![]() giochi ゴト、という音と共に雪菜の目の前に落とされたのは一台の携帯電話。 正確には、携帯電話"だった"それを一瞥して、雪菜は手にしていたボールペンを机に置いた。 「……また?」 「また」 机の前に立っているであろう彼を見上げると、すぐに視界に飛び込んでいる深みのある紅髪。 その整った顔立ちと、全くもって悪びれた様子のないディーノに向かって雪菜は大きく溜息を一つ漏らした。 「これで4回目だっけ」 「文句なら俺じゃなくて壊した本人に言ってくれ」 「そうさせたのは貴方でしょう」 チラと見下ろしてみると、画面を真っ二つに割られた携帯電話からはジジジなんて嫌な音が聞こえてくる。 落としただけではここまで傷つかないソレは、明らかに故意に割られたもの。 そしてこんな悲惨な携帯電話と雪菜が対面するのも……これで4回目だ。 「女遊びなんていい加減やめて、一人に絞ればいいのに」 「んじゃあ、雪菜が俺の本気になってくれる?」 ギシ、と音がしたかと思うと雪菜のデスクに腰を浅くかけたディーノがその長い手先で雪菜の頬に触れる。 くい、と持ち上げられた顎にしたがって視線をあげると、いつもの笑みを浮かべたディーノが愉しそうに笑った。 「お前が俺の事見てくれるなら、」 「ちょっと、」 「……俺だってお前の事しか見ねぇんだけどな?」 ああ、この男にこんな事をされて、言われたならば普通の女ならば簡単に落ちてしまうに違いない。 そんな事を思っていると、つ、と指の腹で唇を撫で始めたディーノにはついに苦笑が漏れてしまった。 一体何人の女達がこの手にひっかかったのだろうか、雪菜が知るだけでも両手はゆうに超えてしまう。 だけど自分は、と雪菜が湧き出た感情のままにディーノをじっと見返してみれば、その反応が予想外だったのか、ディーノは少し訝しげに片眉をあげた。 「どうした?」 「ディーノのそれ、疲れないの?」 「は?」 「それか実はドMだったり?」 何事もないように告げながらその手を払いのけて、マウスの上に右手を乗せる。 カチ、カチとファイルを開いている音を聞きながら、ディーノはその続きを待ってはみるが……雪菜はすっかりと頭を切り替えたようにやがてコンピューターの画面をくるりとディーノへと向けた。 「で、今使える携帯はこれだけなんだけど。」 「おい」 「どれがいい?また赤にするの?それとも黒?」 軍の保管ファイルか何かなのだろう、数台の携帯電話が並ぶ中、カーソルを右へ左へと動かしてディーノへと示す。 携帯電話なんて持ち始めた当初は、サイドスワイプやジャズ達と一緒に機種なんて真剣に選んだものだが、こうも"女達に"壊される回数が増えてくればもうどうだっていい。 適当に指でスクリーンを叩いて雪菜へそれを示しながらも、ディーノは相変わらず顔を顰めたまま雪菜の頬へと手を伸ばした。 「何だよ、今の言葉」 「え?あぁ。ううん、気にしないで」 「気になるっつーの」 さらりと手の甲を滑る雪菜の髪、そして触れる柔らかな頬。 人間とは不思議なもので、同じものを食べていても体の弾力性も温かさも誰一人として同じものは存在しない。 今まで何度もこうして"遊び半分で"触れてきた雪菜の頬も、自分が今まで触れてきた女達のどれとも一致はしない。 「だって嫌いなんでしょう?」 「何が?」 「女の子っていうか、人間の事。」 つ、と今度は目元へと手を伸ばそうとしていた手が、雪菜の言葉にぴたり、と止まる。 思わず彼女の言葉に目を少しだけ見開いてしまったが、それすら瞳に写る雪菜は気に留めた様子も見せずにディーノの手を避けるようにコンピューターのキーボードを叩き始めた。 程なくして、プリンターの起動する音に椅子を動かして、そして書類を見下ろしてから慣れた動作でキャビネットへと手を伸ばしす。 機種名が刻印されている携帯電話を取り出して……ようやく、ディーノが動きを止めている事に気付いた雪菜は、思い出したように笑ってから軽く首を振って見せた。 「嫌いなのに、よくもまぁこんなに愛想振りまけるなぁなんて思ってただけ」 ガサガサと箱の中身を確認しながら、ディーノには目もくれずに事務的に作業を進める雪菜を見つめて、ディーノは見えていないとはいえ露骨に顔を顰めた。 どうして、と問いかけるのは彼女にではなく、自分に。 どうしてバレたんだ、と自分の行動を瞬時にブレインサーキットで再生させながら振り返ってみるが目だった行為は何もした覚えはない。 「はい、できたわよ。次からはお金取るからね」 机の上に置かれた携帯電話は、雪菜が電源をいれたのだろうか、すぐに明るい液晶画面が光る。 それを見つめてから、ディーノは雪菜の顔をチラと見上げた。 自分が人間嫌いだという事は、誰かに述べた覚えも無い、更には完璧すぎる程に友好的――女好きとも言うが――に接してきていたにも関わらずに、だ。 いつからそう思っていた、何がそう思わせた、様々な疑惑がスパーク内を過ぎりながらディーノはゆっくりと口を開いた。 「……何でわかった?」 そう問いかけると、既に仕事を再開しようとコンピューターへと目を向けていた雪菜がディーノを見上げる。 いつもと変わらない、"ディーノの知る"表情でこちらへと視線をやった雪菜は、暫くじっとディーノを見つめてから……肩を竦めてエンターボタンを大きな音を立てて押した。 「私も同じだからかしら」 「同じ?」 「だって私、貴方の事が大っ嫌いだから」 にっこりと笑顔を浮かべる雪菜に反して、ディーノの聴覚に届く言葉にブレインサーキットが一度震える。 大嫌い、なんて今までに何度も、時には水をかけられたりしながらも受けてきた言葉なのに。 とん、と手の上に携帯電話を落とした雪菜が再びデスクのコンピューターに視線を移したのを見つめてしばし。 「……」 何か、なんて問う視線すら送られない。 ただ先ほどと何一つ変わらずに仕事を再開した雪菜の様子に、ディーノはくるりと踵を返して……ざわつくスパークを悟られまいと何とか部屋を後にした。 「……大っ嫌い、か」 地球に着てから一度たりとも感じなかった感情が、確かに今スパークを焦がしている。 チリ、と焦げるような、ブレインサーキットに熱が篭るような。 そんな感覚にまさか、と髪を掻きあげてから、ディーノは口元に笑みを浮かべて貰ったばかりの携帯電話をさっそく弄り始める。 勿論メモリNo.1に雪菜の名前を入れながら、クツと漏れる笑いに乗せて……一言。 Che il gioco abbiano inizio. (さぁゲームの始まりだ) **** 初ディーノ、何だかよくわからない事に。 >>back |