「…なぁ、今日の合同会議って何時からだったか?」
「あぁ…確か分隊長は午後からだって言ってたぞ」
ジャックの答えにルイスは「ふーん」と物憂げに返した。
「何だよ。気になるのか?どうせまた内地の事について話し合うだけだろ?」
「そうだといいんだけどな…」
だけど何かが引っかかる。
具体的に何がと言われるとそれはわからないのだが。
不可解なピースはたくさん散らばっている。しかし、それは所詮パズルの淵の部分だけで肝心の中心のピースが埋まらないのだ。
机に肘を立てて考え込む彼にアイリスとジャックは心配そうに話しかける。
「何だい、煮え切らないねぇ…一体何が引っかかってるって言うの?話してみなよ、あたし達同期だろ?」
「頼りねぇ同期だ」と言ってルイスは笑う。
やがて観念したように彼はゆっくりと口を開いた。
「エルヴィン団長のあの態度…何か引っかかんだよ。それだけじゃない。最近憲兵団の連中が忙しなく動き回ってやがるし何で今になってわざわざ合同会議なんてする必要がある…何もないこの時期に…しかも議題は当日知らされるなんてそれもおかしい…あぁ…くそっ…!!」
乱暴に髪をかきむしり苛立ちを露わにする。何だ。一体何が足りない。一体何が。
「おいルイス!ちょっと落ち着け!!」
ジャックは慌ててルイスの肩を揺らして強制的に彼の思考を遮断した。
「あ…あぁ、悪ぃ」
ルイスは昔からそうだった。
頭が切れる。訓練兵時代もその頭の回転の速さで教官達を驚かせたことも少なくない。
だが如何せん考え込みすぎる所があり、しばしば知恵熱を出しかけることもあった。
ジャックはため息をつきつつ、彼を落ち着かせる為にコーヒーをカップに注いで目の前に置く。
「お前の言いたいことはよくわかったよ。でも、それは今日の会議が終わんないことには何もわかんないだろ」
「そうだよルイス!頭のいいあんたでもわからないんだ、待つしかないだろ?」
コーヒーを飲みながら「あぁ」と曖昧に返事をするルイス。
「んー…でもなぁ…」
でも確かに昨日の夜、エルヴィンはレイラに何かを言おうとした。
それを途中で止めたというのは一体何を意味するのか。
もしレイラを追い詰める何かが迫っているなら早々にその原因を排除しなければならない。
「…………よし」
「え、何?ルイス?よしって…どうしたのよ?」
帽子を深く被り、ルイスは椅子から勢いよく立ち上がる。
彼の行動の意図を理解したジャックも軽くルイスと頷きあってやはり椅子から勢いよく立ち上がった。
「おら、アイリス。お前も行くぞ。立て立て」
「ちょ…ちょっと…!!マジで行くの!?会議を覗くなんてバレたらどうなるか…」
「そうなった時は俺がお前らの代わりに怒られるよ」
「ジ…ジャック…」
「ほらほら、いちゃいちゃしてねぇで行くぞっての」
背に投げかけられる「誰がいちゃいちゃなんかするか」という言葉を無視してルイスはさっさと歩き出す。
胸に一抹の不安を感じながらも、同期三人組は会議室を目指したのだった。
「………はっ!!」
「いきなりでけぇ声出すな。何だ、面白ぇ顔して」
「いやね…ちょっと今何かすごく嫌な予感がしたというか何というか…」
背中に寒気を一瞬感じた。
この感覚はあれに似ている。
そう
ルイスが目上の者を馬鹿にして部屋にその人が怒鳴り込んでくる時。
ジャックがうっかりハンジの巨人スイッチを押して朝まで話を聞かされなければならなくなった時。
アイリスが持ち前の馬鹿力で何かを壊して隊員総出で後片付けをしなければならなくなった時。
とにかくあの三人が何かを仕出かす時のあの独特の感覚にとてもよく類似している。
レイラは少し笑顔をひきつらせながらリヴァイの方を向いた。
「ご…ごめん、ちょっとルイス達の様子見に行っていい?」
「何かあんのか?」
不思議そうにするリヴァイにどう説明したもんかとレイラは言葉を探す。
そうして軽く唸っている時に扉が開き、ハンジとミケが入ってきた。
「あぁ、二人共早いね。あ、エルヴィンがもうすぐ会議が始まるから準備しとけってさ」
これはもう部屋に戻るのは諦めた方が良さそうだ。
レイラは三人がどうか何も問題を起こしませんようにとただただ祈る。
そして静寂が訪れた。恐らくここにいる誰一人、今日話し合われることの内容を知らないのだろう。
「私達にもギリギリまで教えないなんて…一体何なんだろうね」
ぽつりと呟いたレイラの言葉に答えられる者などいない。
「普通に考えたら内地のことに関する内容じゃないかな。壁外調査に関してはウチが取り決めてるし…」
ハンジの言うとおりだ。
しかもピクシス司令やダリス総統までいるときた。
大規模な政府の取り決めを発表、及びそれに対しての議論をすると見てまず間違いない。
レイラがそうして悶々と悩んでいた時、ノックの音と共に、一人の兵士が室内に入り、敬礼をする。
「会議参加者が全員揃いましたので、会議室までお越しください」
「では」とそれだけ言って兵士は下がる。
「よし、じゃあみんな行こうか」
ハンジは軽く頷き、リヴァイとミケは黙って寄りかかっていた壁から背を離す。
そうして一同は会議室へと向かっていった。
会議室の扉から逆の位置に取り付けられた窓。
参加者の場所的に言うと丁度三部隊の真ん中に座るダリス総統の真後ろに当たる。
三人の兵士達は息を殺しながら、会議室の様子を窺い聴覚を最大限に研ぎ澄ます。
「いいか、絶対でけぇ声でしゃべんな。あと何があっても体を窓から見えるようにすんなよ」
「わ…わかってるよ!」
「アイリス…もう少しボリューム下げてくれ…」
「うぅ…もうあたし黙ることにする…」
「い…いや、何もそこまで…」
「しっ!静かにしろお前ら。会議が始まるみてぇだ」
「うむ、揃ったな。では始めようか」
レイラは周りを軽く見回す。思っていた通りの顔ぶれが揃っていた。
「今回は集まってもらった理由は他ならぬウォール・マリアのことだ。ナイル、説明を」
「はい」
返事をしたナイルは用意していたらしい紙束を持ち上げる。
その時レイラは一瞬彼が自分のことを見ていたように感じた。
そしてナイルは淡々と話し出す。
「一年前の巨人襲来によるウォール・マリアの破壊によって生じた人類の被害は計り知れません。人々は職を失い、街は人で溢れている」
どくん、と
心臓が跳ねた気がした。
脳が警鐘を鳴らす。
この先を聞くなと。
だがナイルはそんなレイラの感情などお構いなしに続けた。
「そこで私はここにウォール・マリアの住民だった者達や失業者達も兵士とし、ウォール・マリアの奪還作戦を行うことを提唱します」
エルヴィンやピクシス以外の者が驚いて一斉にナイルを見る。
その中でレイラは一人青白い顔で俯き
どくんどくんと早くなった心臓の鼓動を落ち着かせようと
痛いくらいに
震える手で
自身の胸をギュッと
押さえつけていた。