![]() マンマミーア べっとりという表現以外見合う言葉はないだろう。 ディーノは自身の身体を見下ろして真っ黒な排気を背後から漏らした。 『お前ら……分かってんだろうなァ!?』 『やーい、やーい!こんな間抜けなトラップにかかるディーノがいけないんだぞぅっ!』 『おい兄弟、今がチャンスだぜ!』 "あいつの片目はクリームでべったりだ"なんて声を弾ませたスキッズの言葉に、ディーノは更に怒りに震える身体に力を込めた。 事の発端は――本当に些細な事。 任務が終わって逸る気持ちを押さえながら"平然"を装って格納庫にいつものように戻って来た筈だった。 ビークルモードからロボットモードへと身体を変形させながら、最後に顔を上げたまさにその瞬間――頭上からでかでかと降ってきたパイが顔に直撃したのだ。 『二度も同じ手食らうかテメェ等ッ!』 勿論それが誰の仕業かなんて今目の前で腹を抱えて笑っている双子を見れば一目瞭然。 あんな単純なトラップにひっかかった自分が情けないのもある、だがそれに加えてもう一つの理由にディーノは手にしたカッターをシャキンと音を立てて取り出した。 途端に、ぼたりと手に落ちたクリームが床に落ちたがそんな事はどうでもいい。 "もういっちょ!"なんてパイを片手に振りかざすポーズを決めたスキッズを易々と捕まえ、怒りにまかせてワイヤーカッターを突きつけようとしたその瞬間。 ――ぺたり。 「あぁン!?」 ひどく気持ちの悪い、それでいて気の抜けた感覚にディーノの怒りに震えるブレインサーキットが辛うじて反応を告げる。 この切羽詰まった状態で一体今度は何事だ、とギロリとブルーのカメラアイを足下へ落として――露骨にブスンと音を立てて排気が漏れてしまった。 「へへー、つけちゃった」 『……何、してんだよ、――触るな』 「面白そうだったからつい。……ディーノの綺麗な赤には、白い生クリームがよく映えるね?」 怒りにうち震えている今の状態ならば、一歩間違えれば気付かなかったかもしれないし、最悪踏み潰していたかもしれない。 それでも足下で楽しそうに手を伸ばしてペタペタとクリームを伸ばして絵なんて暢気に書き始めた雪菜に、ディーノは暫くしてから片手に抱えていたスキッズを思い切り遠くへと投げやった。 『何だよ、bella』 地面にぶつかる五月蝿い金属を擦る音なんて気に求めずに、手に出していたカッターを納める。 そんな彼をちらりと見上げてから、スキッズに慌てて駆け寄るマッドフラップへと顔を向けた雪菜は、くすり、と楽しそうに口元を緩めた。 酷く不満気な様子は全面に見て取れるのに、この期に及んでも自分をbellaという余裕だけはあるとは――何ともまぁ色男じゃないか、と。 「それにしても、べったべた。珍しい、ディーノが避けれないなんて」 ぺた、ぺた、と指先でクリームを遊ばせながらディーノの足に手を滑らす雪菜を、すぐに軽く足で払うと、おっと、なんて良いながらも最後に指を滑らせてからようやく手を離す。 少し乱暴に離した足にも驚きも見せずに、"うんうん"だなんて満足そうに笑ってディーノを見上げる雪菜の表情はひどく満足そう。 いつもならそれに答えて"鉄でできた枯れない花"なんてのを一輪差し出したりなんてしてみせるのだが――全身クリームまみれの状態ではそうもいかない。 加えて、こんな間抜けな姿を雪菜に見せたくなかった、出来るならスルーして欲しかった。 彼女に会いたくて早く帰ってきた、会えて嬉しい、だけどこんな姿は例えスパークが粉々に壊れようと見られたくなかった、なんてディーノがスパークに火花を灯していると、ふと格納庫の奥に居た隊員から声がかかった。 「ディーノ、呼ばれてるよ」 『Si』 「今から洗車に行くの?」 『Si』 イエスと言いつつも"拒否"を思い切り含ませながら吐き捨てても、雪菜は一向に怯える様子も見せ無い上に、美味しそうに手に残っていたクリームをぺろりと一舐め。 そんな彼女をカメラアイだけで見下ろしながら、べとべとと気持ちの悪いボディーを見下ろして、ディーノは溜め息の排気を白く漏らした。 「じゃぁね。大人しくちゃんと洗車受けるのよ?」 "Si"ともう一度吐けば、同じ返事しかしないディーノに愛想を尽かせたのだろうか、雪菜が溜め息を漏らしながら肩を竦める。 咎めるようにこちらを見上げているのも気付いている、気付いているが今は顔をあわせたくない、とディ―ノは露骨にカメラアイを逸らした。 やがてカツン、と雪菜が格納庫を後にするヒール音が聴覚センサーに届き、その音が遠ざかっていく。 それに比例するようにゆるゆると張りつめていた気を解きながら、ディーノは溜めていた排気を今度は黒く漏らした。 『クソ』 本当なら帰還をしてからさっさと洗車をすませて、雪菜をデートなんかに誘う予定だったのに。 べとべとと気持ちの悪いボディーを洗車するのに今からかかる時間をブレインサーキットで試算してみると、どう考えてもお目当てのバールには間に合いそうにない。 その散々な結果にギチリ、と身体の中のケーブルを締めつけて、行き場の無い怒りにディーノが足下に転がってきたドラム缶を蹴ろうとした、その時。 落としたカメラアイに飛び込んできた自分の"足"に、ディーノはカメラアイを瞬かせた。 カシャ、カシャ、カシャン いつもより回数多く瞬いてしまったのは、当初の目的物であったドラム缶だけに留まらず、見慣れない文字が……自分の足にあるせい。 見下ろしたそこは、真っ赤な自分のボディーに無惨につけられたクリーム、だけど一部だけ丁寧な図形を描いている。 それにもう一度カシャン、とカメラアイの焦点をあわせてから――ディーノはヒュゥと口笛を漏らした。 『……Mamma mia』 ほんの先程まで雪菜が悪戯に笑いながらクリームで"絵"を描いていたと思っていたが、自分の足にあるのはクリームで出来たアルファベットの羅列。 顔を傾けずとも、便利なブレインサーキットのお陰で残されたその"言葉"の意味をブレインサーキットがディーノに告げるや否や、プスン、と背後から音が漏れる。 普段周りに誰か居たら――それがオートボットの仲間であろうと――絶対に出さないであろう、ひどく気の抜けた排気音に加え、ディーノはスパークがラシくもなく淡く緩んだのを感じて顔を手で覆った。 『それは俺の台詞だぜ、Amore』 一人ごちて、カチリ、とインターネットの回線を開くと、そぐに近場にある"お洒落なデートスポット"なんて言葉を検索にかける。 ここでもない、これはだめ、あれはやりすぎ。 こういうの"だけ"には早い検索結果の解析を取捨選択しながら、ディーノはやがて一件の店をメモリに叩き込んで洗車場へと急いだ。 「おいディーノ、お前先に洗車して欲しいって言ってただろう?早く来いよ」 遠くから痺れを切らして呼びかけてくる隊員に、軽く手をあげて滑つく身体を見下ろし、足下をもう一度見下ろした。 足下に残るラブレターを消すのは酷く惜しくはあるけれど、駄々をこねるのは時間の無駄だ。 終わればすぐに彼女のもとへ向かおう、せっかくこんなに素敵な誘いを受けたのだから。 "Vuoi uscire con me stasera?(今夜どこかに出かけませんか?)" **** うちの家のディーノはまだキャラ確定してないんでこんなんでごめんなさ……! とりあえず、マンマミーアて言わせたかった。イタリア男。ごめんねぺるふぁぼーれ^qq^ >>back |