TF-short | ナノ
 






Atsui!





暑い。
ただ、ただ、暑い。
もう何度考えても変わらない体感に、雪菜はぐったりとソファに体を預けた。
もはや動く気力すら無い、と言わんばかりに。

「あ、つー……」

口に出しても勿論何も変わらないのは重々承知なのだけれども。
それでもつい声に出しながら、雪菜は首筋にはりついた髪の毛を乱暴に纏め上げぼんやりと天井を眺めた。
久しぶりのオフだというのに、これだと何もする気ならない。
それもこれもクーラーが故障した上に、修理に1週間も要する事になったせいだ、と今さらになって市街地からかけ離れた軍の基地住まいを嘆きながら雪菜が大きくため息をついたその瞬間――

「何をやっているんだ」
「ひっ……」

突如振ってきた影に体をこわばらせ、そして自然と肩が竦む。
そしてその数秒後、ようやく目に飛び込んできていた真紅の瞳に雪菜は頬を力なく緩めた

「すたすく……」
「貴様は……略すなと何度言えば分かる!だいたい貴様のせいで他のやつらも俺の事を――、」
「うんうん、ごめんねー」

こちらを見下ろしていたスタースクリームは雪菜の一言に大きく顔をしかめて見せたが、雪菜はくすりとやる気の無い笑いを漏らすのが精一杯。
普段ならば彼の登場に少なからず心が踊るのだけれども、今はそれどころではないのが正直なところ。

「暑い」
「下等生物らしい」

体温調節ができないなんて、と吐き捨てながらも、投げ出された雪菜の髪に手を通すことは忘れずに。
するりといつもより確かに熱を含んでいる雪菜の毛先に、スタースクリームはふんと鼻を鳴らした。

「クーラーが壊れちゃったの、もう最悪」
「暑けりゃシャワーを浴びればいいだろ」
「浴びたけど、暑いの……もう3回は浴びた」
「お前そのうち表皮の油分がなくなるぞ」

よくわからない彼の返答に、雪菜は彼を見上げたまま瞳を閉じた。
ただでさえ暑いのだ、スタースクリームの訳の分からない理論に脳を動かしている場合ではない。
そもそも、異常に暑いこの部屋に何をしにきたのだ、と雪菜が頭を僅かに動かして……ぴくん、と体が跳ねた。

「あ、ねぇ……もしかして体温調整してるの?」
「触れば分かるだろう」
「うん……きもちいい」

そしてすぐに敏感に反応を返してきた雪菜に、今度はスタースクリームの手が思わず止まってしまった。
一つは、今の今まで隠れていた雪菜の瞳がいきなりぱちりと開かれたせい。
そしてもう一つは、発せられた言葉に思わず深くまで意味を汲み取ってしまったせい。
……顔の熱が0.51度上昇したのは気付かれていないだろう、とスタースクリームは雪菜の開かれた瞳を見下ろした。

「さわっていい?」
「も、もう触ってるだろう」
「ねぇ、こっちきてよ。ほら、隣」

ポンポンと自分の隣を数回叩いた雪菜は、それから力任せにスタースクリームの腕を引き寄せてそこに頬を押し付けた。
ひんやり、としたその温度がほてった頬をじんわりと冷やしていく。
どこか彼が息を呑む音が聞こえた気もしないが、それよりも今は体温を下げる方が先決。
珍しく目をぱちりと瞬かせて不思議そうにこちらを見下ろしていた彼をいい事に、雪菜はスタースクリームの左腕にがしりと腕を絡めた。

「触るな」
「うわ、最高!何これ簡易クーラー?」
「お前が俺の表面温度を上げるせいで、俺がまた体内調整にエネルギーを費やさなければならんだろう」
「いいじゃない、ちょっとくらい」

ぎゅ、と抱きつけばスタースクリームの腕がぴくんと跳ねる。
それでも腕を離そうとしない雪菜に暫くは悪態吐いていたスタースクリームも、やがて観念したように雪菜の隣へと体を滑り込ませた。
――別に邪まな気持ちは持ち合わせてなど、なんて誰に対してか分からない弁解をスパークの中で弾けさせながら。

「う、わー何、すごい、ひんやりする、最高!」
「な、ちょ、おま」
「やだ、動かないでってば……もっとこう……」

頬に腕を押し付け、そして体をぴったりとスタースクリームに密着させる。
さらには足まで絡めてしまえば……みるみるうちに体が冷えていく。
この高機能な彼は、どうやら体温が篭って生ぬるいなんていう事態には陥らないようだ、と雪菜は満足気なため息を漏らしながら彼の首へと両腕を回した。

「貴様、」
「やん、動かないでー!今一番いいポジション探してるんだから」

もはや雪菜に今の涼しさを手放す気なんて毛頭ない。
おもむろにスタースクリームの体の上に乗り上げながら彼の動きを雪菜が制すれば、スタースクリームの体内から大き目の機械音が聞こえ始める。
シャッシャ、と聞きなれたその音は……まさにパソコンの廃熱音と同じもの。
あぁ、作りは同じか、なんてやっと動き始めた頭でぼんやりと考えていれば、がしりとスタースクリームが雪菜の後頭部を掴みあげた。

「い、った」
「〜〜っ貴様は!いい加減にしろ!恥じらいというものが無いのか!」
「何、スタスクは人間じゃないのに恥じらいなんて感情があるの?」

出来るだけいつものように声を荒げて精一杯雪菜に言葉を投げつけてみたのに、腹から胸にかけてしっかりと乗り上げて体をくっつけた雪菜には、言葉が効いている様子は全く見受けられない。
それどころか更にぴったりと密着させて居心地の良い場所を見つけるべくごそごそなんてしているのんだから……正直、さっきからブレインサーキットはフル稼働しっぱなしだ。
悪態吐きたい、けれども……けれども、スパークの片隅のどこかに確かにある別の感情を消すことがどうしてもできず、スタースクリームはついに雪菜の後頭部らようやく手を解いた。

「ちょっとだけ。ちょっとだけ……ね?」
「……1分だけだぞ」
「うん、ありがとう。スタースクリーム」

そう告げながらぎゅっと体に抱きつけば、観念したような排気音が頭上から落ちてくる。
そして何を言う訳でもなく、雪菜の毛先を無造作に弄くり始めた彼にくすりと口角をあげながら、雪菜はゆっくりと瞳を閉じた。
――勿論、彼から離れたのは、もっともっと経ってから。





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付き合ってるのか、付き合ってないのかすら分からないあるぇ^q^
スタスクに抱きついて暑さをしのぎたいだけのお話でした。

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