06
「そっか…エレンのお母さんは巨人に…」

一年前の巨人襲来。それは多くの人々を恐怖させ、そしてそのたくさんの命を巨人共に散らされた。
あれは正に悲劇というにふさわしいものだった。人々の悲鳴や命乞いの声は今でも耳に残っている。レイラが今のような考え方を持つきっかけとなったのもこの巨人襲来が大きな要因となっていた。


エレンの話によると彼の母親も巨人の餌食となってしまったらしい。そしてその時に今の居住地である開拓地に移ってきたのだという。

レイラはとつとつと昔話をするエレンの頭を撫でた。

「大変だったんだね…」

「なっ…こ…子供扱いすんなよ!!」

頬を染めて彼女の手を振り払うエレン。
すると次の瞬間、ルイスがエレンの両のこめかみに拳を当ててグリグリと音が出そうなほど力を込め始める。
ニコニコとしているが瞳には暗い影が落ちている。

「おいこらエレン、隊長に頭を撫でてもらって感謝の言葉の一つもないんかい。羨ましいなこのやろ」

「いででででで!」

「こらこらルイスー、意味わかんない理由でいじめちゃダメでしょ!早く離してあげな、早く離さないと…」

そこまでレイラが言いかけた時に鈍い音が響いた。

「いってぇ!!何すんだミカサ!!」

「ミカサに蹴られるよ…ってもう遅かったか」

ミカサがルイスのスネを蹴り飛ばして強制的にエレンは彼から解放される。

アルミンはスネを押さえてゴロゴロとのたうち回っているルイスとこめかみを押さえてうずくまっているエレンを交互に見つつおろおろしていた。

そんな様子を見てレイラは声を上げて笑い出す。

「あははは!いいね!今の蹴りは最高だったよミカサ!!」

「……どうも」

面食らったミカサは思わず頭を軽く下げた。

エレンを解放する為とはいえ自分の部下をいきなり蹴られたのだ。普通なら怒られても文句は言えないのに彼女は尚も笑っている。

そんなミカサの疑問など露知らず、笑いで滲む涙を拭いながらレイラは三人に問いかけた。

「みんなが訓練兵になるのはいつ?」

「来年です。」

「そっかぁ…来年みんなはあの教官の餌食になるのかぁ…」

「あぁ…あのハゲ教官ッスね」

途端にレイラとルイスが遠くを見るような目でそう言った。

訓練兵時代の教官。とにかくしごき倒され、その度に罵詈雑言を浴びせられたのが昨日のことのように思い出せる。

ルイスは教官を徹底的に必要最低限しか視界に入れず、言葉を交わそうともしなかったのでそこまで畏怖の対象ではなかったが、レイラにとっては教官のことはいまだに思い出すと少し涙が出そうになるらしい。

「そ…そんなに怖い教官なんですか?」

恐る恐るそう聞いたアルミンにレイラは動力の落ちた機械のように頭を垂れた。

「うん…おっそろしいよー…」

「恐ろしかねぇけど、まぁいい性格ではねぇな。厳しい中の優しさ的なのが一切合切ない。俺なんか出会い頭の自己紹介で死ねって言われたし」

「い…一体何を言ったのルイス…」

ルイスなら教官に反抗して食ってかかったのではないかとその場にいる全員がそう思ったのは言うまでもない。

するとエレンが瞳を輝かせて、思い出したように質問を二人に投げかけた。

「なぁなぁ、やっぱり二人は成績よかったのか?十位以内に入ってたりとか」

ルイスはため息をついて瞳をキラキラとさせる彼にばちんと音が響くほどのデコピンをお見舞いする。ミカサが自分を睨んでいたがその視線はとりあえず無視した。

「いって!何すんだよ!!」

「お前はバカか。レイラ分隊長が十位以内だぁ?このお方はそんな小せぇ位なんかじゃねぇよ、首席だ首席!!すげぇだろ!」

「自分の自慢じゃないんだ…」

「アルミン、何か言ったか?」

「いえ、何も…!!でも首席か…すごいですねレイラ分隊長!!」

レイラは照れくさそうに頬を掻いて苦笑を浮かべる。

「あはは、同期や教官には兵士に向いてない向いてないばっかり言われてたけどね」

「今も言われてるけど」と言って彼女はリヴァイやエルヴィンの顔を思い浮かべた。そういえばつい先日も言われたんだったとまた苦笑する。


「でもさ、ルイスだって三番だったんだよね?」

「…もっと下だと思ってた」

「おいミカサ、久々にしゃべったと思ったら失礼なことを!」

「いやでも充分すごいですよ三番なんて!」

「そうか?俺はあの協調性が皆無、他者との軋轢を生みやすいっつー評価がなければもっと上いけてたと思うがなぁ」

「フフ…それはルイスらしさが出てる評価だねぇ。あ、そうだ、エレン達は所属兵科何にするか決めてるの?やっぱり憲兵団…?」

レイラが何気なく聞いた質問に、エレンは一瞬で目の色を変えた。彼女はこの目を知っている。
純粋な巨人への憎しみが込められた目だ。奴らが憎くて憎くてたまらない目がそこにはあった。

「俺は調査兵団に入る」

それを聞いた時、レイラとルイスの時は一瞬止まる。
目の前の幼き少年が調査兵団に入る?巨人の恐ろしさを目の当たりにした少年が。


「…本気なの?」

「あぁ…俺は巨人を駆逐するんだ。この世から一匹残らず葬り去ってやる…!!」

エレンは本気だ。本気で調査兵団に入ろうとしている。

そのことは嬉しくもあったが、レイラは少し戸惑った。

仲間が増えるのは嬉しい。きっと彼が活躍すればリヴァイ達の負担も減るだろう。

だが、もし。もしも巨人に食われてしまったら…?そんな悪い考えが浮かんでは消えていく。

するとエレンはレイラのジャケットを掴み、強い瞳で訴えかけてきた。

「なぁ…巨人はどれぐらい強い…?あいつらに勝つにはどれぐらい強くなればいい!?他人を守るにはどれぐらい…!!」

ゆさゆさとレイラを揺さぶるエレン。

レイラはそんな彼をただ呆然と見つめていた。



どれぐらい…?
そんなの決まっている。
奴らの目を潰して、肉を削ぎ落として、動けなくなった瞬間をねらってうなじを削ぐ。ただそれだけ。

仲間を食った奴にはそれ相応の制裁を。ぐちゃぐちゃに切り刻んでピーピー喚いている間にまた同じように殺す。

守るためには強く。

強くなる方法なんて知らない。

ただ、他者を守るには奴らを殺さなければ。ただそれだけ考えていればいい。


この両の手を真っ赤な血で染めるのだ。


奴らを壊して 壊して 壊して

壊すんだ

もっと もっと








「エレン」

落ちかけていた意識を呼び戻すようにルイスの声が響いた。

「悪ぃな、もう時間だ。俺達駐屯兵団に届け物しなきゃいけねぇんだ」

「…ルイ…ス…」

「分隊長、ほらほら、行くッスよ!遅くなって兵長のお小言なんて聞きたくねぇッスから!!」

「あ…うん」

ルイスは彼女の手を引いて立ち上がる。

「ごめんね、みんな。また会えたら今度はもっとお話しよう」

顔に無理矢理笑顔を作り、レイラが手を降ってその場から去ろうとした時背後からエレンが叫んだ。

「俺、調査兵団に入ったらレイラさんの部下になりたい!いや、絶対なるよ!!」






その言葉に、レイラは沈みかけていた闇から抜け出したような、そんな感覚を覚えていた。





















「ねぇ…ルイス…私は…私…は…」

エレン達と別れ、当初の目的であったハンネスの元へと行く二人。

そうして最初に沈黙を破ったのはレイラの方だった。

「私…さっきエレンの問いに…」

「隊長、何考えてたのかはわかんねぇッスけど隊長は隊長ッス」

「ルイス…」

やはりルイスにはバレていたようだ。自分が何かとてつもなく深い何かに落ちかけていたことが。

だから彼は話を途中で遮ってこうして連れ出してきてくれたのだ。

レイラは歩調を合わせてくれているルイスを横目で見る。

「お…?どうかしたッスか?あ、俺に惚れたッスか!?」

「ううん、違う」

「うっ…はっきり言ってくれるッスね…」

「ねぇ、ルイス」

「はい?」

「ありがとうね…」



それだけ言ってレイラは少し早足で歩き出した。

今は一刻も早く違うことを考えたかったから。


あの時彼が止めてくれなければ、一体自分はエレンに何を言っていたのだろう。
何を考えていたのだろう。


そして








一瞬感じたあの恍惚は何だったのだろうか。


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