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ウォール・マリア奪還作戦。

ナイルから告げられたその衝撃の計画に場にいたほとんどの者が言葉を失った。

特にレイラは周りのざわめきもまったく耳に入ってこないほどであった。
顔面蒼白になり体は小刻みに震え額には脂汗が浮かんでいる。



今この人は何と言ったのだ。

ウォール・マリア奪還作戦?何と無謀なことを。まだ巨人襲来から一年間しか経っていないというのに。

何か秘策でもない限りこの作戦はには勝機などない。
だが、技巧にいるレイラの知り合いからはそんな画期的な発明をした、などという報告はされていない。

それならば他に何か根拠があるのか。
いや、そんなことよりも。ナイルは先ほどとてつもなく恐ろしいことを口にしてはいなかったか。


ウォール・マリアの住民、失業者達も兵士とすると、そう言ったのか。馬鹿げている。訓練を受けていない一般人達が巨人と戦えるわけなどないではないか。ただ無意味に命を散らすだけだ。こんなことがまかり通るわけがない。

「こ…こんな…ことって…」

ぽつりとそう呟いたレイラに、ナイルは彼女が初めからそう言うのがわかっていたかのように鋭い視線を此方に向けてくる。

「何か言いたいことがありそうだな、レイラ」

言いたいことなど山ほどある。
レイラは混乱する頭を無理やり抑えつけて大きく息を吸った。

「…師団長、冗談にしては笑えませんね。一般市民を戦場に投下するなんて言語道断です…!」

「では今の現状をいつまでも引き延ばす方が良いと…?」

「そうは言っていません!ただ…何故今なんです!!一般人を巻き込んでまで決行する必要なんてないじゃないですか!!無意味ですこんなこと!」

珍しく怒りの感情を露わにして叫ぶレイラ。

椅子から立ち上がり机を叩く。
誰の目から見ても彼女が焦っているのは明らかだった。

自分の守るべき大事な存在を死地へ送ると言われているのだ。黙っていられるわけなどない。

「人口の二割ですよ二割!!!ウォール・マリアの失業者はそれだけたくさんいるんです!!師団長だってわかっているはずじゃないですか!!この作戦はそんな大勢の人々を死にに行かすようなもの…」

そこまでまくし立てた時、はたとレイラはスイッチをいきなりオフにされたように動きを止めた。



大通りに溢れる人、ウォール・マリアの失業者、追いつかない食料生産。

そして突然の奪還作戦。


まさか。

最終的に行き着いた答えにレイラは力無く椅子に崩れ落ちる。

「は…はは…そう…そういうこと…」

絶望に塗り固められた瞳で俯く。


気付いてしまった。理解してしまった。この作戦の本当の意図に。それは実に簡単なことだった。

本当は…





































「…口減らし…か」

ルイスは小さく声をもらす。
その場にいる誰一人としてその声に応えようという者はいなかった。

ただ絶望的な感情を振り払おうとひたすらに会議に耳を傾けている。

ジャックは青ざめた顔で言葉を紡いだ。

「本当に…やるっていうのか…?」

「わかんないけど…でもそんなこと…分隊長が耐えられるわけないじゃない…!」

衝撃的なことを聞かされても尚、彼らは最も敬愛するレイラのことを心配する。
大した忠誠心だ。人口の二割近くが殺されようとしているのにたった一人のレイラの方を心配しているのだから。

「くそが…腐ってやがる…」

悔しそうにルイスは憎しみを込めてそう言い放った。

引っかかっていたことの正体はこれだったのだ。漸くパズルは完成した。
だがそれはあまりにも残酷で醜悪なものだった。

恐らくこれは政府の決定事項。もう覆ることはないだろう。

全員からどんよりと暗い空気が流れ始めたその瞬間、不意に廊下の奥から靴音がした。

「…誰か来る。おいお前ら、逃げるぞ」

三人は軽く頷き合って見つかる前にその場から去ろうと急ぎ、それでいて静かに立ち上がる。だが、少し離れた所まで来た時にふと後ろを振り返ったジャックが「あ」と言って立ち止まった。

「ちょっとジャック…!!何止まってんのさ!…って、あれは…」

だんだんと近付いてくる人物の輪郭がはっきりとしてくる。

ルイスも振り返りそしてすぐにあからさまに嫌な表情を作った。

「…お前かよ」

その人物は三人を確認するとへらりと笑って手を軽く上げる。

「やぁやぁ同期諸君。こんなとこで何してんの?盗み聞き?性格悪いねー」

「わかってんだったら聞くんじゃねぇよ変人」

「おぉ、それオレにとって褒め言葉。ありがとさん」

目の前にいるこの男の名はロキ・ルーエン。ルイス達の同期でありその時の成績二番の男。

レイラが技巧の者で唯一親しくしているのは彼だった。

つかみ所のない人物でルイスの嫌みが全く効かない唯一の人物でもある。

「お前は何してんだよ。普段は引きこもってるくせに」

「んー…一応実験結果ってもんを報告せにゃあならんのよ」

「実験ねぇ…その口にくわえてる棒が実験の成果か?」

「まぁそれもある」

「つか何だそれ」

ロキは口にくわえていた棒を抜いてルイス達に見せた。

その先端にはベージュ色の丸い何かがついている。

「携帯食を実験で作ってんの。芋を特殊加工で飴状にして棒に巻きつけて固めてみた」

「結果は?」

「ダメだね。めちゃくちゃ不味い!どこまでいっても芋は芋だったんだな、これが。食ったら多分士気下がる」

でもそれを食べるロキ。作った物は責任持って食べろという上からのお達しらしい。

するとロキは途端に顔から笑みを消し、真剣な顔つきで三人に問いかけた。

「んでー?やっぱり会議は口減らしのことについてだった?」

ルイスとジャックは無言だったが、アイリスがわかりやすくびくりと反応する。

それを見てロキは満足げにうんうんと頷いた。

「やっぱりね。へへ、予想あたっちった」

「…知ってたのか?」

「何となくね。でも予想の域を出なかったから。しかしこの口減らしでレイラさんの心が壊れなきゃいいねぇ、あの人そんなに強くないから」

その言葉に、ルイスはロキの胸ぐらを掴みあげる。

「お前…あの方が弱いって言いてぇのか…!!」

「メンタルの話だよ。レイラさんが優しいのはルイスだって知ってんじゃん」

「それは…!!」

何か言葉を続けようとルイスが口を開きかけた時、会議室の扉が開く音が聞こえた。

どうやら会議が終わったようだ。扉から会議参加者達が次々と出てくる。

その中から団長と兵長の姿を見つけた刹那、ルイスは弾かれたようにロキから手を離してジャックが止める間もなく彼らへと駆けだしていった。

残されたロキは深くため息をつく。

「全く…時々ルイスは猪みたいになりますなぁ」

「ロキ…お前が煽るからだろう」

「そいつは失敬。ほいじゃオレはもう行くよ。あ、ルイスに伝えといてくれる?おいしいコーヒーあるからオレの実験室においでって…」

「あぁ、わかった。それじゃあアイリス、俺達も戻ろう」

「う…うん」

そして各々は歩き始めた。




























「団長!!」

声をかけ、振り向いたエルヴィンにルイスはつかみかかった。

「何なんッスか、あの作戦!!あんなのただの口減らしじゃないッスか!!」

怯むことなくエルヴィンはゆっくりと口を開く。

「…聞いていたのか」

「えぇ、こっそりとね。罰なら後で幾らでも受けるッスよ。だけど今は作戦についてのご説明を願います!!」

徐々に掴んでいる右手に力を込める。
だが次の瞬間にはその手は彼の隣にいたリヴァイによって倍の力で引き離される。

「驚いたな、まさかお前がそんな市民思いの優しい野郎だったとは」

そう言われたルイスは嘲るように笑った。

「市民なんかどうでもいいッスよ…口減らしなんか勝手にやればいい…けどな、それをやったら…あの人は…!!」

あの人がレイラのことだと、二人はすぐに理解した。

彼のレイラを想う気持ちが真っ直ぐに伝わってくる。その想いを受け止めた上でエルヴィンは言葉を紡ごうとした。

しかしそれは会議室から力無く出てきた人影によって遮られる。

「レイラ…」

彼女は三人に近寄り、やはり力無く笑う。

「ルイス…私は大丈夫。大丈夫だから…そんなに心配しないで…?」

「隊長…!!」

「…でも心配してくれて…ありがとう」


そう言ってレイラは去っていく。



三人はその背を見つめ

やがて


何かが壊れる音を聞いた。


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