![]() 二人の関係 「起きろ、朝だ」 「ん、」 くしゃりと感じる温かい大きな感触に、雪菜は小さく身じろぎをした。 チチチと窓からうすらと聞こえる鳥の音に、布団から顔を上げてみれば閉じた瞳に光がいっぱいに広がる。 それに顔を顰めてから、ギシリと大きく軋んだベッドからの音にようやく瞳を開いた。 「朝……」 「あぁ、朝だ。だりぃー」 真っ白なシーツはまだ新品に近い香りがする。 ゆっくりと身体を動かして枕へと頭を戻すと、隣に揺れる紅髪の男がカチリとライターを鳴らした。 自分と同じで、何も身につけていないその身体。 どこからみても明らかに何があったのかは一目瞭然、その証拠を物語るように雪菜の腰が甘く痛みを訴えた。 「今日の夜は仕事か?」 「うん」 「そうか」 もぞりと身体を動かして頭を下げること一度。 それにディーノもまた一度軽く頭を頷かせたのを見届けてから、雪菜は瞳を閉じた。 「今日は誰のところに行くの?」 そして一言、温かい布団の中から声をかけた。 雪菜自身、"こういう関係"が自分だけではない事は知っているし、そもそもそれを承知の上での"フランクな関係"だからこそ、……聞ける言葉。 「ミシェルが非番、それに……確か、スーザンもオフだった気がするわ」 「あの二人は駄目だ」 「どうして?」 「俺に本気になっちまったから」 その言葉に、チクリとだけ雪菜の胸が痛みを告げた。 それに気付かない程、雪菜とて馬鹿ではない。 「私もそろそろ引退しないといけないわ」 何がきっかけだったかなんて、もう記憶にはほとんどない。 ただお互い酷く酔っ払ってた時、本能の赴くままに求めた先にいたディーノという存在。 たった一夜限りで終わると思っていた関係も、気がつくと半年を越えている。 それでも求められれば応じるし、そして彼もまた雪菜が求めれば応じる、それ以上でもなく以下でもない、ただそれだけの関係。 「引退?」 「こういう関係、やめなきゃ」 いつからだっただろうか、ディーノに求められることに喜びを感じ始めたのは。 ディーノの腕の中に抱かれる存在が自分だけではない事は、最初から知っていた筈なのに。 「好きな人ができたの」 気が付いたら、ディーノに恋をしていた。 それに気付いた時から、身体を共にした夜の数だけ、雪菜の胸が悲鳴をあげていた――もう限界だ、と。 「軍の奴?」 「うん」 「イイ男?」 「うん」 「俺より?」 その質問に含み笑いだけ漏らして、雪菜は身体を起して床に散らばったままのキャミソールに手を伸ばした。 すっかり冷気を含んだそれは肌につけるには少し気持ちが悪かったが、これ以外に服がないのだからしょうがない。 背中に感じる視線に気付いていない訳じゃないが、今だけは振り返ると余計なことを口に出してしまいそうだ、と雪菜は乱雑に服に腕を通した。 「俺も引退すっかな、それじゃ」 「……ふぅん」 「聞かねーの?」 「何を?」 「何で、とか」 興味ねぇの?と独特の訛りを含んだ声色で、ディーノが問いかける。 勿論そんな訳ではない、とはいえ、聞いたところで何にもならないのだから。 「んーん、別にいい」 「お前ってほんと、俺の身体以外興味ねぇよな」 「ディーノだって。それに、最初からそういう約束でしょう?」 ツキリと言葉に出すと、余計な痛みが雪菜の胸を襲う。 だけど、これがこの関係に甘えた代償なのだ、無意識にも自分で蒔いてしまった種は、新芽が出る前に自分で刈り取らなければいけない。 今は辛いが、時間が傷を癒してくれるなんてセンチメンタルな感情を胸に感じながら、雪菜は最後に口元に精一杯の笑みを浮かべて、背後のディーノを振り返った。 「じゃあさようなら、Mr.プレイボーイさん」 チュ、と静かな部屋にリップノイズを響かせてキスを一つ。 なぜか怖くてディーノの視線を受け止めることができないまま、雪菜はそのままジャケットを手に部屋の扉へと手をかけた。 「雪菜」 ガチャリと、重たい金属の扉を開いて最後。 背中にかけられた言葉に振り返る事はもうできず、雪菜はゆっくりと扉を閉めて、足早に通いなれた部屋を後にした。 頬を伝うたくさんの水分は必死で袖で拭いながら、ただひたすら道の続く先へ。 "お前の泣き声なんて聞こえてんだよ、馬鹿" ――その言葉と共に、二人の関係の形が変わるのは、後少ししてから。 **** 何でこう、私の書くディーノはいつも……! 突発ネタでした。 >>back |