TF-short | ナノ
 





silent answer





ソファに横になるバリケードを見下ろすこと早5分。
別に今に始まった事ではないけれど、と雪菜は口を噤んだ。

「寝てるの?」
「見てわからねぇのか、お前ぇは」

ふん、と少し嘲るような笑い声と共に返された言葉に、今度はため息を一つ。
どうみても動くようにみえない彼をじっと見下ろしながら、雪菜は横になるバリケードの腹の辺りに腰を下ろした。

「……起きてるじゃない」

ぼそりと小言を漏らしながら、それでも気遣うようにそっと。
ちょうど背中からお尻に触れた少し温かい感覚に、布の摺れる音。
"嫌いじゃねぇ"と言っていたヒューマンモードの彼が身に着けるものはいつもシンプル。
黒いTシャツに(冬なのに)、ブラックデニム。
どん、と投げ出された両足にはいている黒いエンジニアリングブーツまで一通り目に入れてから、雪菜は改めてバリケードの顔へと視線を流した。

「今日、天気いいよ」
「……」
「さっき、ビーとスコちゃんが遊びに行くって言ってた」
「へぇ」
「サイドスワイプもディーノも新しくできたジェラート屋さんに行くんだって」
「……」
「バリケードは?」

少しの期待をこめて、問いかけてみる。
"この"バリケードが自分をデートに誘ってくることなどほぼ皆無なのは悲しいかな、承知の上。
一応は彼女としての位置づけに居るはずなのに、いつも言い出すのは雪菜から。
だから、今更彼から提案してくるなんて0パーセントに限りなく近いと分かっていながらも……それでも学習しない自分に内心で苦笑を漏らした。

「俺が、何だ?」
「どこか……行かない?」

ああ、結局は自分から誘ってしまったと雪菜は言葉を紡ぎながら、バリケードの瞳へとチラと視線を投げてみる。
その視線とバチリと視線は一瞬あったが、そのままゆっくりと瞳を閉じたバリケードから暗に受け取った回答に、雪菜は小さく息をついた。

「バリケードって燃費悪いの?」
「お前よりかはマシだ」

何が楽しいのか少し上機嫌そうに(思い過ごしかもしれない)、喉を少しだけ鳴らしながら返ってくるのは憎まれ口だけ。
そのままギシリと少しだけソファを軋ませたバリケードの身体が、自然と雪菜と触れている面積を大きくする。
今更取り繕う訳でもないが、悲しい程素直に反応してしまった雪菜の身体を笑うように、背後のバリケードが楽しそうに低い笑いを短く漏らした。

「……何笑ってるの」
「別に」

これが仮に人間の彼氏相手だとしたら、気にする必要もないのだが。
今自分の後ろに寝転がっているのは人間を模した"金属生命体"。
たった今少し触れている面積が大きくなっただけで高鳴ってしまった鼓動も、おそらく彼の耳に何らかの形で届いていたのだろう。
振り回されっぱなしだ、と胸中で嘆きながら言葉を区切ってみれば、程なくして訪れる沈黙。
更にはついに、彼から物音一つ聞こえてこなくなった事に(本格的にスリープモードに切り替えたのかもしれない)、いよいよ今日の"外出デート"を諦めようとした……その時。

「おー、雪菜じゃねぇか」
「あら、クランクケースにクロウバー」

ひょこりと扉から顔を出したドレッドヘアの二人組に、雪菜がぴくりと顔を挙げたた。
チャリと聞こえてくる音は彼らがヒューマンモード時につけている独特のヘアアクセサリー。
少し低めに落としたジーンズのポケットに手を突っ込んだまま、首だけ部屋へと覗き込ませてきたのはクランクケースだ。

「二人もお出かけ?」
「あぁ、ちょっと町までな。お前らは何してんだ?」

問われてすぐに、答えの代わりにほらと後ろを指し示す。
それに釣られて彼らの視線が自分の背後に行くのを感じてから、雪菜が大げさに肩を落として見せた。

「貴方達からも何か言ってよ」

そう告げながら不満な色を全面に映し出してみる。
いつもなら彼らは味方になってくれる、だからきっと今回も、と、雪菜が戻した視線の先には――驚く事にいつもの二人の表情は垣間見れない。
変わりに苦笑のような、それでいてからかうような笑みを浮かべる二人に雪菜がさらに怪訝に眉間に皺を寄せた。

「何その反応」
「いやぁ、珍しくこいつぶっ通しで仕事してたからなぁと思って」
「そう、なの?」
「あぁ、何か俺らにはよくわかんなかったけど。スタースクリームが計算しろだの何だの押し付けてたぞ」
「あれだけの量を本気でやったのかは知らねーけどな」

いつもならば”最低だな”ぐらい臆す事もなく発する彼らが、今日に限って帰ってくるのはバリケードを擁護する言葉。
今日の為か、なんてクランクケースとクロウバーが交互に含み顔で頷き合う様子に、雪菜は目を瞬かせ。
そして間もなくして現金にもほわりと雪菜の心に静かに熱を落としたそれを感じながら、雪菜が誤摩化すようにコホンと咳払いを一つ漏らすと、今度はクランクケースの背後に居たクロウバーがくすりと意味深な笑みを浮かべ返してきた。

「今日は俺たちの一斉休暇だろう?」
「だから何?」
「そりゃ、お前。せっかくの休暇を楽しみにしてたのはお前だけじゃねぇし?」
「仕事なんて入れてみろ、バリケードに怒鳴りかかるお前が目に浮かぶぞ」
「私別にそんな悪態つかないわよ」
「先週デートがキャンセルになったって散々喚いてたのはどこのどいつだよ」

やれやれ、とドレッドヘアを揺らしながら首を振るクランクケースに、雪菜が抗議をあげてはみるが、クロウバーに苦笑交じりに畳み掛けられるとぐうの音も出ない。
確かに前回の――1週間程前に、バリケードの前で散々怒鳴り散らした挙句に、手近にあった灰皿を投げつけたのは記憶に新しい(ひょいと避けたバリケードのせいでスタースクリームに当たってしまったが)。
ああそういえば、と改めて返す言葉を探していれば、そのままクランクケースもクロウバーもニヤニヤとしながら”あんまり怒ってやんなよ”なんて言葉を残してその場を去ってしまった。
大方、後々のからかいのネタにでもするのかもしれないが、今はそれよりも……

「ねぇ、今のホント?」

クロウバーの長いドレッドヘアが完全に見えなくなってからそっと後ろを振り返る。
相変わらずそこに居るのは瞳を閉じて無表情なバリケードの姿。
寝たと思っていたが、今の言葉のやりとりを完全にスルーできるほど無防備でもない筈だ、と雪菜は問いかけるようにバリケードの胸元へと手を重ねた。

「私のために、仕事を早く終わらせてくれたの?」
「……めでたい思考回路だな、お前は」

ほら起きていた、というのは心の中に留めておいて。
返ってきた言葉は彼を知らない人からすれば冷たいものかもしれないが、逆に彼を知る人からすれば十分な”肯定の意”。

「何笑ってやがる」
「"別に"」

くすぐったい感情に、くすくすと漏れてしまう嬉々とした笑いは隠しようがないし、そもそも雪菜に隠すつもりもない。
フン、と酷く不機嫌な排気がバリケードから漏れたのすら、照れ隠しだと分かってしまうからもうどうしようもない。
コロン、とバリケードの横に身体をゆっくりと横にすれば、 バリケードの瞳が雪菜の行動を伺うようにチラと細く開かれた。

「……お仕事お疲れ様。ありがとう」

その紅い瞳にすら、少しの照れを感じてしまうのは自分の思い過ごしだろうか。
それでも、問いかけた言葉に相変わらず返事を返すことなく再び閉じた瞳に雪菜はクスともう一つだけ笑みを零した。
傍に居ても、こうして距離を詰めたとしても。
決して突き放さないバリケードなりの”優しさ”なんてものを今更ながら心に感じながら、何も音のしないその胸元に耳を寄せて、雪菜もまたゆっくりと瞳を閉じた。
たまには、こうしてふたりでゆっくりとお昼寝なんていいかもしれない、なんて思いながら。



……大きな音を立ててスタースクリームが"書類不備だ!"と怒鳴り込んでくるのも、そんな彼に今度はバリケードが思い切り灰皿を投げつけるのも、雪菜が眠ってからのお話。





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スタスクが嫌いな訳じゃないですヨ!

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