっかしよぉ、あの子はきっといい嫁になるぜ。男が羨ましいなぁおい!そういう色恋話は手紙に書いちゃいねぇのかい?」

「む…」

「あのちっちぇ兵士長さんとか真面目そうな団長さんとかよぉ。あとは従順な後輩連中とか…調査兵団なんざ男よりどりみどりだろうよ」

「むむむ…」

「レイラちゃんが結婚かぁ…想像できねぇなぁ」

「ま…」

「お?」

「まだレイラには結婚なんて早ーい!!!!」

「はっはっはっ!!どうせいつかは嫁いでいくんだ、お前もそん時のために覚悟しときな!!」

「くっ…」


穏やかに過ぎ行く午後。こんな風景だけ見ればなんて平和な世界なんだろうと誰もが錯覚してしまう。

レイラの父はそんな世界を見つめ、お隣さんと他愛のない会話をしながらもこの先行われる作戦のことに思いを馳せて娘の無事を祈り続けていた。































カリカリとペンの音だけが響く部屋。時折机の上の燭台の炎がゆらゆらと揺れている。だが、次の瞬間には開け放たれた窓から吹き込んできた柔らかな風に小さな炎はいとも簡単に消されてしまった。

「あ…」

途切れる集中。今の今までまるで小説家のように執筆作業に夢中になっていたレイラは久しぶりに顔を上げて暗くなった室内を見渡す。見れば黄金色だった空はいつの間にか漆黒の闇に塗りつぶされていた。共に書き物をしていたアイリスとジャック、そしてルイスまでも机に突っ伏して深い眠りに落ちている。

「ふふ…さすがに疲れちゃったか。お疲れ、三人共」

一番近くで眠っているアイリスの頭に手を伸ばして軽く撫でる。そうするとふにゃりと彼女の顔が緩む。少しだけ心が温かくなった。
ふとアイリスの手元の紙を見るとぐちゃぐちゃとよくわからない数字と棒人間が書き込まれているのが目に入る。思わず苦笑とも微笑ともつかぬものがもれた。

「アイリスにはちょっと難しかったかなぁ…」

作戦の企画紙を元に、レイラ達は独自で別の作戦を作っていた。といっても根っから元々の作戦を無視するわけではない。それをしない程度のささやかなもの。レイラとルイス達が離されているせいであまり自由は利かないが、やらないよりはやった方がいいに決まっている。
各々頭を振り絞って策を練っていたが訓練兵時代座学が苦手だったアイリスにはなかなかこれが難題だったようだ。

ジャックとルイスの物もそっと覗き込む。

「…こういうのって性格出るなぁ」

ルイスの作戦はさすがの頭脳だと言わざるをえないものだったが、基本レイラを中心に書かれているのでこれでは一般兵の為ではなく彼女の為の作戦となってしまっていた。

ジャックのものはよくできているがさすが真面目とでも言うべきか。教本に乗っているような作戦。悪いわけではないがこれでは応用が利かないだろう。

「はは…本当、個性的な子達。まぁ、そんなだから選んだけれど」

そう言って彼女は静かに椅子からゆっくりと立ち上がる。己の部下一人一人にブランケットをかけていった。

「ねぇ…みんなはどうしてそんなに私を信頼してくれるの?」

返ってくるはずのない返事。そういえば聞いたことなどなかったのだ。どうしてそんなにも自分を慕ってくれるのか。ずっと疑問だった。だけど何故か怖くて聞けなかったこと。

もちろん昔色々あった。三人共強い意志を秘めた目で自分の部下になりたいと言ってくれたあの日のことは忘れない。あれは、そう。この前会ったエレンと同じような強い口調で。レイラも彼らを待ち続けた。訓練兵からこっちに来てくれる日を。

しかし、時間とは怖いものでどんな強い意志も時間共に流れていってしまうことだってある。
しかも皆優秀だ。主席、三番、八番と皆成績上位で訓練を終えている。憲兵団に行けばいい待遇を受けられたはずなのに。
それでも彼らは自分の所に来ることを望んだ。そのことが不思議でたまらない。

自分にそんなに価値があるわけもないのに。

「…もし、もしも私が憲兵でも駐屯兵でも三人は私の所に来てくれた…?」

尚も返ってこない返事。暗い部屋の中でただレイラの声だけが虚しく響く。




「彼らはきっと君がどこにいようと君と共に在ることを選んだだろう」

「あ…」

開いた扉から入り込む光。燭台の炎が消えてからそんなに時間が経っていないのにその光は随分明るく感じた。

「こんばんは、エルヴィン。どうしたの?こんな夜遅くに」

「あぁ、明かりの消えた部屋から声が聞こえて来てみただけだ」

なるほどと納得した所で聞かれてしまった独り言のことを思い出しレイラは顔を赤らめて俯く。そして思い出したように燭台に火を灯した。明るくなり、眩しさを感じたのか、ルイスは少し身を捩っている。

「あはは…ちょっと情けないこと聞かれちゃったかなぁ。私もね、わかってるんだよ。この三人はどこにいたって同じようについてきてくれるって」

でも違うんだ。そういうことを言ってるんじゃない。問題は何故自分なのかということ。

「昨日父さんにルイス達のこと手紙に書いてて思っちゃったんだよね。何でみんなこんな私についてきてくれるんだろうって…こんな時に考えてていいことでもないんだけど…」

扉の所に佇んだままのエルヴィンは暫く無言で部屋の中の全員を見つめていた。

レイラのことになると問答無用で自分へと真っ直ぐに向かってくるルイス。
大人しいジャックは彼女のことになると声を荒げる。
馬鹿力のアイリスが物を破壊してしまう時は彼女の為に何かしようとしたのだということが少なくない。
これだけの想いがあれば充分すぎる理由にはならないのか。いや、そんなことはないだろう。

「きっと彼らが起きていて先ほどの君の言葉を聞いたなら、こう言うだろうな。“理由なんかない。自分達はあなたについていきたいからそうしているだけだ”と」

レイラの目が少し見開かれる。



理由なんかない。そう言える感情は自分も知っている。
自分もエルヴィンに似たような感情を抱いてはいなかったか。ただ、憧れていたから調査兵団に入ったあの時の自分と同じ。そんな単純だけれど理屈で説明できない感情が。

「あぁ…そっか…そういうことだったんだね」

「納得できたか?」

「…うん。何か…昔の私を思い出したよ」

細い炎に向いていた視線を彼へと向ける。

「ならさ、私もエルヴィンにずっとついていくよ、理屈無しで。まだまだあなたは私の憧れだから…」

屈託のない笑顔。触れると消えてしまいそうなほどの儚さを含んでいるが、見る者を落ち着かせてくれる。

「あ…!!でも今回の奪還作戦の件はちょっと恨むからね?エルヴィンったら事前に相談もしてくれないんだもの」

「それはすまなかった」

「まぁでも仕方なかったのもさすがにわかってるからちゃんと作戦も納得したんだし…だから私は頑張るよ」

「……無理を強いてすまない。だが、そんな君を私は心から尊敬するよ」

「あ……はは、困っちゃうな。えっと…ありがとう」


「な…何かこういうの緊張するね」と言って恥ずかしそうに笑うレイラ。

そんな彼女の頬にエルヴィンはそっと手を伸ばす。レイラは不思議そうに伸びてくる手を見つめていた。

やがて頬に大きな手が触れて包み込む。

「エ…エルヴィン…?」

じっと瞳を見つめてくる彼。レイラはどうしたらよいかわからずただただあたふたと彼の言葉を待った。

暫くして手が放れていく。そしてエルヴィンは静かに身を翻して扉へと向かう。

「作戦も近い。充分な休養も大切だ。もう休むといい……では、おやすみ」


レイラの口がおやすみと紡ぐより早く、彼は部屋を出て行った。


頬に残る熱を感じながらレイラは大きくなった心臓の鼓動を落ち着かせようと自身も急ぎ足で自室へと戻っていった。

そしてジャックが途中から起きていて自分とエルヴィンのやり取りを見られていたのと、廊下を通りかかったリヴァイにやはり途中から見られていたのを知るのは明日の話。






ウォール・マリア奪還作戦まであと


四日。


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