Only for u ジャズと出会ってから3年、そして彼に想いを寄せる事……1年。 未だに想いを告げる事のできない自分を情けなく思いながらも、雪菜は足早に自室の扉に身体を統べ込ませた。 「っは、ぁ……あー……恥ずかしい」 一気に階段を駆け上がったせいで、息があがる。 バクバクと大きく耳にまで響く心臓の鼓動は、階段のせいだけではない。 「気付く、かな」 そう、それはほんの5分程前の話。 いつもの様に隊務を終えた雪菜がジャズの好意に甘えて車に飛び乗り、他愛もない会話を車中で交わし。 寮の前でキッと音を立てて止まったシルバーのソルスティスの中に”わざと”小さな箱を忘れてきた。 ……もちろん、今日は2月14日。世に言うバレンタインデイ。 「でも、うわー……」 先程の自分の行動を思い返して、そしてぽふん、とソファに身体を埋めた。 会話をしている最中にさりげなく置いてきた小さな小箱に、はたしてジャズはいつ気がつくのだろうか? 格納庫まで戻ってもとの姿になった時に地面に落ちてしまうのだろうか。 それとも、気付かれないまま原型に戻る際にボディの歯車に噛み込んでしまったりはしないだろうか。 「明日、明日ぁ……」 そんな事を頭の中で考えながらも、相も変わらず込み上げてくる羞恥に雪菜はクッションに頭を埋めた。 どういう風にジャズが気付くにしろ、明日はどう彼に振る舞えば良いのか。 何事も無かったかのように声をかけるか、それとも……それとも? 「、」 もし、彼が何事も無かったかの様に居たら、自分はどうすればいいのだろう。 つまりそれは、NOという意味なのか、それとも小箱にそもそも気付いていないのか。 判断基準はいったい何なのか、と不意に当たり前すぎる事実に気がついた雪菜の鼓動が今までとは違った高鳴りを胸に伝えた……その時。 コツコツ ギ、と少しだけ響いた嫌な音に、雪菜はぴくんと身体を跳ねさせた。 人間が生理的に嫌うこの音――窓をひっかく音――が出てくる場所は、この部屋には一カ所しか無い。 そして、この音を"外から"だせる人は……一人しか居ない。 「ジャ、ジャズ?」 『おぅ、何だ、寝てたのか?』 「あ、いや……ちょっと疲れたから、その、」 まさか貴方の事を考えていました、なんて勿論言える筈がない。 思わず口籠りながらも、雪菜は何とかクッションから頭を上げて、窓の外から見える彼の姿に近づいた。 「どうしたの?格納庫に戻らないの?」 『いや、そうしようと思ったんだけど、お前が俺の中に忘れ物してたからさ』 ガリガリ、と頭を爪でひっかきながら告げられたジャズの言葉に、途端に雪菜のトクトクと早い鼓動に大きな衝撃が走った。 こんな早くに彼が気付くなんて、いや、でも…… 『ほら、忘れもん』 「え、あ、ちが……うん、ありがと」 ”違うよ、それはジャズにだよ” その一言が言えたらどんなにいいか。 そもそも、それが言えないからこんな姑息な手段しか使えず……今もジャズが窓から指先を突っ込んで渡してきた小箱をただ受け取る事しかできない。 『お前って、たまーに抜けてるよな?』 「うるさいなぁ」 恐らくジャズはこの小箱の意味は気がついていないのだろう。 綺麗にラッピングされたソレをみて、もしかして誰かへの贈り物と勘違いでもしたのだろうか、と雪菜が胸中で盛大な溜息を零しながらジャズの差し出された手から小箱を受け取ると…… 「……え?」 見慣れないその色に、雪菜は思わず目を見開いて声を漏らした。 雪菜がジャズの車内に忘れてきたのは、ピンクの包み。 が、今雪菜の手の上に乗っているのは……ブルーの包み。 洒落た感じにダークブルーのリボンがくるくると弧を描いているリボンに、雪菜は咄嗟にジャズを見返した。 『ハッピーバレンタイン、雪菜』 「……へ」 『これ、俺宛だろう?」 「な、」 ひらり、ともう片方のジャズの手の先で揺れるのは、間違いなく自分が手渡したジャズへのバレンタインギフト。 そして……雪菜は自身の手にある、同じサイズだけれども見慣れないそれにもう一度視線を落とした。 『だから、それは俺からお前に』 「え、あ、……あ、ありが、とう」 とにもかくにも、今の置かれている状況に合点が行かない。 もしかして、ジャズは自分のプレゼントを"義理チョコ"だとでも思ったのだろうか。 日頃からスマートな彼だ、きっといろんな隊員からバレンタインギフトを貰って……お返しに、と返していたに違いない。 そう思うと心境は限りなく複雑ではあるが、ここは踏み込まずに親しい友人からのギフトを演じた方が良いだろうか……何て雪菜が気持ちの整理をつけていると、ツン、と雪菜の頭部に硬い金属の先が触れた。 『言っておくけどな?』 そう言葉を紡ぎ始めたのはジャズの方なのに。 何度か雪菜の頭を器用に爪先で撫でた彼は、ソルスティスの姿にトランスフォームをしながらツツツ、と窓から姿を消してしまう。 それを追いかける様に窓の縁から見下ろせば、ジャズはプップーと軽快なクラクションを鳴らしてから、通行人を気にもせずに、大きな声で雪菜に言葉を贈った。 『俺が、ンな事するのってお前だけだからな!』 「、え、」 『だから、そういう意味でちゃんと受け取っておけよ?』 そしてブォン、と一際大きなエンジン音が窓の下から込み上げ、雪菜が気付いた時には既にソルスティスは発車してしまった後。 少しずつ小さくなるそのシルバーの姿を呆気に取られながら見つめてん…やがて、ぼっと熱く熱をもち始めた頬に、雪菜は下から刺さる好奇の視線に慌てて窓から身体を離した。 「え、えぇ、えええ?!」 最早、壊れてしまいそうな程に早い鼓動が収まる気配なんて一向にない。 溶けてしまいそうに熱い頬を感じ、そして気付くと震えていた指先に目をやり……その先で揺れるブルーのリボンがかけられた小箱。 「わ、わた、わたし宛……」 自分の英語能力が間違っていなければ、そして自分の言語能力が通常通りならば。 ジャズが……ジャズの想い人は。 大粒の涙が頬を零れ落ちそうになるのをぐっと我慢しながら、雪菜はそのリボンに震える手をかけた――…… ***** 中味は好きなものを想像しておいて下さい^q^ スワイプなら、「お前これ、忘れてったぞー?」とか普通に返してきそうだね。 さすが愛すべきオバカさん(・∀・) >>back |