TF-short | ナノ
 


So which?!





普通の人が入るには大きすぎる部屋の天井を見上げて、雪菜は大きく伸びをした。
シュッシュという音、それからカチャカチャと聞こえてくる食器のぶつかる音に視線を投げかけてみれば、ブルーのボディーの背中が少しだけ背を丸めている。
コポコポと次いで響いた音にくすりと雪菜は笑みを漏らしてカツンとヒールを鳴らして椅子から立ち上がった。

「手伝おうか?」
『いえ、もうできますから、ああ、それじゃあお茶菓子の準備をお願いしてもいいですか』
「うん、了解」

言われながら伸ばされた手に、ヒールを脱いでから雪菜はその手に丁寧に飛びのると、"そんな気を使わなくていいですよ"と彼―ジョルトはキュイとカメラアイを揺らして笑いながら、雪菜を自身が作業をしていた簡易キッチンの上へと運んだ。
人間が使うにはひどく大きいそれは雪菜にとってはまるでどこかのアトラクションのようにすら感じてしまうが、そんなサイズに反して目の前の大きな手は小さな人間用のコンロの火を指先で止め、これまた人間用の小さなスプーンで器用に茶葉を掬い出している。

「ジョルトってやっぱり器用だよね、さすがお医者様」
『まだまだ見習いですよ、先生には敵わないところばかりですから』

大きめのマグカップの取っ手を器用に持ち上げてお湯を注いでいくジョルトのその様子を見守りながら、雪菜は目の前の棚を両手で開いた。
人間用の棚にするには少し大きいそれを開いてみると、中にはチップスやクッキー、キャンディーが無造作に入れられている。
一番手前に文字通り"積み上げられていた"クッキーの袋を取り出してから再び両手で棚を閉じると、紅茶を注ぎ終えたジョルトがマグカップを片手に、そしてもう片手を雪菜に差し出した。

『クッキーですか?』
「イエス。これ、ラチェット先生が買ってくれてたのかな。見たこと無いけど」
『この前貴方用のお茶菓子だといって先生がインターネットで選んでましたよ』
「わお、ありがたい。それにしても好きだよね、ラチェット先生って人間の食べ物」

トン、とほんの数メートル先の雪菜用の机にジョルトが湯気の立つマグカップを置くのと同時に、雪菜も慣れたようにその手から飛び降りて椅子へと腰を下ろす。
すぐに目の前にガラガラと少し大きな音を立ててロボット用の椅子に腰をかけたジョルトを見上げて、雪菜はクッキーの袋を開けながら笑みを浮かべた。
本来ならば金属生命体のロボット達が出入りするラボに人間サイズのものも、人間の食べ物もストックする必要は無いのだけれど。
ラチェットから技術の教えを乞う雪菜という存在が出来てからは少しラボの雰囲気が変わった。

『先生は貴女達に興味津々ですから』
「とはいえ、胃の中身をスキャンしてもいいかなんていう台詞はちょっと遠慮してもらいたいところだけどね」

くすっと笑いながらクッキーを頬張ってみれば、甘すぎない程度の自分好みの味が口に広がっていく。
大方雪菜の好みまで把握した上で得意の分析でもして選んでくれたのだろう、本当にラチェットの細かさには頭が上がらない。
一部オートボット達からは怯えられてはいるものの、彼の手際の良さ、的確さ、そして技術を磨く努力は十分尊敬するに値する。
その上、見当違いで無知な質問に嫌な顔せず答えてくれるラチェットは、短時間しか過ごしていない雪菜にとっても既に"師"と仰ぐ存在になっているのだから――ジョルトがラチェットに寄せる想いも大きいのだろう。

「本当、ラチェット先生はすごいよね。優しいし、丁寧に教えてくれるし。理想の上司って感じで好きだなぁ」

ぽつり、と呟いてジョルトが注いでくれた紅茶に口をつけながら、雪菜は頬を緩めた。
大学時代に接していた教授達でさえ、自分の研究に手一杯でなかなか雪菜のしたい質問に答える暇もなかった事を思うと、一応"社会人"となった今のほうがずっと充実しているように思える。
本来の仕事は別にあるとはいえ、それでも大半の時間をラチェットとラボで過ごしていてつくづくと思う――羨ましい、と。
人間が一生に学べる期間は限られている反面、ロボットの彼らは桁違いに長い時間を過ごしているとなると、学ぶ事も、新しい発見も多いのだろう。

『僕だって、先生の事好きです』
「うん?勿論私も大好きだよ」

そんな事を考えていると、ふとジョルトがきぱりと言い放った言葉に顔を上げてみると、ブルーノカメラアイを僅かに揺らしながら何か言いたげに机に手をついた。
何が言いたいかなんて一目瞭然、ギリと本人は隠しているのだろうが僅かに聞こえてきた音は、よくサイドスワイプから耳にするそれと似ているのは、同じオートボットのせいだろうか。
いつもならそれとなく会話を譲ってしまうのだけれども、何となく湧き出た悪戯心に雪菜はクッキーを一口齧ってから口を開いた。

「ラチェット先生、私の好みをちゃんと考えてこのクッキーを選んでくれたのかな」
『それは……偶然じゃないですか?』
「ううん、この前ウォールナッツが好みって言ってたのきっと覚えててくれたんだわ」

ふふ、と笑ってこれ見よがしに雪菜がクッキーをジョルトのカメラアイに向けると、咄嗟に分析したのだろう、カシャという音と共に目の前のジョルトが不穏な排気を漏らす。
これがオートボット達に出会った当初であったならば、その音だけで全身を震わせていたかもしれないが、最早慣れたもの。
加えてからかってやろうという余裕さえ芽生えたのだから、と雪菜は"弟子想いの先生だわ"なんて呟きながらワザとらしく首を傾けてジョルトを見上げた。

「そうそう、私今日の朝、先生に褒めてもらったもの。"ジョルトが見落としそうな"細かいとこに気がつくなって」
『僕だって昨日褒めてもらいましたよ。いい弟子をもって幸せだって』

"長い付き合いですから"と、今の今まで隠していた音―嫉妬―を一層表に出し始めたジョルトが言葉とともにプシュン、とグレーの煙を漏らした。
これがサイドスワイプ相手なら早々に手が振ってきそうな気もするが、ジョルト相手だと話は別。
争いごとは口で論破、がモットーな彼が一度も人間相手に手を出したことがないのを良いことに雪菜が楽しそうに目を細めて彼を見上げると、不満そうなジョルトの一際濃いグレーの排気が視界の端に浮かんだ。

「じゃあ先生に決めてもらいましょうよ、どっちが大切かって」
『いいですよ。言うまでもなく僕に決まってますから』
「あら、こういうものは時間と密度が必ずしも比例するものなんかじゃないわよ?」

あえて"ねえ、ジョルト君?"と強調して告げた言葉に、ギュイとジョルトの身体から低い機械音が響きはじめる。
その反応は純粋に師と仰ぐラチェットを雪菜に取られたと勘違いしているが故、少し考えればどう考えても"どっちが大切か"なんてものではないと見当がつく筈なのだが。
すっかりと雪菜の悪戯から出た挑発にあてられてしまった優秀な軍医見習いのブレインサーキットはどうやら違う方向に解釈してしまったようで、そんなジョルトの珍しく落ち着きの無い様子を見つめて雪菜はくすりと笑みを漏らした、その時。

『何騒がしい音を立ててるんだい、二人とも』

ガチャリと音を立ててラボに顔を覗き込ませたのは、張本人の軍医、ラチェットの姿。
絶妙なタイミングで入ってきたラチェットの姿に雪菜はマグカップに口をつけたまま笑みを浮かべる余裕はあったが、ギチギチと今にも爆発してしまいそうなジョルトにはそんな余裕等毛頭ない。
ガシャンと音を立てて未だドアの付近で不思議そうに首を傾げていたラチェットの元へとズカズカと歩み寄り――必死な声を上げた。

『僕と雪菜さんのどっちが大事ですか!?』
『は?』
『先生、はっきりさせてください!』
『お、おいどうしたんだ?』

ガシャガシャとラチェットの胸元に手を置いて必死で問い挙げる弟子の姿にラチェットが呆気にとられてカメラアイを丸く見開いたのは言うまでもない。
一体何事だと雪菜へとカメラアイを一瞬向けてみてもすぐに"先生!"と切に叫んでくるジョルトをとりあえず落ち着かせようと肩を叩けばビリっと電気がラチェットの手に走り弾かれてしまう。
そんな様子についに笑い声を上げ始めた雪菜と"どっちが大事ですか?!"としつこく質問を投げてくる弟子の姿を見つめて、ラチェットはパスンと白い排気を漏らした。

『あまり私の"一番弟子"をからかわないでもらいたいね、雪菜君』

雪菜の悪戯な表情に大方の察しがついたのだろう、あえてジョルトを"一番弟子"と呼んだラチェットに、すぐに部屋中に響き渡っていた不快音がピタリとおもしろいように止んだ。
別に雪菜からすれば一番だろうが二番だろうが、何の問題もない――否、少しばかり悔しいところだが、こればっかりはしょうがない。
こちらを得意気に振り返ったジョルトのキラキラとしたブルーのカメラアイに、雪菜は苦笑を浮かべながら両手を挙げて降参のポーズをしてみせた。





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『雪の結晶』の恵理奈様へ、相互リンク記念に。
ラチェット/ジョルトでほのぼのなお話ということで。
ラチェット先生もこういう時は大変です(笑)
恵理奈様、これからも末永く宜しくお願いしますヽ(*´∀`)ノ

柑咲春菜
breeze* 24/08/2011


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