TF-short | ナノ
 




Nighty kiss





どこを比べても自分より遥かに劣る、ひ弱で軟弱な生き物。
こんな人間相手に何故にこうにまで心をかき乱される必要があるというのだ、と、スタースクリームはそろりと視線を落とした。

「馬鹿め」

そこにはスヤスヤとソファに座ったまま、気持ちよさそうに寝息を立てている女が一人。
小一時間程前に、スタースクリームのオフィスへと書類を取りに来たのはいいものの、まだ手付かずで放っておいたそれに雪菜が激怒したのは言うまでもなく。
これがレノックス相手ならば無視を決め込むのだが――最近はレノックスも知恵がついてきたのか、一応彼女である雪菜を送り込む様になったのだから、困ったのものだ。
そして見事その策略が功を奏し、渋々と書類を前に仕事を始めたスタースクリームを横目に、いざ出来上がって顔を上げてみれば、先ほどまで開いていた雪菜の瞳はしっかりと閉じられていた。

「貴様がやれと言ったんだろうが」

べし、と分厚くアウトプットされた書類で雪菜を叩いてみても、すっかりと夢の世界に浸っている雪菜はびくともしない。
変わりに、むにゃ、なんて寝返り代わりに首をコクンと一度落とした拍子に、雪菜が手にしていたファイルまでもが音を立てて床に落ちた。

「ったく、……お前は」

普段ならば、落ちた書類を拾い上げるなんて事は勿論しない。
それでも、反射的に膝を折ってしまった自分自身に違和感を覚えながらも、スタースクリームは乱暴にファイルを拾い上げた。

「おい」

呼びかけてみても、勿論反応はないまま。
試しにバン、と音を立てて目の前の机にファイルを置いてみても、反応はない。
余程疲れていたのだろうかと、スタースクリームは一瞬だけ宙を仰いでから、雪菜の座るすぐ隣へと腰を落とした。

「俺様の寛大さに感謝するんだな」

傲慢に吐き捨ててみるが、心なしか口から漏れる音量はいつもより弱い。
無意識にしてしまったそれが、またも複雑にスタースクリームのスパークを締め付ける。
一体いつからだ、下等生物、と見下していた人間という存在に振り回される様になったのは。
同胞達が次々とパートナーを見つけて行く中で、最後の最後まで頑に"自分だけは"と踏みとどまってきたというのに。
それでも、トン、と流れるように落ちてきた雪菜の頭の重みが、滑稽なことに愛おしくてしょうがないのだから……自分もいよいよ、平和ボケが始まったのかもしれない、とスタースクリームは肩を揺らさないように空気を口から漏らした。

「ん、」

そんな想いを行方知れずにスタースクリームが馳せて、どれぐらい経ったのだろうか。
手持ち無沙汰にただソファに座っていたスタースクリームの聴覚に、雪菜の吐息以外の音が飛び込んできた。

「すたー、すく、りー、む?」
「ふん、ようやく起きたか」
「あれ、わたし……」

もご、と少し口篭ったように響くのは、寝起きモード全回の雪菜の声。
次いで肩に感じていた重くない重みが退いたかと思えば、すぐに雪菜がごしごしと顔を掻く仕草がセンサーに届く。
その様子を横目にチラとだけ視線を送れば、バチリと不意にあった視線に思わずぐいと反射的に視線を逸らしてしまう。
――へらっと笑いやがって、と心の中で悪態吐きながらも、スパークの鼓動に気付かれる前に、と雪菜の手の中にばさりと資料を改めて押し付けた。

「ほら、これで満足か」
「あ、うん、うん……ありがとう」

まだどこかゆったりとした口調のまま雪菜は手の中の書類へとぺらぺらと指を這わした。
ほんの少しだけ、と瞳を閉じたなけなのに、気がつくと時計の針は20分程進んでしまっている。
本当ならば、仕事を真面目にする彼氏様をこっそり鑑賞、なんてしたかったのだが――と、睡魔に負けた自分に苦笑を漏らしてから、雪菜はその場を立ち上がった。

「おい」
「へ?」
「どこへ行くつもりだ」
「どこって……オフィスに戻るんだけど」

そのまま大きく伸びをしてみれば、ふとソファにどかりと座っているスタースクリームから声がかけられる。
その物言い、その仕草。

「俺の番だろう、次は」
「何が?」

むすっと、子憎たらしい程に端正な顔を楽しそうに歪めたスタースクリームの言葉と、ほぼ同時。
ぐいと引っ張られた手、そして反動で床に散らばってしまった書類。
"あぁ、もう!"と雪菜が声を上げようと口を開くより早くに、今度は太股の上にどすん、とスタースクリームの頭が落ちてきた。

「……え、っと」
「お前、小一時間は寝ていたぞ。今度は俺様の番だ」
「……スタスクの体内時計、おかしいんじゃない?」
「勝手に略すな」

がるる、と噛み付かんばかりにムキになったスタースクリームの頭を、笑いながら撫でてみると、彼から精一杯不満を表現するように唸り声が響く。
本当に嫌ならば、手を振りほどいてもっと言葉で畳み掛けるだろうが、どうやらこの反応を見ている限りは"悪くない"ようだ、と雪菜はこそりと笑みを噛み殺した。

「1時間経ったら起せ、いいな」
「もう、しょうがないなぁ」

有無を言わさず太股の上を陣取った彼は、早々にスリープモードに突入する体勢。
呆れた様に雪菜がスタースクリームの髪を掻き分けて額に手をコツンと置けば、上目に見上げていたスタースクリームの瞳が少し細められた。

「……おやすみ。本当に1時間だけだからね」
「あぁ、そうだ」
「ん?」

雪菜の言葉なんて完全にスルーをするかのように、スタースクリームが長い睫毛をぱたりと綺麗に閉じたかと思えば、思い出したかの様にすぐにそれが再び雪菜を映し出す。
何事だ、ときょとんしながらスタースクリームの瞳越しに自分の姿を見つけたまま雪菜が瞬きを繰り返しながら、彼の次の言葉を待っていると――

「痛っ、」
「……人間はこういうのが好きなのだろう?」

ぎゅっ、といきなり髪をひっぱられると、近くなった睫毛が一瞬だけ雪菜の頬に触れる。
そして唇に感じる、確かな熱は間違いなくスタースクリームのもの。
あまりに咄嗟の事に雪菜が言葉を紡ぐ事すらままらなずにいれば、勝ち誇ったような、満足そうなスタースクリームの笑みがけが雪菜の視界に映し出された。

「なっ、」
「Good night」

そしてすぐにパチン、と言い逃げするかのように意地悪な笑みを最後に浮かべたスタースクリームから、電子的な音が響く。
その音と同時に完全にくたりと力の抜けた様子の彼は、早々に回路をスリープモードに切り替えたのだろう。
そんなスタースクリームの様子を真っ赤な顔で見下ろしてから、ああ、なんて意地悪な人!と雪菜は口元を押さえつけながら宙を仰いだ。





*****
スタスクが最近気になってまス\(^o^)/
憎たらしい所が。

>>back