TF-short | ナノ
 




交わらないふたつの世界





僅かに鼻をくすぐる煙草の香りに、雪菜はきょろ、と首をまわした。
NEST基地内、そしてここは建物の中であり、自分の執務室の筈。
考えなくても行き着いた答えに、雪菜は手に抱えていた書類を抱え直して溜息を漏らしながら扉を開いた。

「……バリケード」

自分の机の上にどかっと足を置いて悠々と煙草を曇らせている目の前の男。
否、男の姿を模した金属生命体に雪菜は眉間に皺を寄せてその姿へと近寄り机の上に置いてある足を一瞥してから彼の口元へと手を伸ばした。
まだ火をつけたばかりなのだろうか、長い煙草を抜き取れば、そんな事気にすらとめずにバリケードは口元を歪め上げる。

「ここは禁煙って何度言えばわかるの」
「禁煙にするメリットは何だ」
「受動喫煙って言葉知ってる?」

はっ、と嘲笑する彼の言葉と同時に、机の端にあった灰皿へと煙をあげる煙草を押し付ける。
禁煙と言っておきながらも常備している灰皿、そしてすでに数本の煙草が押し付けてあるそれを見下ろして雪菜は隠す事無く溜息を漏らした。
幾度注意してもこの男はここで煙草を吸う事を止めようとはしない、それどころか当てつけのようにもう1本煙草に手を伸ばしたバリケードに雪菜はついに諦めてすぐ右手にあった窓へと体を移動した。
すっかりとタバコ臭くなってしまった執務室、せめての救いは風通しの良い位置に立地している事ぐらいだろうか。

「テメェら人間はただでさえ短命なのに1年や2年足掻いて今更何の意味がある?」

開け放した窓からほんの僅かに入ってくる風に目を細めれば、背後からギシと椅子の軋む音がする。
ダン、と大きな音を立てて床に降ろされらであろう足音に雪菜が振り返れば、相変わらず愉しそうに笑う紅い瞳がいつの間にやら雪菜の姿を捉えていた。
文句のつけどころの無いその容姿で嫌に笑う彼にうっかり見惚れてしまいそうなのは惚れた弱みというやつなのかと雪菜は自身に呆れもしたが、やがて口元を歪み上げたーーまるで目の前の男のように。

「あら、”たった80年”しかあと生きれない人間の私がさらに短命になって悲しむのは、貴方よ?」

いつからこんな返しができるようになったのだろうか、間違いなく目の前の男が愉しそうに嗤う姿を何度も見てきてたせいだろう。
最初は気まぐれに現れては暇を弄ぶ金属生命体、程度の認識だったのが、いつの間にやらそれが彼氏になってしまうのだから本当に人生は何があるかわからない。
最も、彼氏として認識していいのかも危うい所だけれど。

「テメェなんざデリートして終わりだ」
「あら、そう?」

ふふ、と更に笑って彼の軽口に答えると、不機嫌そうな彼の眉間にさらに皺が刻まれる。
以前レノックスから”猛犬の飼い主”だなんて言われた事があるが、あながち外れていないかもしれない。
見るからに機嫌を悪くしたバリケードは気怠そうに椅子から立ち上がる、そのタイミングと同じくして、窓から吹き抜けた風が机の上に置いてあった書類がはらりと二人の間に舞い落とした。
すぐに、チ、と響く舌打ちに、”風に当たらないの”と飼い主らしく苦笑を漏らして雪菜が書類を拾い上げ様とその場へ屈むと、頭上でバリケードが煙を吐く音がきこえてくる。
窓を開けてもこれじゃあ意味がない、と雪菜が体を上げようとしたその時。

「何?」

ぐ、と押さえられるように頭を抑えられ、その手を払いのけようとすれば、立っていた筈のバリケードが自分の目の前に屈み込んでくる。
これじゃあ立てない、と雪菜が怪訝に彼を見上げると、目の前で口元を歪めたバリケードは片膝を着きながら見せつけるように煙草の煙を再度口から吐き出しーー雪菜の顎をぐっと引き寄せた。

「でもまぁ、」

紅い瞳はディセプティコンの証。
ヒューマンモードでもその証はもちろん消える事もなく、紅く光る瞳がゆらりと細められる。
その間に割って入る煙に雪菜が怪訝な表情を宿せば、バリケードは口から煙草を取り出すと確認もせずにそれを床に押し付けた。
じゅ、と木の床が焦げる音が耳に届いた後に、視界に近づく紅い瞳を名残惜しみながら従順に瞳を伏せる。
それに満足そうな厭な笑みを喉に響かせた彼は、雪菜に唇を押し当てた――それは人間同士のする口付けとは程遠い、押し付ける、奪うようなディセプティコンらしい、彼らしい口付け。

その後に彼は愉しそうに、こう囁いた。


「お前が俺に跪いて請うっていうんなら、考えてやらなくもない」





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title from 確かに恋だった

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