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he knew





12月24日。
世に言うクリスマスイブという一大イベントを前に心を高鳴らすのは何も子供だけではない。
愛しい家族と、恋人と過ごす今日という日を誰よりも楽しみにしていた上司であるレノックス達の顔を思い浮かべて、雪菜は苦笑を漏らした。
――本来ならば文句の一つでも送りたいところだが、代わりに与えられた"仕事"は雪菜にとっては"ご褒美"なのだから。

「今日はクリスマスですから、大佐も他の方も家に帰られました」
「それだけの理由で家に帰るのか、あの虫ケラ共は」
「帰るだけの意味があるから、ですよ。何てたって恋人や家族が待っているんですからね」

そう告げながら、雪菜はメガトロンの前にクリップで挟んである書類を数部差し出した。
チラとそれを見下ろしたかと思うとサラサラと手を書類の上に手を滑らすメガトロンには今更驚きも何も無い。
これがオプティマス相手であればサイン一つ貰うのに半日、もしくは一日作業になるのだが。
どうもこの"破壊大帝"は仕事には至って真面目なようだ、それがまた"愛らしい"。

「ふん、そのせいでお前は仕事の肩代わりという訳か」
「まぁ……私はもともと何の予定もないんで」

書き終わる書類の端からそれを再び拾い上げて目を落とす。
本来ならばこれはレノックスの仕事なのだが――まぁ、メガトロンにサインを貰うだけの仕事ぐらいならば雪菜にだって出来る。
既にNESTに"しょうがないから預かられてやらん事もない"状態が始まり数年が経つ。
最初は怖くて仕方が無かったメガトロンや他のディセプティコンですら、今となっては上司や同僚と感覚は近い。
そして、雪菜が彼に密かな想いを寄せ始めたのは勿論誰も知らないし言うつもりもない、だからこそ、今日の書類デリバリーも小言一つ漏らさずに"話の分かる部下"を演じて引き受けたのだ。

「来い」
「え?」

そんな邪な想いを振り返っていればふと、声がかかった。
何事かと顔を上げてみれば、既にペンを置いたメガトロンがガタと引き出しに手をかけている。
その仕草に首を傾げながらも彼の動作を目で追いかけると、やがて小さな白い小箱が机の上に置かれた。
丁度メガトロンの大きな手の中に収まるサイズの小箱、ゴールドのラメの入ったリボンが綺麗にくるりとリボンを描いている。

「え、っと」
「クリスマスプレゼントだ」
「私に……?」

突然差し出されたそれと、メガトロンを交互に上下へと送る。
どう考えても今の会話の流れを完全に断ち切る、予想していなかったものが差し出されたのだから話の脈絡が全く読めない、と雪菜は目を瞬かせた。
目の前に差し出されたそれはどう見ても"プレゼント用"なのだが、そもそもメガトロンが人間の文化を知っている方が驚きだ。
ほんの少し前の会話を思いだしてみても、そういえば"クリスマスって何だ?"と他の機械生命体達から受けていた質問はメガトロンからは受けていない、とはいえだ。

「いらないのか?」
「え、いや!あ、ありがとう、ございま、す」
「何だ、そう驚く事でもないだろう」

未だ目を白黒とさせている雪菜を、メガトロンの紅い瞳が捉えたかと思うと少しだけ細まる。
キラと少しだけ光を反射させたその瞳と、愉しそうに低く笑ったメガトロンにトクンと鼓動が一つ音をたてた。

「……同じ事を二度も言わすな、"来い"」

あくまで命令だったのだが、雪菜が答える前に胸の前で書類を抱えていた手にメガトロンの手がかかった。
ぐいとそのまま引き寄せられれば、意図も簡単に身体が引き寄せられてしまう。
豪華なビジネスチェアに腰を下ろした状態のメガトロンがすぐ目の前にいきなり近づいた事に雪菜の身体が反射的に強ばったが……抵抗する隙さえ勿論与えられる訳もない。

「あ、あの!」
「ほう、心拍数が高いぞ?」

いくら"人間"の形を模しているとはいえど、中は機械生命体なのだ。
力強く手を引っ張られて勝てる訳もなければ、ましてや――そのまま首の後ろを思いきり寄せられてしまえば、雪菜には腰を折る以外の選択肢はない。

「そ、それはっ!」

そして自然と近くなったメガトロンとの距離、そして首の後ろに触れる彼の"人間らしい"温かい手の温度。
もう少し距離を詰めてしまえば額がぶつかりそうな程に近くにある端正なメガトロンの顔をさすがに直視する事が出来ずに、兎に角に雪菜はぎゅっと瞳を閉じた。

「そう怖がるな」

距離が近いせいだろう、静かに囁くメガトロンの声がダイレクトに耳元に響く。
いつの間にか手からすり抜けた書類がどこに行ったかよりも、ただただ、至近距離に感じるメガトロンの熱と息使いに雪菜が身体を硬直させる以外何も出来ずにいると……カチリ、と本当に小さな金属の音が背後に響いた。

「あぁ、お前はやはりその色が似合う」

青よりもな、と低く笑うメガトロンの言葉が雪菜の耳元にかかる。
それに更に心臓が早い音を立てはじめるのと同時に、雪菜はそっと瞳を開いて自身の胸元に視線を落とした。
お洒落もへったくれも何もない自分の格好には不釣り合いすぎる、輝きが一つ。
トップについている小さな紅い石は今目の前に居る彼の瞳と同じ色を宿している、そんなネックレスがまるでそこが定位置だと言わんばかりに雪菜の両鎖骨の中心に収まっていた。

「ネック、レス、」
「不満を漏らすか」

その言葉に首を横に振って否定したいが、生憎今のメガトロンに首を引き寄せられている状態ではそれすらままならない。
今まで言葉を交わす事は幾度にもあったし、少し手に触れて"ラッキー"なんて中学生染みた事をした覚えもあるが……これ程までに距離が狭まった事は一度も無い。

「今日はここに来る"仕事"を貰えてよかったな」
「な、」

全てを見透かしている風にとれるメガトロンの言葉に、思わず雪菜が目を見開く。
――まさか、そんな、気付かれていたというのか。
その事実を否定したいが早々に雪菜の脳内ではアラームが鳴り響き出してしまいどっと身体に熱が吹き上がる。
そんな雪菜を勿論"知って"だろう、目の前のメガトロンは雪菜の見開かれた視線に唇の端を少しだけ歪め上げてみせた。

「馬鹿め、ばれていないと思っていたのか」

告げながらにそっとメガトロンの綺麗な指先が雪菜の頬に触れる。
人間なんて見飽きているだろうに、それでもその指は雪菜の頬の柔らかさをまるで確かめるように撫でたかと思うと――ツ、と雪菜の唇を一度撫でた。

「さぁ、"恋人達のクリスマス"とやらを楽しませてもらうとするか」

それを合図と言わんばかりに、メガトロンが最後の距離を詰めた。





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突発クリスマスネタ。何かぽっと書きたくなって。
メガ様のプレゼントがディセップのエンブレムのネックレスじゃなくてよかったネ。

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