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15



 憂鬱だった。ここ数年で一番と言っていいほど鬱屈とした気分を抱え、ルカは過ごしていた。この日何度目になるかも分からない溜め息を吐きながら、ベッドの上で寝返りを打つ。先程からやたら向きを変えたり枕を殴ってみたりしてみたものの、なんの憂さ晴らしにもならなかった。枕はふかふかとして手応えはないし、マットもルカの身体を優しく押し戻すだけ。
「あー、もー」
 意味を成さない声を発しながら、ルカはごろりと仰向けになった。淡いレースの天蓋を通して、柔らかく光が降り注ぐ。普段なら、昼寝に丁度よい陽気だとでも思っただろう。だが胸に重苦しいものが溜まっている今、その温もりさえも煩わしい。
 広すぎる部屋が、落ち着かなかった。薄い桃色を基調としたソファやベッド、木目の美しい調度品。昼間は大きな窓から穏やかに日光が部屋を照らし、夜は硝子をふんだんに用いた照明が幻想的な美しさを醸し出す。その他、必要な物はなんでも部屋の中に揃っていた。水差しにはほのかに香りの付けられた水が常に満たされていたし、軽く摘まめる菓子もある。豪奢なドレスを合わせて楽しむことも出来たし、暇を潰すなら本もあった。例えここから出られなくとも不便しない程、充分すぎるほどのものがある。贅を尽くした、王女の部屋。
 ――そんな自室が、ルカは昔から嫌いだった。まるで、華美に飾り立てた牢獄である。鍵が掛かっているわけではない。城の中なら、出歩いても咎められないだろう。なのに、ここは息苦しい。嫌なことばかりを思い出す。
「姫、ね……」
 姫。王女。どちらも自分を表すのには似付かわしくない言葉だった。幼い頃から、姫らしくない姫だと言われ続けて来た。城内をあちこち駆け回っては乳母を困らせ、十五で成人してからは剣を学んで騎士の真似事をし、最近はしょっちゅう城下をふらついている。とんだじゃじゃ馬姫がいたものだ、という周囲の風潮は、ルカ自身もよく知っていた。だが『姫らしくない』という言葉の本質は、もっと別の意味を含んでいる。
 王が、あまりにもルカに無関心なのだ。王族ゆえに親子の距離が遠いという理由では、説明できないほどに。ルカは、王族の女子が学ぶべき教養をおよそ身に付けてこなかった。嫌って学ばなかったのではなく、王がそのための環境を用意しなかったのだ。まともに教師が付いたのは、字の読み書きくらいだっただろうか。子供の頃は疑問にも思わず遊んでばかりだったが、時が経てば自分の扱われ方がおかしいことぐらい見当が付く。嫌でも周囲の噂話は耳に入ってきた。実は王妃の不義の子なのではないか。あれでは嫁がせることも政治をさせることも出来ない。王は何を考えているのか、気が知れぬ――ずっと、そんな声を聞きながら育ってきた。母はとうの昔に死に、時折姿を見る父は視線の一つもくれない。臣下達は、ルカを見れば密かに陰口を叩く。城のどこにも、身の置き所が無かった。自分の部屋でさえ、これをやるから出てくるな、と言われているように思えて仕方がないのだ。
 オルゼスは、そんなルカが気を許せる数少ない相手の一人だった。剣術を教えてくれたのも彼だったし、今は使われていない古い通路を教え、街へ連れ出してくれたのもそうだ。自らの生い立ちを気にせず過ごせる時間は、何より心地良いものだった。日々オルゼスと街を歩くのを心待ちにするようになり、次第に一人でも出掛けるようになった。
 そんな中でゼキアやルアスと知り合って共に過ごすようになり、直面したのが王都に住む貧民の現状である。貴族や役人は、彼等の惨状には無関心らしい。そう知って初めて、自分に出来る事があるかもしれない、と思った。彼等の生活を直に知った『王女』が行動すれば、何かが変えられるかもしれない、と。ようやく、自分の存在に価値を見いだせた気がしたのだ。何より、親しくしてくれるゼキア達の力になりたかった。だというのに。


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