![]() もう一度ここで いつからだっただろうか、機械生命体という彼らの存在を当たり前のように受け入れ始めたのは。 そう思いながら、雪菜は隣で黙って空を見上げていたオプティマスから一歩下がってその後姿を見つめた。 大きくその場に佇む貫禄あるその姿はさすがオートボットの司令官といったところ。 夜の暗闇にも薄らと光りあがるファイヤーパターンのボディを見つめていると、ふとオプティマスが気遣うようにそっと頭を下に落とした。 そのまま足を動かさずに首だけを捻って雪菜を見下ろしたのは、踏み潰さないように、という彼なりの心遣いなのは雪菜もよく知っている。 それぐらいに、気づくともう長い付き合いになっているのだから。 『どうしたんだ?』 「ん?」 『私をずっと見上げているから、何か話しがあるのかと思ったんだが……』 「あ、ううん」 律儀に声の大きさまで落としているのは今が夜のせいだろうか。 寝れずに基地の中をうろうろとしていた雪菜が、ぼんやり空を見上げていたのは30分程前。 ふと気付いたガシャガシャと聞きなれた音に振り返ると、そこにはオプティマスの姿。 聞けば、格納庫から外を覗いた時に見つけた雪菜の姿が気になって何となくやってきたのだという。 勿論そんな彼を邪険にする理由なんて何一つ見つからないが故に、二人でこうして星を眺め始めて暫くが経った。 「見てただけ」 『……そうか?』 「うん、気にしないで」 『う、うむ』 そう告げると、再び空へとカメラアイを戻したオプティマスを、雪菜は尚も視線を逸らす事無くその姿をまじまじと見つめ続けた。 大きな身体、耳に届く機械音、月明かりや星明かりに光るボディ。 そこにはディセプティコンのような威圧感等一つも感じさせない、やはり機械といえども"人となり"とやらが滲み出るのであろうか。 「……」 『……』 「……」 『……気にするなと言われても、気になってしまうのだが』 そんな事を考えていると、やがてはついに、プシュン、と司令官らしからぬ排気音を漏らして告げてきた言葉に、雪菜はくすりと笑みを浮かべた。 "ロボットと手を組む"なんて配属された時には恐怖と不安でいっぱいだったのに、彼らは十分に"人間らしい"。 今も実際、少しの居心地の悪さや気まずさをこの大きな司令官は感じているのだろう、聞こえてきている忙しないサーキット音ですら愛らしく感じてしまう。 「不思議な感じだなぁって思って」 『……?』 「ううん、何でもない」 まさか、自分の人生において機械生命体が隣同士に並んで星を見上げている日が来るなんて。 人ではない他の生命体を愛しいと思う日が来るなんて、と雪菜は胸中で呟き笑みを浮かべた。 自分達有機生命体とは何一つ同じものを持ち合わせない機械生命体を見上げると、まるで自分がフィクション映画の中に飛び込んできた気さえする。 これがB級映画ならば、ストーリーはホラーかSFといったところだろうが、ここは現実であり、今の二人に流れているのは……ロマンスの始まりかもしれない。 なんて頭に過ぎった"小さな期待"に、我ながらめでたい思考だなんて漏れ出る照れ笑いを隠そうと、雪菜は両手を頬に翳しながら星空へと視線を戻した。 『雪菜』 暫くしてからふと、名前を呼ぶオプティマスの声と同時に目の前に鉄の大きな掌が差し出される。 何、とは今更聞くまでも無い、慣れたように差し出されたその手の平にすぐに飛び乗ればゆっくりと引きあげられた。 やがて自分を見下ろしていた彼にぐんと近づくのを感じながら、どうか薄ら紅いであろう頬に彼が気付きませんように、と雪菜はチカチカと瞳の光に強弱をつけるオプティマスの瞳を見上げたその時。 『すまない』 「え?」 全く雪菜の予想していなかったオプティマスの言葉が、雪菜の耳に届いた。 彼の深いブルーのカメラアイのすぐ前に改めて手を掲げられ、近くなった距離にダイレクトにオプティマスと視線が合う。 スパークを胸に宿す生命体とはいえ、機械でできているそのカメラアイには感情という灯火は宿らない筈なのに。 確かに苦しそうに見えたその大きな瞳を見つめて、雪菜は首を傾げた。 『この惑星に来てしまって、君達を巻き込んでしまって……すまない』 「オプティ、」 『一日でも早く、元の平和が訪れるように最善を尽くそう』 ガシャ、と少し大きな音のカメラアイの音が一度だけ響き、ブルーの光が僅かに揺れる。 そして告げられた言葉と、彼の瞳に確かに宿る痛ましい色に、雪菜は浮かれていた胸が突然強く締め付けられるのを感じながらも首を小さく横に振ってみせた。 確かに、当初を思えば彼らの争いに巻き込まれたのは自分達人間の方だ。 その事実だけからすれば何も知らない民間人にとっては、オプティマス達は非難の対象になるだろう、それでも、NESTで働く者は――雪菜は、今までそんな事は一度も心を掠めた事すら無い事は……彼には伝わっていないのだろうか。 「謝る必要はないよ。こちらこそ……私たちを守ってくれて、ありがとう」 告げた言葉に、オプティマスのカメラアイが揺らぐのと同時に、雪菜はそっと彼の指先に寄り添った。 オールスパークを亡くした今となっては――彼らには繁栄という二文字は二度と訪れる事がない。 だからこそ、彼らの種族を守る為にも無駄な争いは避けるべきなのに、彼は未だに戦い続けている――彼らの為ではなく、小さな自分達の為に。 「……いつか、平和がまた地球に戻ったら。オプティマス達はどうするの?」 きっと想像がつかないほどの苦悩を抱えているであろう彼を見上げて、雪菜は問いかけた。 いつか全てが終わる日がきたら、全てから解き放たれる日が来るのならば彼らはどうするのだろうか。 プライムの名を背負う司令官としての選択肢は、そしてオプティマス自身は何を選ぶのだろうか。 『君達が望むのならば、ここを去ろう』 静かに、そして迷う事無くオプティマスが紡いだ言葉に、雪菜は言葉も無くただ彼の瞳を見つめ返した。 彼らの母性はもはや葬られてしまった、帰還する所等無い筈だ。 それでも、先住民である人間からそう告げられてしまえば、この司令官はきっと地球を去るのだろう。 もしかしたら、誰も望まなくても彼なら勝手にそう判断してどこかへ行ってしまうかもしれない。 「それを……私が望まなかったら?」 自分の小さな一言が彼の大きな決断を左右するとは到底思わない、それでも、と。 気付けば一筋流れていた涙を拭う事もせずに雪菜が口を開くと、ブルーのカメラアイを少しだけ見開いたオプティマスはやがて柔らかい色を瞳に灯した。 『その時は、ここで君ともう一度星を見上げよう』 真っ直ぐに見つめられる瞳、そして真っ直ぐに雪菜の心に言葉が届く。 そっと鉄の指先で頬の涙を拭ったオプティマスに頬を寄せて、雪菜は心に込み上げる冷たくて、そして温かい不思議な感覚に瞳を閉じた。 「約束ね」 『ああ、約束しよう』 だけど、今だけは彼の一言を受け止めて。 頬を寄せていたオプティマスの冷たい指先ををゆっくりと抱きしめた。 **** "人生なんてそんなもん"の坂之上瀧麻呂様こと、まろ姐より頂きましたリクエスト。 オプティマスで包み込むような穏やかで切ない……って、まさかの初オプティマス夢がこんな事にww. ご、ごめん、何かごめ、ごめ……でもリクエストありがとうございました! >>back |