![]() Happy Valentine's Day! - Jazz - いつものように目を覚まして、いつものように服を着替えて。 雪菜は大きな欠伸を噛み殺しながら、自室からのろのろと重たい体を引きずり出した。 ――Already arrived. 階段を降りながらピカピカと光る携帯に目を通すと、またもやいつものメッセージに自然と頬が緩んでしまう。 送り主はもちろんシルバーの彼。 寮から仕事場までそれ程離れている訳でもないのに、用の無い日はこうして迎えにきてくれるようになってかれこれ1年が経つ。 ……一度は彼の到着する前に現れたいと何度か試みたものの、朝という大敵には未だ軍杯があがらない。 「おはよ、ジャズ」 『はよーさん。今日はいつもより早いな』 「そう?」 『あぁ、平均値より2分14秒早い』 何気ない会話を目の前のシルバーカラーが目を引く車に向かって交わすのも、いつもの事。 つるりとしたボンネットに指を這わせて、そして雪菜がサイドミラーに朝の挨拶代わりのキスを送ろうとしたその時―― 「あれ?」 ふと視界に飛び込んできた、見慣れない"色"に、雪菜は未だ寝ぼけていた瞳をぱちりと見開かせた。 いつもなら視界に飛び込んでくるのは自分専用のクッションの筈。 けれども今日はそれが目につかない事、否、それを"覆い隠している"何かに雪菜が気がついた瞬間、ガチャリと無人の車の扉が開いた。 『Happy Valentine's day!』 爽やかな朝には削ぐわない甘いバックサウンドが雪菜の耳に響くのと同時に、瞳に飛び込んでくる溢れんばかりの花束の山。 ハラリ、と丁度雪菜の足下に落ちたそれを拾い上げながら、雪菜は丸く開いた瞳のままに目の前の光景に目を見張った。 「わ、すごっ……!え、何、え?ばれん……?」 『今日は恋人の日だろ?』 「……う、うん、そうだけど、」 呆気にとられながらも何とか雪菜が返事を返せば、フォンと音を立てて後部から白い排気が漏れる。 "知らないのか?"なんて呆れた様なジャズの言葉を耳にして暫く、雪菜はようやく口元に笑みを浮かべた。 「ううん、勿論知ってる、けど……!」 『けど?』 「すごくびっくり、しちゃって」 "車内が花園みたいだよ"と告げれば"サプライズだ"なんて嬉しそうなジャズの声がスピーカーから返ってくる。 それに綻ぶ頬を隠す事無く、雪菜は拾い上げた一輪の花に顔を寄せ――そして車内へと顔を覗かせた。 黄色、ピンク、赤に白と色とりどりに車内を彩る花束の嵐。 鼻いっぱいに広がる花の香りにゆっくりと瞳を閉じてから、雪菜はサイドミラーを優しく撫でた。 『気にいったか?』 「うん、すごく……!え、えっと、今日はこれに乗って送ってくれるの?」 『Yes, my dear princess』 そう茶目っ気たっぷりに聞こてくるジャズの言葉と供に、何ともロマンチックな音楽が流れてくる。 "乗れよ"と促されるままにそっと車内の助手席――そこだけ花束のない――へと身体を滑り込ませると、閉じられた扉を合図に低いモーター音が聞こえてきた。 寮から仕事までの距離は車で5分もないだろうか。 それだけの間しかこの素敵な空間を堪能できないなんて、なんて走り出した車には気にかけずにダッシュボードの花の山に手を伸ばしているとふと、車体が何かを踏み越えるように大きく揺れた。 「え?あれ?ちょっとジャズ、そっちは反対方向よ?」 『分かってる。――お前の分も、休暇届を出しておいた』 「へ?」 『今日は今からバレンタインデートだ』 事も無げに告げられた言葉に、雪菜が呆気にとられて瞬きをする事も忘れてしまえば、いよいよ軍の入り口をシルバーのソルスティスは通り過ぎて行く。 バックミラーにうつるNEST基地がだいぶ小さくなった頃にようやく、え、ともう一度雪菜が短く言葉を紡げば、ジャズは低く笑いをくつりと漏らした。 『俺に任せておけ。デートコースの下調べに抜かりはねぇからな』 「え、え、えっと……でも、今日はラチェット先生に――」 『それと、他の男の名前を出すのは今日は禁止だからな』 少しだけ強く揺れた車内は、まるでジャズなりの警告といったところか。 ぱちぱち、と先程まで感じていた眠気なんてすっかりと吹き飛んでしまった瞼を瞬かせてから、雪菜は軽く肩を竦めてみせた。 ここで更に抵抗する程自分は仕事中毒でもないし、ましてや彼氏の素敵なデートの提案を断る理由なんて一切ない。 仕方が無い、と手に遊んでいた一輪の花をくるりと回してから、雪菜は助手席に身体を深く預けた。 「それで、ダーリン。今日のデートプランは?」 『それは行ってからのお楽しみだ』 その言葉と一緒に音量の上げられたバックサウンドに、雪菜はにっこりと笑みを浮かべてシートベルトを少し伸ばした。 本当ならば、今すぐ抱きついてキスを送りたい所だけれど――今の姿ではどうしても難しい。 今日はどんな一日が待っているのか、と期待に胸を膨らませながら、雪菜は伸ばしたシートベルトへ愛しい想いを込めて唇を一つ落とした。 **** 車内に花束いっぱいのジャズのお話を一度書いてみたかったんです^q^ どこか人気の少ない公園でトランスフォームして、花束の嵐を雪菜嬢に降らせてみれば良いと思うよ! そして"もったいない!!"なんて言われて雪菜嬢と一緒に花束を拾うのもほのぼのしてていいと思うよ! >>back |