TF-short | ナノ
 


シュガーレスガール





くん、と息を吸い込めばいつもとは違う香りが鼻孔をくすぐる。
ぺろり、と少しだけ唇を舐めてみれば、どちらかというと好ましくない奇妙な味が舌先を伝わってきた。

「うー……緊張する」

カパ、と音を立てて開いた鏡を覗き込めば、そこには普段のほぼすっぴんではなく、念入りに化粧を施された自分の姿。
似合っているか似合っていないか、自分では判断はつかないけれども……飛び抜けておかしくはないだろう、と雪菜は鏡の中の自分をまじまじと見つめた。
軍人という職業柄、性別を忘れてしまう事すらある程に普段の自分がある意味男よりも男らしいのは自覚している。
それでも久し振りに回ってきたオフに、アーシー達に手伝ってもらいながらも"女性らしい"格好をしてみたのは偏に――

「ンなとこで何やってんだ、お前」
「う、うわっ!」
「あ?何だよその反応」

そんな事を考えていた矢先に、背中から首にかけて不意に圧力がかかった。
しゅるりと首元を巻き込んだその手と、すぐに視界に飛び込んできたドレッドヘアーの一房に驚きと――僅かな期待に鼓動が高鳴る。
先程まで鼻孔をくすぐっていた化粧臭い香りとは別に、彼の――クランクケースの香りを感じながら、雪菜はそっと背後を振り返った。

「、お前その顔」

恐る恐る視線をゆっくりとあげてみれば、そこにはいつもの彼の姿、すぐ隣には似た様な格好をしたクロウバーの姿もある。
たかが化粧、されど化粧。
洒落っ気などとうの昔に捨ててしまった自分を今更に嘆きながらも、すぐにかけられたクランクケースの言葉に雪菜は彼の瞳を直視する事が出来ないまま、視線をそっと髪へと流した。
トレードマークのドレッドヘアはいつもはポニーテールなんかにもしてるが、今日は二人とも垂れ流し、加えてところどころに赤いアクセサリーが編み込まれている。
そんな見慣れた彼の髪を泳ぐ瞳で辿りながら爆発してしまいそうに音を立て始めた心臓に、ついに雪菜はきちんとクランクケースの顔を見上げる事ができずに視線をその隣――クロウバーへと移した。

「た、たまには……どうかなって、」

ドキドキとヤケに血液が早く流れる音を感じながら、雪菜が口を開くとどちらが早かっただろうか。
ぐい、と引っ張られる感覚に抵抗する間もないまま、突然ドンと背中にぶつかった壁の感覚に思わず目を見開いた。

「っちょ、痛っ……!」
「何そんな真っ赤な口紅なんてつけちゃってんの?」

ぐっと痛いぐらいに壁に押し付けられた背中と、力の込められた肩にギシリとした痛みが走る。
余りに突然の視界の変化に、雪菜から思い切り痛みを訴える声が漏れたがその力は緩められる事が無い。
そもそも何でいきなりこんな目に自分があっているのかさえ分からない、と雪菜が目の前で口元を歪め上げたクランクケースを睨み返した。

「こんなもんがお前に似合う訳ねぇだろ」
「な、そんな言い方しなくたっていいじゃない!!」

ああ、こんな可愛くない事が言いたいワケじゃなかったのに。
気付いた時には口をついて出ていた言葉に、雪菜は更に顔を歪めてクランクケースの手を振り払った。
パシ、ともう一度自分を捕まえようとしていたその手を叩き落とせば、今度は目の前の彼が露骨に顔を歪める。

3、2、1

いつもならそんな雪菜にクランクケースが噛み付いてきて、それに自分が応戦して……最終的にはメガトロンから雷を落とされる、なんて事になるのだけれど。
珍しく何も言わずに口を噤んだクランクケースにうっかり調子を無くしてしまったその矢先。
ぎゅっと握り締めた雪菜の手が不意に持ち上げられた。

「ったく……おら、行くぞ」
「え、ちょ!?」

今の今まで目の前のクランクケースの瞳を見ていた筈なのに、気付いた時には視界に写るのは彼の後ろ姿。
手をぐいぐいと引っ張られながら半ば強制的に連れられて行けば、背後からはクロウバーがクツクツと笑う声が聞こえてきた。
クランクケースに引っ張られながらも何とかそれに振り返ってみるが、クロウバーはにやにやとした笑みを浮かべて雪菜に"またな"なんて笑うだけで止める様子等一切見えない。

「ちょっと、ねえ、クランクケース……ねえってば!」
「何だよ、うっせーな」
「五月蝿いって……、何処行くのよ?良いの?クロウバー置いてきちゃって」
「いーんだよ。それとも何だ?その格好はクロウバーの為だったってワケか?」

フン、と鼻を鳴らす不機嫌そうなクランクケースの言葉が耳に届く。
その後ろ姿はこちらを振り返る事はなくて、それが更に突き放されてる感覚を雪菜の胸を覆い始めてしまう。
違う、クロウバーの為でも他の男の為でもない……こんな自分らしくない格好をそれでもしたのは――紛れも無い、クランクケースの為だというのに。

「……為に決まってんでしょ」
「は?」
「だから、クランクケースの為だって言ってるの!たまには私だって、その、女らしい事とか……して、」

"あんたを驚かせてやりたかっただけ!!"と自棄になりながら吐き捨てるようにクランクケースの背後に呟いてみても、彼が歩くスピードを落とす事はない。
つい数分前までは、"クランクケースにどう思われるだろう?"なんてドキドキと胸を高鳴らせていたのがバカみたいだなんて、無言でズカズカと歩いて行くクランクケースに雪菜は視線を落とした。
何も言わない、更には"似合わない"とまで言われてしまえば……さすがの男勝りの雪菜であっても胸にズキリとした痛みが走る。
別に自分に乙女趣味がある訳ではない、だけど……いつもデートの最中は街行く綺麗な女の人を目で追いながら時には口笛なんで吹く彼を知っているだけに……今の彼の言葉はさすがに堪えてしまう。

「なぁ、知ってっか?」
「、?」
「俺ってこう見えて、すっげー嫉妬深いの」
「……へ?」
「だから、ンな無防備にそういう格好して他の男の前ウロチョロされると相当イラつくんだけど」

不意に足を止めたクランクケースが、"例えそれがクロウバーでも"なんて付け加えてから雪菜を振り返る。
そんな彼の言葉を追いかけるのに必死で、思わず急に足を止めたクランクケースにぶつかってしまいそうになる寸前で、雪菜はまたもや身体を後ろに引かれた。
ドン、と本日二度目の痛みを背中に感じながらも、先程より幾分か緩くなった押しつけ具合に、今度は雪菜は声を上げる事は無い。
それよりも、今彼が告げた言葉を脳内で再生する事――数秒感の間に3回。
言葉は悪いけれどようやく行き着いた答えに、雪菜がもう一度小さく"え?"と漏らしてクランクケースを見返せば、彼はふ、と面倒くさそうに息を吐いて……一言。

「ンな事しなくても、お前は十分ソソる女なんだって言ってんの」
「……金髪でボインなお姉サンが好きな癖に」
「好みと、カノジョは別もんだろ?」

先程までの不機嫌そうな顔はどこへいったのか、ニヤリとクランクケースの口元が上がる。
その様子をまじまじと見つめ返して……何度も彼の言葉を頭の中で考え直していれば、クランクケースはやがて雪菜の真っ赤なルージュをひいた唇に親指をつ、と撫であげた。
そして自身の指についた赤い色をカシャ、なんて音付きで観察して暫く。
指先に付着したソレを雪菜の背後の壁に拭き取るように押し付けてから、今度は中指で雪菜の顎を持ち上げ――

「お前はそのままでいーの。"カレシ"ってヤツの俺がそう言ってんだ、文句は無ぇだろ?」

怒っていたかと思えば、愉しそうに笑ったり。
そして今こうして真剣に自分の瞳を覗き降ろしてくるクランクケースに、雪菜の鼓動が五月蝿いぐらいに音を立てている事なんて……きっとお見通しなのだろう。

「……その"カレシ"の前では可愛く居たいっていう、私の"カノジョ"らしい願望は?」
「それなら、今から俺の部屋限定で聞いてやるさ」

"たっぷりとな"なんてドレッドヘアを揺らして笑いながら、軽い口付けを雪菜に額に一つ。
その瞬間に、ぼそりと呟かれた言葉に雪菜が目を見開いたが、目に入るのは既に歩き出したクランクケースの揺れるドレッドヘアだけ。
だけどしっかりと指を絡めて繋がれているその手をチラと見下ろして緩む頬を押さえながら、雪菜もその後ろを足早に歩きだした。


「似合ってねぇワケねーだろ、バーカ」





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クランクケース( ゚∀゚)o彡°クランクケース( ゚∀゚)o彡°

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