![]() Maybe チチチ、なんて爽やかな鳥のさえずりが響き渡る。 そよそよと心地良い風が頬をくすぐる中、見上げた空は雲ひとつ無い青一色。 眼前に飛び込んでくる景色を堪能していれば、ふと、白い煙が視界の端に流れた。 「バリケードって煙草好きだよね」 「悪くはねぇな」 まるで”それがどうした”とでも言わんばかりに聞こえてきた、少しばかり不満色を含んだバリケードの声に、雪菜は苦笑を漏らして隣に座る彼へと顔を向けた。 午後の休憩のひと時。 こそりと人気の無い場所を選んで休憩をしていた雪菜の傍に、ふとズカズカとやってきたのは”一応”彼氏であるバリケード。 何か用事?と聞いた雪菜の言葉はまるで一蹴した彼は、どかりと雪菜の隣に腰を下ろしたのは15分程前のこと。 「煙草って美味しいの?」 すーっと聞こえてきた音と共に、バリケードの口から白い煙が流れ出る。 そのままゆらゆらとあがる煙を暫く見つめたバリケードは、ようやく雪菜へと紅い視線を向けた。 「吸いてぇのか?」 「ちょっと思っただけ。みんな吸ってるし……」 「やめとけ」 ふん、と何が可笑しいのか、小馬鹿にしたように口の端をあげる。 そして同時にコンクリートに押し付けるように煙草の火を消した彼に、雪菜は小首を傾げて見せた。 「どうして?」 「早死にしてぇのか」 「……え、もしかして私の健康を心配してくれてるの?」 予想を上回る彼の言葉に、雪菜は思わず口と同時に目を見開いた。 まさか、バリケードが自分の身体を案ずる事があるなんて。 仮にもお付き合いを開始して半年が過ぎようとしている今の今まで一度もそんな事はあった事はないし、どちらかというと度重なる彼の乱暴な挙動には毎度雪菜が泣き言をあげる位だというのに。 「バ、バリケード?」 そんな自分の質問に、紅い目を一度だけ鋭く光らせたバリケードは口を閉ざしたまま。 端整なその表情が真顔でじっとこちらを見つめている、その姿に何故か頬が羞恥で熱くなるのを感じてしまい、雪菜は抱えていた膝に顎を落として首を横に振った。 「ち、ちがうよね、あ、その、あれだよね。ほら……煙草代高いし……うん、お給料も多くないし……」 考えてみれば、今更ながら本当に付き合っているのかすら疑問に思う。 周りから見れば、"バリケードは雪菜にべた惚れだ"なんて言葉は度々耳にはするものの、当の雪菜からしてみれば惚れられている事すらそもそも疑問でしかない。 確かに、気付けば傍にいてくれるし、二人で出かけることだって何度もあったし、身体を重ねた回数も数知れず。 だけど、一度たりともバリケードから"愛の告白"なんてものは受けたことが無いのも……紛れもない事実だったりする。 「バリケードは、健康の心配もいらないし……お金の心配もいらないもんね」 ぽそぽそと言葉を紡げば自然と溜息めいたものが口から漏れ出た。 バリケードに対して抱いているこの恋愛感情を、彼もまた自分に抱いていてくれるのだろうか。 なんて、早速にアンテナ違いに伸びた思考回路を振り切るように、雪菜は手にしていた缶コーヒーに口をつけた。 「悪いか」 「え?」 ごくり、と喉を鳴らしたのと、それはほぼ同時。 聞こえてきたバリケードのいつもの調子の口調に、雪菜が再び彼へと視線をよこせばすぐに、彼の手が伸びてくる。 「たった100年ですら生きられねぇだろ、お前らは」 「……」 「それを更に縮めてぇのか、お前は」 「……ううん」 そのまま取り上げられた缶コーヒーに、バリケードが口をつける。 ごくり、と雪菜が鳴らした音よりも更に大きな音が一度だけ響いたかと思えば、空になったのだろう、それを片手でグシャリと音を立てて潰した。 「そうだよね、バリケードからすれば、あと少ししか一緒に居られないんだよね」 その様子を見つめて、雪菜が口を開いた。 普通の人間ならそんな行為は片手だけでは到底行えるものではない。 見た目はどこから見ても人間と同じだけど、やはり彼は人間ではない。 雪菜とは比べ物にならない握力を持ち……比べ物にならない寿命を持つ。 そんな事は最初から分かっていた事の筈なのに、と雪菜は口元に緩い笑みを宿した。 「私が……居なくなったら、すぐにメモリから私のことを消してね」 「あ?何でだ?」 「何となく。何千年も覚えてもらう程でもないし……」 クツ、と喉を鳴らして可笑しそうに笑ったバリケードはいつもと何一つ変わらない。 きっと何十年先になっても、彼は何一つ変わらないのだろう。 そう思えば、不意に形容しがたいもの寂しい感情が雪菜の胸を締め付けていく。 「よく身の程を分かってるじゃねぇか」 きっと、自分がこの世界から居なくなっただけでは世界は何一つ変わらない、バリケードだって変わらない。 また別の人間と恋に落ちるかもしれない、今度はトランスフォーマーとかもしれない。 自分と今こうして過ごしている時間も、バリケードにとってはほんの数秒の事でしかないのだから。 「そうだな」 こんな事、いちいち告げなくとも彼は何の戸惑いも無く自分との記憶をメモリからデリートするだろう。 むしろ、それは今すぐかもしれないし、何十年か先の事かもしれない。 老いていく自分、何一つ変わらないであろうバリケード。 そんな彼を束縛する権利なんて、そもそも今の時点から持ち合わせて等ないのだから。 「お前がくたばったら、俺もスパーク壊すか」 ふと、耳に聞こえた彼のポツリとした言葉。 その言葉を雪菜が理解するまで、約3秒。 え、と小さく口から漏れた音と共にバリケードを見つめると、彼はまるで自嘲するかのように数回喉を震わせて笑った後に、雪菜の首をぐいと引き寄せた。 「馬鹿か、お前は。んな事する訳ねぇだろ」 「わっ、そ、そうだよね……」 急に近くなったその距離と、まっすぐに瞳に飛び込んでくる紅い視線。 人工的なものだと分かっていながらも、その透き通るような色に見つける自分の驚いた表情に、雪菜はツイと視線を逸らそうとして――掴まれていた首に力がかかった。 「い、いたた……い、痛いんですけど……!」 いたたた、と口から出る悲鳴に近い叫びなんて全くのスルー。 じっと何か物言いた気にこちらを見つめているのは分かる、けれども首にかかる痛みについに耐え切れずに雪菜が身体をよじれば、やがてバリケードがふん、と鼻を鳴らして手を解いた。 「もう、力加減には気をつけてって毎回言ってるじゃない!」 首をさすりながら、バリケードを恨みがましく見上げても、彼の表情はどこ吹く風といったところ。 そうこうしている間に、遠くのほうからレノックスが自分を呼ぶ声に、雪菜は慌ててその場を立ち上がった。 「わ、やばっ、行かなきゃ。バリケードは?まだいるの?」 「あぁ」 カチリと新しい煙草に火をつけたバリケードを見下ろせば、すぐに”どっか行け”と言わんばかりに手を数回ヒラヒラと。 いったいどこでそんな動作覚えてきたのだ、と言いたくなるそれをぐっと飲み込んでから、雪菜は座り込んでいたバリケードの髪に手をするりと通した。 「吸いすぎたら駄目だよ、きっとスパークも黒くなっちゃう」 なで、と一度だけ触れたその髪。 「またね」 そして、ちゅ、とバリケードの額を掠め取るように口付けを落とすと、下から感じるバリケードの視線を受け止めずに雪菜はその場を走り去った。 振り向く事なんて出来るわけがない。 きっと真っ赤に染まっている頬を見て、バリケードはまた皮肉めいた笑みを浮かべるのだから。 「虫けらが……」 やがて走り去った雪菜の姿が視覚センサーから完全に見えなくなった頃。 バリケードは煙草の煙を相変わらずもくもくと吐きながら言葉を吐き捨てた。 認めたくは無いし、そうするつもりなんて毛頭もない。 だけど、きっと彼女が居なくなった後の世界を考えて……ガラにもない事を口走ってしまった。 「あいつの馬鹿が移ったか」 ラシくもなくスパークを締め付ける変な感覚に、バリケードは半壊した缶コーヒーを再度強く握り締めてから、それを投げ捨てた。 そしてそのまま煙を吹かしながら、ゆっくりと空に向かってそれを吐き出した。 まだ時間はある、と一人スパークに押し込めて。 ***** バリさんって一途なんです、あたいの中で。 書きたかっただけです、しんみりと。 >>back |