08
レイラとルイスは本部の庭にいた。


庭にいるいきさつはこうだ。
彼らは一度本部へと無事帰宅。
部屋に戻るとアイリスとジャックはいなかった。

どうしたのだろうと彼らを探しに廊下に出てふと窓の外の庭を見ると箒を持った二人と腕組みをしながら壁に寄りかかっているリヴァイが。

この時点で二人がリヴァイに何をさせられているのか何となく理解し、レイラが二人の救済の為にめんどくさがり嫌がるルイスをズルズル引きずってきて今に至る。



「おいお前ら。サボってんじゃねぇ。働け、穀潰し共」

「さっきからずっとやってるじゃないですか〜…」

「黙れ。お前が掃く度に余計に埃が舞ってんだよ、馬鹿力女」

「はぁ!?これでもかなり優しく掃いてるんですよ!?ねぇジャック?」

「はぁ…俺に振るなよ…それとアイリス…普通の女の子はそんなに音立てて箒使わないんだよ。お前の箒サカサカじゃなくてガリガリいってるぞ…地面を抉るなよな…」

「あたしは普通だ!!レイラ分隊長には負けるけど顔もそこそこいいし!!」

「自分で言うな!」

「くだらねぇこと話してねぇで……やれ」

「「…はい」」完全に話しかけるタイミングを見失った。

隣にいるルイスはしきりに「もうこれ帰っていいッスよね」と繰り返している。

そんなルイスの襟首を掴みながらレイラはゆっくりと前に歩み出た。

「おーいリヴァイー、あんまりうちの子達いじめないであげてー」

三人の視線が同時に此方へ向く。

彼女達の姿を確認するとアイリスとジャックの瞳はまるで女神でも見ているかのようにキラキラと輝きが増した。
それは尻尾を振っている子犬のようにも見える。

リヴァイは眉間に皺を刻んでレイラの方を向く。

「随分遅かったな。何してた」

苦笑しながら言葉を探すレイラに代わってルイスが飄々と答えた。

「ちゃんと手紙は渡してきたんですからいいじゃないッスか。兵長は本当に神経質だなぁもう」

これ以上聞いても無意味だと判断したリヴァイは尚も眉間に皺を作りながら呆れた表情を浮かべる。

「…ったく、おいレイラ、躾はちゃんとしとけって言っただろ」

「はは…私の隊は自由主義だからねぇ」

自由主義もここまでいくと困りものだ。

壁外調査がないからといって部屋で一日中ダラダラ。ルイスにいたっては目上の者に対する敬意も何もあったものではない。

だが壁外調査となるといつも気合いを入れて予想以上の成果を上げて帰ってくる。だから誰も文句を言えないのだ。

リヴァイは心の中で短く舌打ちをしつつ、ふとレイラが手に持っているものに目がいった。

「それは…ぶどうか…?」

レイラは思い出したように「あぁ」と言ってぶどうを何粒かちぎってリヴァイ達に手渡す。

「ルイスが買ってくれたんだよ。みんなに分けようと思ってたから、はいこれ」

「おぉ!こりゃあ上手そうだ。ルイスは昔から目利きすごいもんなぁ」

「おいしそー!疲れてる体には染み渡りそうだねぇ」

「お前はレイラには甘ぇな、相変わらず」

口々にそう言いながら皆ぶどうを口に運ぶ。

ルイスは苦笑しながら帽子をくるくると指で回した。

「別にお前らの為に買ったって訳じゃねぇんだけどなぁ…あ、兵長には本物のぶどう弾の方がよかったッスかね?」

「殺すぞ」

何でそう辛辣な言葉が毎度毎度すらすらと口から出てくるのか甚だ疑問だがそんないつもの光景にレイラは笑みをこぼした。

そしてそのまま空を仰ぐ。夕暮れになりかけた濃い橙色の空。流れる雲も何て綺麗なんだろう。こんな空を見ていると目まぐるしく動き回っている日常が嘘のように思えてくる。

巨人なんて初めから存在していないのでは錯覚してしまうほど。

だが、レイラはそこでふと思った。巨人がいなかったなら、そんな化物が初めから存在していなかったのなら、自分は何の為に生きていたのだろう。普通の女の生活を送っていたのだろうか。リヴァイやエルヴィン、ルイス達に会うこともなく、ただ普通に。

今の自分は戦わなければ生きてはいけなくなった。たくさんの人を守る為に。

元々訓練兵になって調査兵団に入ったのだってそうだ。街の人達を守る為。そして街で何度も目にしたエルヴィンに憧れて彼女は調査兵団に入ったのだ。

確かに兵士になっても救えなかった命はたくさんある。だが、救った命もある。その既成事実が彼女を真っ直ぐと立たせ、立ち止まらないでいさせてくれている。

しかし、もし、もしもその支えが瓦解してしまった時、一体自分はどうなってしまうのだろうとレイラは時々それが不安だった。


その時、廊下を歩く人影を見つけ、レイラの思考はそこで停止する。

「あ…」

「隊長?どうかしました?」

皆もレイラの視線の先を確認する。

「ん…?エルヴィンか」

「さすが団長、よく働くッスねー」

エルヴィンは廊下を無駄のない動きで渡っている。自分達の存在には気づいていないようだ。

「それで隊長、団長がどうかしたんですか?」

ジャックの問いかけにレイラはハッと我に返り、軽く頷いた。

「あぁ、うん…リヴァイだったら気づいてると思うけど…なんかここ最近彼、悩んでるような気がして…」

「え!あたし全然わからなかった…いつからです?」

「壁外調査から戻ってきてからだ」

「そう、あと何かを隠してる気もして…ちょっと心配なんだよね…」

心配そうな表情を浮かべるレイラをよそにリヴァイはくるりと背を向けて室内へと歩き出す。

「あいつが話すことはないと判断したんだ。俺らが気にする必要はねぇ。それより戻るぞ、もう日が暮れる」

それもそうかと納得してレイラ達も彼の背中を追いかけ、中へと入っていったのだった。


























夜、食事を終えてやはり部屋でくつろいでいるとノックの音が部屋に響いた。

ノックをする人物など限られている。

レイラの隊の誰かであればまずノックはしない。唯一ジャックだけはするが彼は今ここにいる。

そしてリヴァイやハンジならばノックなしで間髪入れずに部屋に入ってくるのだ。

だから、レイラは訪問者のおおよその予想をしながらドアを開けた。

「あ、エルヴィン。どうしたの?」

エルヴィンの姿を確認するとジャック達は急に居住まいを正す。あのルイスもだ。

理由は単純明快。ルイス曰わく「分隊長の憧れは俺の憧れ」だそうで、レイラの尊敬しているエルヴィンには嫌みも言ったことはなかった。

「あぁ、夜にすまない。明日のことで伝達があってな」

「伝達…?明日何かあるの?」

彼は一瞬間を置いてからゆっくりと口を開く。

「明日…憲兵団、駐屯兵団、調査兵団の代表を集めての会議を行う」

代表。ということは憲兵団からはナイルとその側近、駐屯兵団からはピクシス司令あたりが来るはずだ。

そして調査兵団からはエルヴィン、リヴァイ、ミケ、ハンジ、レイラが。

そんな代表を集めるのだ。ダリス総統もいるのだろう。

「何だか…随分すごい会議になりそうだね。議題は何なの?」

「それは明日伝える」

「そう…わかった。あ…ねぇ、エルヴィン」

レイラは心配そうな表情を浮かべて彼を見つめた。

「何を悩んでるのかはわからないけど…あんまり自分を追い込まないでね…?」

ほんの少しだけエルヴィンの瞳が動揺で揺れたが、それはすぐに元に戻る。

「レイラ…」

「ん?」

「……いや、何でもない。報告は以上だ。それでは」

何かを言いかけて彼は軽く微笑を浮かべて部屋から出て行った。

レイラは首を傾げながらも後ろを振り返って緊張感から解放されてぐったりと机に突っ伏すジャックとアイリスに苦笑した。

すぐに和やかになった空気の中でただ一人

ルイスだけはしばらく

閉じられた扉の先にある団長の背中を見据え

眉間に皺を寄せながら目を細めていた。


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