TF-short | ナノ
 


デートの前に





格納庫に外でキラキラとした朝日に目を細めながら、深呼吸のついでに欠伸も一つ。
雪菜はゆっくりと空に伸ばしていた手を下ろして、そして同時に耳に届いてきたエンジン音に頬を緩めて振り返った。

『おはよう、雪菜。昨日もラボに泊まったの?』
「そのつもりは無かったんだけど、気付いたら朝だったの」
『”年頃の””可愛い””レディーが””そんな事!””私は信じられません!”』

ラジオを繋げながら不満そうなバンブルビーの声に雪菜は苦笑を漏らして近づいてきたカマロのボンネットに手を置いた。
朝一番にサムの家からやってきた彼のイエローのボディーは太陽をすっかり吸収したのか、掌に伝わる温かさは丁度いい温度。
これがアイアンハイドだったならば”熱い”と感じるかもしれいないが、とぼんやりと考えながら雪菜はバンブルビーのボンネットに抱きつくように体を預けた。

「ビー、あったかいね」
『一睡もしてないの?』
「んー仮眠はとったよ」
『ちゃんと寝ないとだめだよ、それにラボで寝るなんて……ラチェットもいるんだから!』

プシュン、と小さな排気音が耳に届いてきたけれど、雪菜は気に留める事無くスリっとボンネットに頬擦りを送りながらまどろんできた思考回路にただ、頬を緩めてにこりと微笑んで見せた。
甘えるように身体を寄せると、何だかんだ言いながらもバンブルビーもボンネットから雪菜を落とす事なく軽く揺すって雪菜に答えてくれる。

「ビーは今日は?メンテは来週よ?」
『非番のお嬢さんにデートのお誘いに来たんだけれど、徹夜明けなら休ませてあげたいしなぁ』
「え、そうだったの?大丈夫よ、仮眠はとったし、今は眠たくないし」

くるん、とボンネットの上で顔を上げて何となく無人の運転席へと視線を送ると、僅かに揺れた車体全体から、完全にトランスフォームはしないままどこからとも無くバンブルビーの手が伸びてひょい、と現れて身体を掴み、一気に車内へと放り込まれてしまった。
あるべきシートや後部座席は見事に変形されていて、入れ込まれた車内は一面フラットシート。
次いですぐに流れてきたゆったりとしたカーラジオに雪菜は今しがたの光景に驚いた様子もなく慣れたようにころり、と身体を転がした。

『朝はゆっくり寝てていいよ。そのかわり、昼からはおいらとデートだよ?』
「ふふ、ありがとう。でもそれじゃあビーは暇じゃないの?」
『”君の””寝顔を””見てるだけで””私は””天にも昇る気持ちです”』
「ビーったら、もう」

くすりと笑って横になったまま天井を見つめると、普段はないサンルーフ。
丁度いい日差しが差し込んで、エアコンよりも気持ちのいい外の空気に雪菜はもう一度大きな欠伸を漏らした。
この黄色い愛しい彼が言うように、今日は久しぶりの非番――だから昨夜溜まった仕事を片付けようと必死だったのだけれど。
非番は一日寝ておしまいかな、なんて思っていた分、まさか彼がそんな事考えていてくれていたとはと雪菜は申し訳なさから身体を伸ばして窓際に唇を寄せた。

「眠たくないよ?今からデートしよう?」
『雪菜、嘘はいけないよ?表面温度が上がってる、眠たいでしょ?』
「……勝手にスキャンしたの?」
『雪菜の健康が第一だからね』

悪びれも無く答えるバンブルビーに、雪菜が軽く口を尖らしてみるがそれを”キス”と取ったのかどこからともなくシートベルトが伸びてきて口にそっと触れる。
違う、と言いたくても彼の予想外の行動に思わず笑みが漏れてしまい、雪菜はそのまま伸びたシートベルトに腕を絡めた。
傍目に見ればただのシートベルトだけれど、それでもしっかりと腕を絡めて抱き込んで――まるで彼を抱きしめてるように。

「ねぇ、起きたらどこに行く?」
『そうだね、この前新しくできたって雪菜が言ってたサンドイッチ屋さんでブランチ買って、湖ってのはどう?』
「湖?」
『うん、綺麗なところを見つけたんだ。』

”インターネットでね”と付け加えながらバンブルビーは車内に小さなプロジェクターを浮かべて一枚の写真を映し出す。
いつも彼とデートに行くときは海が定番だったけれど、言われてみれば湖なんて一度も足を運んだ事が無い。
写真を見るに、人気も無さそうなその湖はもしかしたら穴場なのかもしれない――第一、バンブルビーが”ロボットモード”になれない場所をデート先に選ぶ事もないだろうと雪菜はまどろみ始めた思考回路の中、湖の中で彼の膝に座りながらブランチを食べるところを想像してふふと笑みを漏らした。

「楽しみで寝られなくなっちゃう」
『そう言いながらウトウトしてるのはだーれ?』
「もう、意地悪言わないでってば」

トン、と手を伸ばして車内を軽く小突くと、バンブルビーからクスクスと笑う声がどこからとも無く聞こえてくる。
気付くとゆっくりと―エンジン音も立てずに―動いていた空の景色に、より一層静かな世界と空が雪菜の視界に飛び込んできた。
丁度いいように調整されたサンルーフから心地よく響いてくる海音に、少しだけの潮風が絶妙に気持ちがいい。
朝から最高の贅沢だと一度伸びをしてから雪菜はくるん、と身体を丸めた。

「ねぇ、ビー?」
『うん?暑い?』
「ううん、丁度いいよ、気持ちいい。……ねぇ、お願い、ビーも一緒に寝よう?」
『おいらも?』

不意の雪菜の質問に、心なしかカーステレオのボリュームが小さくなる。
”眠くない”と言った筈の彼女は既にうとうととまどろみ始めており、ゆらゆらとシートベルトに無造作に手を絡めている。
そっと腕に絡めたシートベルトに力を入れて雪菜の腕に巻きつけてみればを、彼女は嬉しそうに笑みを浮かべながら、改めてソコにちゅ、と軽く唇を落とした。

「寝顔見られるの、恥ずかしいもの」
『えー、でもおいらは見てたいんだけどなぁ?』
「だーめ、ビーも一緒に寝てくれなきゃ私寝ないんだから」
『”わがままな””お姫様ですこと!””ですがワタクシは””そんな貴方に逆らえません!”』

一際大きめに響いたカーラジオに安心したように雪菜は微笑みながら瞳を閉じた。
おやすみ、と小さく呟けば”good night,my princess”とカーラジオではなく確かにバンブルビーの声が車内に響く。
やがてスゥ、と寝落ちた愛しい彼女の表情を暫く見つながらそれをメモリーにこっそりと記録してから、バンブルビーは基地で未だにスリープモードで寝ているであろう仲間たちの回線に一言、”起こさないでね”と告げてから、自身もスリープモードに切り替えた。





****
夏はアイスのおいしい季節!様より100000hit企画リクエストに頂きました。
バンブルビーとのほほん、ほのぼのはお話という事でしたが……いかがでしたでしょうか(ドキドキ
突撃デート大作戦、彼的にはサプライズだったんですけど、サプライズが故にうっかりかみ合わない事もありますよね。
それでも”一緒にいれたら”それでいいと思いそう、彼なら。
本当なら寮まで彼女を送っていくのもアリだけど、勿論自分の中で寝てもらうにこしたことはないw
音楽はこっそりα波とか多めにいれてたらいいんだ、ちょっとだけ過保護なびーたんw
ラジオを繋げての会話は彼のお気に入りだと思います、だけどちゃんと大事な事は自分の言葉で。
そんな事を思いながら書かせて頂きました!

夏はアイスのおいしい季節!様、リクエストありがとうございました!


>>back