07
「ハンネスさん、お久しぶりです」

「おう、レイラとルイスじゃねぇか!」

「どもッス。今日は昔みたいに飲んだくれてねぇみたいッスね。感心、感心」

「…ったく、お前は相変わらず口が悪いな」

駐屯兵隊長のハンネス。
レイラとルイスが彼と出会ったのは丁度一年前の巨人襲来時、まだ彼が隊長になっていない時まで遡る。

ハンネスが保護したという二人の子供。その子達を船着き場まで安全に送り届ける為、レイラ達が彼を護衛し退路を開いていったのだ。必死に自分にすがりついてきた時の彼の顔はいまだによく覚えている。

その子達がどんな子なのかは知らないがハンネスの口振りから察するに彼の子供というわけではなさそうだった。子供達は元気でやっているのだろうか。


「んで、今日はどうした。見回りついでの挨拶ってわけじゃないんだろう?」

「見回りって…憲兵団でもあるまいし、んなことしねぇッスよ」

ルイスの言葉に軽く笑いながらレイラは懐から一枚の手紙を取り出す。

「ピクシス司令の手違いで調査兵団にハンネスさん宛ての手紙が届いてしまったみたいで、私達が届けに来たんですよ」

手紙を受け取ったハンネスは差出人を確認した後に懐へとそれをしまった。

「それはご苦労さんだったな。しかし、分隊長様とその右腕がわざわざ来てくださるなんて俺も偉くなったもんだ」

その言葉に苦笑する二人。
部屋でダラダラしていて暇だったからリヴァイ達に半ば強制的に行かされたなんて言えない。

「ん?何だ、さては仕事サボって罰として行かされたとかか?」

「そんなんじゃないッスよー。俺達はただ部屋で壁外調査の疲れを癒してただけッス。それをあの鬼兵長が…」

「こーら、ルイス。部屋でゴロゴロしてたのは本当なんだから文句は言えないでしょ」

「うっ…まぁ…確かにそうッスけど…」

シュンとするルイス。彼がうなだれていると、割と背の高いその体が少し小さく見えて不思議だ。

ハンネスはそんな彼の様子を見ておかしそうに声に出して笑った。

「ははは!相変わらずレイラだけには素直だなルイス!!」

誰にでも臆することなく悪口でも嫌みでもそれはそれは素直に言い放つルイスがレイラにだけ従順。彼女に悪口や嫌みなどは以ての外。

その様子は調査兵団内でも多くの兵士の頬を緩ませる面白い映像である。

「そんなん当たり前じゃないッスか!分隊長は俺の全てですからね」

二人の間で何があったかなど知らない。いや、ジャックやアイリスを含めたレイラ隊の間で何があったかなど知らないが、きっと自分が踏み込んでいけるものではないのだろうと感じてハンネスはルイスの言葉に「そうか」とだけ返す。

その時ハンネスの視線はルイスの頭の上、つまりは彼の頭にポンとのせられている帽子に目がいった。

初めて会った時にはのっていなかった、しかし何度か街で会った時には当たり前のようにいつも被っているそれ。

「ハンネスさん?どうしたんですか?ジッとルイスのこと見て…」

「あぁ、いや…ルイスの帽子がな。よく被ってるみたいだがまさか壁外調査の時もなのか?」

すると彼は笑いながら自身の帽子を大事そうに手で押さえる。

「はは、まさか!これは分隊長の次に大事なもんですから。さすがに壁外調査には持っていけねぇッスよ!」

それもそうかと納得した時に、ハンネスの隊の者が彼を呼んでいる声が聞こえた。

「…っと、悪い。どうやらお呼びがかかっちまったみたいだ。また好きな時に訪ねてきてくれ」

「はい、お互いこれからも頑張りましょう!!」

「そッスね。またお互い生きていたら」

ペシッとレイラに頭を叩かれつつも笑顔で二人はその場を去っていった。


























人通りが多い大通りをしばらく歩いてから、レイラは頬を膨らませながら少し後ろを歩いているであろう彼に話しかける。

「もう、ルイスったら!!生きていたら、なんて物騒なこと言わないでよね!一瞬ドキッとしちゃったよ」

返事はない。どうしたのだろうと後ろを振り返るといるはずの彼がいない。

「あ…あれ?ルイス!?大変…!!もしかしなくてもはぐれちゃった…?」

レイラの顔がサーッと青ざめていく。こんな人の多い所ではぐれるなどシャレにならない。

彼女は慌てて周りを見回してルイスの鮮やかな金髪を探した。だが彼らしき人物を見つけることは叶わなかった。

「いない…ど…どうしよう…」

どうしていいかわからずわからずオロオロとしていると不意に自分の肩に重みが加わる。

「え」という言葉とともに振り返ると開いていた口に何かが入ってくる感触。

「…!?」

驚いて思わず口の中の何かを噛んでしまう。だが次の瞬間には口内には甘酸っぱい香りが広がった。
そして目の前にはほんの少しまで自分が探していた人物。その手にはぶどうが何房か握られている。

「ルイス…!一体何してたの!それにこれは…」

「見ての通りぶどうッスよ。ぶどう弾じゃなくて本物のね」

レイラは面食らって彼を見た。つまり彼ははぐれたのではなく、たまたま店で見つけたぶどうを買いに行っていたということか。

「隊長ぶどう好きでしょ?」

「好き…だけど、そんなのルイスに言ったことなんて…」

「言ったことなくたって見てればわかるッスよ。何年隊長の部下やってると思ってんスか」

「隊長が何か元気なかったんで買ってきちまいました」そう言って彼は残りのぶどうも全部レイラに手渡した。

ルイスは優しい。人の感情の変化に人一倍敏感だ。彼女はそんなルイスに何度も心救われた。

レイラは溢れそうになる涙を堪えて彼に笑いかける。

「ありがとうルイス!あはは、何だか考えてたこと全部バカらしくなってきちゃったなぁ」

「そりゃあよかった。自腹切ったかいがあったッス!」

そして二人はまた歩き出した。これ以上遅くなるとリヴァイに何か言われそうなので早足で。

大通りを抜けた所でルイスは後ろを振り返りながらぽつりと呟いた。

「…にしても本当、人が多くなったッスね。ウォール・マリアがあんなことになっちまったから仕方ないっちゃ仕方ないッスけど…」

「うん…職を失った人達もたくさんいるもんね…」

「これだけの失業者達を今の政府や憲兵団がどうにかできるとは思えねぇッス」

「それについてはナイルさんの判断を待つしかないよ」

ルイスは小さく「そっスねぇ」とだけ呟いてもう一度後ろを振り返る。



(嫌な事態にならなきゃいいけどな…)



眉間に皺を寄せて帽子を被り直したルイスとレイラに

まとわりつくような嫌な風が吹き抜けていった。


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