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 その日のデルカ村は、どこか張り詰めた空気に包まれていた。エイリム王国で最も国境に近いこの村は、小さく貧しいが活気に溢れる場所だ。戦争の爪痕を深く残しながらも、その逆境ゆえに人々が力強さを増した村である。家畜を飼い、作物を育て、皆が助け合って生きていた。しかし、その活気も今日ばかりは鳴りを潜めている。大人達は身を縮こまらせてこそこそと働き、いつもなら外で遊び回る子供達の姿もない。親が押し留めているか、異様な雰囲気を察知して家から出ようとはしないのである。
 ――ゼキアも、そんな子供の一人だった。まだ十にも手の届かない、遊び盛りの幼子である。彼は、自宅の窓際で暇を持て余していた。
「……つまんねーの」
 呟きながら、ゼキアは外の景色をぼんやりと見つめていた。この台詞も、既に何回目だろうか。どれだけ眺めたところで、窓から見える風景は変わり映えしない。まばらに建つ木造の家、乾いた風に揺れる畑の作物達。
 四角い枠の外へ思いを馳せながら、ゼキアは本来の予定を振り返る。今日は、仲の良い数人と川遊びをする約束だった。暖かくなってきた今の季節、冷たい水に足を浸すのはさぞ気持ちがいいだろう。石をひっくり返して、小さな蟹や変な虫を見つけるのも楽しい。上手く魚が捕れれば夕食の足しにもなるし、両親や妹も喜んでくれただろうに。だが、残念なことにそれは叶わないのだ。空は嫌味な程に晴れ渡っているというのに、ゼキアの心は曇天だ。それでも言い付けを破って出て行こうとしないのは、村の空気がおかしい理由を知っているからだった。先程から眺める景色に、ちらほらと映り込む異物――王都の騎士団が逗留しているのである。
 国境に近いという土地柄、こういった事態はデルカ村にとっても初めてではない。宿を取るなら、もう少し南に行けば大きな街がある。どう考えてもそちらの方が設備が充実しているため、あえて村まで来る旅人は多くなかった。だが大所帯の騎士団には寧ろそれが好都合らしく、彼らはデルカ村をよく利用する。
 だが、総じて彼らは良い客と呼べるものではなかった。いつも横柄な態度で村人を見下していたし、気に入らないことがあればすぐに罰を与えるという。ちょっとした粗相で、ひどい怪我をさせられた村人もいた。もちろん王都に彼らの横暴さを訴えたが、未だひとつも改善される気配はない。貧しい者は非国民、どうにかしたいのなら金を出せ。返ってきた答えの意訳は、大体そんなものだったらしい。
 そのお陰で、騎士団が来るといつも村はこうなる。必要以上に関わらず、出来るだけ客人の機嫌を損ねないように。それだけが村人の自衛手段なのである。大人でもそうなのだからら、当然子供らを彼らの目に触れさせるわけにはいかない。何をされるか分かったものではないのだ。それが解っているからこそ、ゼキアもこうして家で大人しくしているのである。
「暇だなぁ、リスタ。何か面白いことないかな?」
 せめて会話で気が紛れないものかと、後ろで一人ままごと遊びをする妹に声を掛けた。今年四つになったばかりの彼女の遊びは、何が楽しいのか今ひとつゼキアには理解し難い。しかし退屈が頂点に達した今なら、付き合ってやらないでもなかった。そう思って妹の返答を待つが、いつまで経っても返事がない。
「おい、リスタ……あれ?」
 痺れを切らして振り返る。しかし、そこにリスタの姿は無かった。つい先程までは確かに床で座って遊んでいたのに、今は木の椀やスプーンが散らかっているだけでだ。どこへ行ったのかと考えて、妹も自分と同じように退屈を持て余したことを思い出す。外で遊びたい、という彼女を、ゼキアも何度か注意した。一気に血の気が引いていく。


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