![]() 貴女に捧ぐ 行き交う人達の視線を受け続けてどれぐらい経っただろうか。 この姿では人目につきやすい、というのはヒューマンモードを導入時にラチェットから教えてもらったとはいえ、それにしてもヤケに人の視線を感じる。 ソレもその筈だ、とジャズはバイザーを下ろしてから人目を遮断して、後ろでプスンプスンと人間らしくなく排気を漏らして唸っている"弟分"を振り返った。 「いい加減決まったか?」 「いや……ジャズにぃはどっちがいいと思う?」 「どっちでも良いんじゃねぇか?どっちも綺麗だと思うが」 「だけどよぉ」 プシュン、ともう一度聞こえてきた大きな音に、ジャズは苦笑を口元に浮かべて彼の手元を覗き込んだ。 右手にはピンクのガーベラ、そして左手には紅いバラ。 先ほどからしっかりと握った両手のそれに何度も頭を左右に行ったり来たりして唸り声やら排気音を漏らしているのはサイドスワイプ。 それぞれが待ち合わせをしているデート相手の元へ行く道中、ふと花屋の前で足を止めたジャズが慣れた手つきでさっと一輪購入、それにサイドスワイプが……兄貴分であるジャズの行動を真似ない訳がない。 「なんでジャズにぃは即決なんだよ」 「だってこの花、あいつのお気に入りだし」 「あーしくった、俺も聞いときゃよかった」 「どれだってきっと喜ぶと思うけどな。こういうのは気持ちの問題だろ?」 な、と笑ってジャズがサイドスワイプの背中を叩いてみると、もう一度両手を見下ろしたサイドスワイプはやがて意を決したように右手を持ち上げる。 今の今までハラハラした様子で事の成行きを見守っていた店員も、"こっちにする"とようやく決めたサイドスワイプの右手からピンクのガーべラを受け取った。 たった一輪、されど一輪。 "こんなに悩んでくれる彼氏さんが居て幸せですね"なんてついにかけられた声に、サイドスワイプは気恥ずかしそうに受け答えをしながら財布へと手を伸ばす。 じっとラッピングしている様子を見つめるサイドスワイプを背後から見つめながら、"この様子を後で教えてやろう"なんて悪戯にジャズが胸中で笑みを浮かべていると、店員から綺麗にラッピングされた花を受け取ったサイドスワイプが嬉しそうにジャズを振り返った。 「待たせたな。なぁなぁ、ピンクってあいつらしいよな?」 「そうだな、可愛い系の雪菜らしくて良いんじゃねぇか」 「……まぁ、そう、だけど」 「おいおい、俺にはちゃんと彼女がいるんだ。余計な嫉妬はするなよ」 「別に嫉妬なんてしてねーもん」 ぐしゃりと頭に置かれたジャズの手を振り解きながら、サイドスワイプは不満そうに鼻を鳴らしたが、やっぱり花を見下ろすとそんな事よりもトクンとスパークが高鳴ってしまう。 ジャズがいなければこんな演出なんてきっと自分にはできなかっただろう、こんなキザな事、少し、否、かなり気恥ずかしい。 だけど、これを渡した時の彼女の反応をブレインサーキット内で想定させて……弾き出た仮想の結論だけでスパークが温かく熱を持ち始めてしまう。 ああ、早く逢いたい、とサイドスワイプは逸る気持ちにブレインサーキットから待ち合わせ場所に交わした電話の記録を再生させた。 「ジャズにぃはどこで待ち合わせ?」 「いつものカフェ。お前は?」 「俺はこの辺」 「この辺?」 そう告げてキョロキョロとあたりを見渡し始めたサイドスワイプに、ジャズもつられて辺りへと視線を配る。 どこか特定の場所を決めておけばこの人込みでもすぐに見つかるのだが――まぁ、そのアドバイスはまた次へと持ち越すとして。 やがてサイドスワイプが分かりやすくピキュと電子音を僅かに鳴らした方向へと視線をやってから、ジャズはサイドスワイプの肩をトンと叩いた。 「んじゃ、また基地でな」 「おう、ジャズにぃもヘマすんなよ」 「愚問だっての。お前こそな」 じゃあな、と軽く拳を交わしてから、サイドスワイプはジャズの背中を見送ってから視線を戻す。 休日ともあって行き交う人はいつもより多い、その中でもすぐに自分を見つけてこっちに手を振っている愛しい彼女、雪菜へサイドスワイプもまた手を軽く挙げた。 携帯電話を片手に持っているあたり、もしかして自分に連絡を取ろうとしていたのだろうか。 程なくしてパタパタと人ごみを掻き分けてやってきた彼女を笑みを浮かべて受け入れると、雪菜もまた息を弾ませて笑みを返した。 「ごめんね、待たせちゃった?」 「いや、俺も今ジャズにぃと別れたとこ」 「あ、もしかしてジャズはカフェに行ったの?」 「何でわかったんだ?」 「だって今そこでジャズの彼女さんに会ったもの」 ふふ、と笑ってカフェのある方向を指をさす雪菜に、サイドスワイプもあぁ、と相槌を返して早々に少し腰を折り屈む。 そのままさらりと頬にかかる雪菜の毛に指を通し、挨拶がてらのキスを雪菜の唇に軽く落とせば、少しだけ背伸びをした雪菜がふふ、と笑みを深めるのはいつもの挨拶。 いつもならそれからデート開始なのだが、今日は……と、次いでコホン、とサイドスワイプはワザとらしく咳払いを一つもらせば、雪菜は見慣れない彼の動作にぱちり、と瞳を瞬かせ――すぐに差し出されたガーベラに、目が大きく見開いた。 「ん、これ」 「え?……ガーベラ?」 「……似合うと、思って」 "お前に"と少しばかり言いにくそうに告げるサイドスワイプは先程頬へとキスを落としたクールな彼とは少し違う。 若干だが泳いでいる視線、だけども雪菜を見つめて一輪の花を差し出す彼の――何と様になる事か。 予想していなかった珍しい光景に早速震えてしまった指先でサイドスワイプの手からそれを受け取り、視線を落としてみれば瞳いっぱいに写るのは鮮やかなピンク。 くん、と顔を近づけて匂いを嗅いで見ると、新鮮ないい香りに加えて僅かに香るサイドスワイプの香りが雪菜に届いた。 「わ、あ……嬉しい!」 「気に入ったか?」 「うん、すっごく!ありがとう、スワイプ」 「どーいたしまして」 匂いが残る程までに、恐らくこの少し不器用な彼は自分の為に花を一生懸命選んでくれたのだろう、そう思うと隠そうとしても顔から次々へと笑顔が込み上げてしまう。 涙腺が緩むなんてことは無いが、それでも満面に浮かんでいるでしまっているであろう笑みを浮かべたまま雪菜がサイドスワイプを見上げると――何故か少し驚いたように瞳を見開いていたサイドスワイプを少し上に見つけた。 「なぁに?」 「あ、いや。そんな喜ぶとは思わなかったから、びっくりして」 「当たり前じゃない、だって……スワイプがくれたんだもん」 でしょう?ともう一度花を見下ろしてから微笑を浮かべた雪菜に、サイドスワイプはスパークに熱がどんどん篭っていく感覚に両手をデニムのポケットへと突っ込んだ。 花を手渡すと喜ぶだろうというのは予測はできていた、きっと自分の大好きな笑顔を浮かべるだろうとも。 それでも、目にした雪菜の笑顔は、今まで自分に向けられたものとどれ一つとも重ならない。 自分がメモリに登録してある笑顔とはいつも違った笑みを浮かべる雪菜に、そろそろこっそり取っている笑顔コレクションのメモリの増築をしないといけない、とサイドスワイプは新しく目の前で笑う彼女の笑顔を保存しながらシュと音を漏らした。 一緒に居ると、いつもこうして新しい彼女を見つける、それにサイドスワイプがどれだけスパークに熱を篭らせているのかなんて、きっと目の前で無邪気に笑みを浮かべる雪菜は気付いていないのだろう。 「ああもう、お前ってほんと、あーもう!」 「な、いきなり何?」 「雪菜って、ずるいよなぁ」 「えぇ?」 それでも、やっぱりもっと見たい。もっと自分だけに向ける笑顔を知りたい。 勿論そんな事は気恥ずかしくて言える訳もなく、わしゃわしゃと突然に髪を掻き揚げながら視線を逸らしたサイドスワイプに、今度は雪菜が瞳を瞬かせた。 「どうしたの、急に?」 「だってお前がそうやって、」 「うん、なぁに?」 何か特別なことを今した覚えは無い、あえて言うならば嬉しくて頬の筋肉が完全に弛緩してしまいだらしのない笑みを浮かべているぐらい。 余程おかしかっただろうか、と見上げたサイドスワイプは空に向かって訳の分からない溜息を吐いて暫く。 そしてようやく雪菜をブルーの瞳でちらりと見おろしたかと思うと―― 「……んな嬉しそうな顔されると、俺どうしたらいいか分かんねぇんだよ」 気まずそうにぽそり、と告げられた言葉に、雪菜は一瞬虚を突かれたようにパチパチと瞳を瞬かせてから、頬を更に緩ませた。 頬が僅かに朱を帯びて見えるのはもしかして照れているのか、なんて聞くのはこの場では野暮だろう。 "俺、だせぇ"なんて半ば拗ねたように呟いたサイドスワイプのTシャツの裾を軽く掴んで、雪菜は自分より背の高い彼をぐいと引き寄せた。 「じゃあ、とりあえず。私の感謝の気持ち受け取ってくれる?」 ドキドキしながら雪菜が告げた言葉に、サイドスワイプからの即答の返事はない。 それでもブルーの瞳をまっすぐに見上げて、少しばかりの背伸びを雪菜がするとようやく、サイドスワイプからバシュンという音が聞こえてきた。 ここが映画館や美術館なんていう静かなところだと、この音に周りが不審な視線を投げるだろうが――幸いにも行き交う人は誰一人として自分達に注目していない。 それをいい事に、と雪菜は裾をもう一度引っ張って、愛しい彼氏の唇へと少し長めのキスを一つ落とした。 ――ピュゥなんて口笛を鳴らしたジャズと、その彼女が通りかかるのはあと少ししてから。 **** "Stella Filante"の桜霞ちゃんから頂きましたリクエスト。 もちろんスワイプ!イエススワイプ!何か私の書くスワイプはかっこいいのかへたれなのか、ツンデレなのかよくわからない事になってしまって……ああ、安定のジャズのかっこよさです、はい(え、そっち? ディーノと悩んだんですが、スワイプにジャズにぃと呼ばせたかったが為だけの、ジャズ出演。おめでとう、ジャズ。かっこいいよジャズ! 何はともあれ、リクエストありがとうございました! >>back |