TF-short | ナノ
 


フロムザスカイ





目の前に山積みにされているファイル、それから視界に飛び込む壁時計をちらりと見て雪菜はコキリと首を鳴らした。
丁度定時を周って2時間が過ぎたところで、いつもなら賑わっている執務室も残す所は雪菜とレノックスだけ。
金曜日の夜ともなればNEST基地もいつもとは違う空気に包まれる、現に机2つ離れたところに今の今まで書類を前に唸っていたレノックスもいそいそと身支度を整えて始めている。

「まだ残ってるのか?」
「仕事が残ってますから」
「お前もよく働くよな、ほんと。たまにはデートでもしてくればいいのに」
「その冗談は笑えませんよ、少佐」

はぁ、と大きな溜息を漏らしながら書類越しにレノックスに視線を上げてみると、彼は苦笑を漏らして"悪い"と一言。
レノックスは、否、彼だけでなくNESTに居る者なら大半の者が知ってる筈だ、雪菜の彼氏がいかんせん人間では無い機械生命体な上に、ディセプティコンと和解した今でも余り地球に降りてくる事が無い、"あの"サウンドウェーブという事ぐらい。
出会いから付き合うまで紆余曲折いろいろとあったもののめでたく恋人に昇格したのは、少し前の話。
けれども、普段の滞在地が地球の外の衛星なんてぶっ飛んだトコロになると――必然的に普通のデートなどできるわけが無い。

「遠距離って寂しいよなぁ、俺だってアナベルとサラに会えない毎日が辛くて辛くて……」
「はは、まぁそりゃは寂しいですけど……最初から覚悟していた事ですし」
「でもお互い愛し合ってるならそれを埋めるのを相手に求めてもいいと思うけど?お前らだってまだ付き合いたてだろ?恋人の可愛いわがままってヤツにはならんのか」
「人間基準で考えていいんですかねぇ……なんていうか、どこまで彼に求めても大丈夫なのか分からなくって」

いくら彼氏といえど、毎日電話をしてもいいものか。
そんなベーシックな中高生の悩みを持ってしまうのは相手が機械生命体だからか、それとも心底惚れてしまったサウンドウェーブだからか。
衛星に電話を繋ぐ事もできるとはいえど、あらかじめ告げていないとそれをするのも憚られてしまう。
となると、そんな日々の空いている時間を埋めるのは仕事しかない。
幸か不幸かここ一週間は溜まりに溜まった書類があったお陰で日々の寂しさは何とか埋める事ができていたのだけれど。
レノックスはそんな雪菜の言葉にに少し不満そうに顔を顰めて見せたが、"家族が待っていますよ"と声をかけるとすぐに破顔していつもの人懐っこい笑みを浮かべた。

「悪いな。んじゃ、俺は先に出るから戸締り宜しくな」
「はい、お疲れ様です」
「あと、コレは健気に遠距離恋愛を頑張る大事な部下にプレゼントだ」
「え?」

ぽい、と投げられたのは白い一つの箱。
何の変哲も無いそれを机の上に咄嗟に投げられて雪菜が目を白黒させていると、レノックスは意味ありげににっと笑うだけ。
じゃーな、と音を立てて閉まった扉と離れていく足音を暫く感じながら、やがて消え去ったそれに雪菜はようやく手元に視線を落とした。
一体何だろう、と箱の淵を指先でなぞってみるが一見するにただの白い箱。
開けてもいいのだろうかと箱を振ってみたり小さな箱を四方八方から確認する事数十秒、ラッピングも何の変哲もないそれに雪菜がついに手をかけようとしたその時。
ズズズ、と机の上を滑り出した携帯電話に注意が引かれた。

「へロー?」
『、俺だ』
「……サウンドウェーブ?」
『あぁ』

ディスプレイを確認せずに通話を押してしまったせいで、受話器から聞こえてきた声にびくりと背中が震えてしまう。
エフェクトがかかった低い声は彼独特の声色、思えば1週間ぶりだろうか、随分と久しぶりに感じるサウンドウェーブの声に自然に頬が綻んでしまうのを手元で隠しながら、雪菜はきょろ、と辺りを見渡した。
恐らく彼のことだ、この執務室の監視カメラでもハッキングして自分の姿を見つけているのだろう、と。

「どうしたの?まだ衛星?」
「あぁ。……今日は金曜日だろう、そこは」
「うん、そうだけど……だけどどうしたの?珍しい」

相手の顔が見えないとはいえ、紅い光をカチカチと応答代わりに光らせた監視カメラに向かって首を傾げてみる。
傍から見れば不思議な光景に見えるかもしれないが、これが自分達なりの"遠距離デート"なのだから仕方が無い。
ひらひらと誰も居なくなった執務室で雪菜が手を振ってみると、やはり見ていたサウンドウェーヴが小さく"見えている"と呟いた。

『……悪い事か』
「え?」
『用事がないと電話をするのは人間的には悪い事なのか?』

その問いかけに慌てて首を横に振りながら、雪菜は監視カメラに向かってニコリと笑みを漏らした。
そういえばここ最近は忙しさにあえて自ら忙殺されていた事もあり、家に帰っても疲労困憊でベッドに直行するだけの日が続いていたのは否定はしない。
電話をかけるとゼロコンマ数秒で繋がってしまうとはいえ彼の仕事の邪魔をするわけにもいかない、加えてこれといって内容のない一日の報告等サウンドウェーブにとってはデリート対象にもなるだろうと読んでいたのだが。
それでも聞こえてきた彼の発言に雪菜は目を少し見開かせた。

『一週間、連絡がなかった』
「え、メール入れてたでしょう?」
『それは、あったが……、』

耳にする彼の声は他の隊員達からすると抑揚にない音にしか聞こえないらしいが、喜怒哀楽ぐらいは雪菜には簡単に分かってしまう。
そして今耳にしているのは少しだけ不満そうな彼の声色。
加えてジジっと僅かに歪んだ雑音がまさに彼の不満さを物語っているが、その理由に見当がつかずに、雪菜は監視カメラを見つめたまま彼の続きの言葉を待った。

『……メモリしてあるお前の声だけだとやはり物足りない』

幾分か沈黙があった後、シャっという音は人間でいう溜息のようなものだろう。
ついで呟かれた言葉に、雪菜は一瞬携帯電話から耳を一度だけ離して、何もないと分かってはいるのにディスプレイへと視線を落とす事数秒。
おい、と呼ばれる受話器からのサウンドウェーブの声に慌てて携帯電話に耳を再度押し当ててるのと同時に――くすりと堪えようとしていた笑みが漏れてしまった。
しまった、と慌てて口元をカメラ越しに見られないように手元で覆ってみたが、既に手遅れのようで普段は無言の監視カメラからギチと不穏な音が聞こえてくる。

『何故笑う』
「ご、ごめんごめん。嬉しくって」
『嬉しい?』
「声が聞きたいって思ってたのが私だけじゃないってのがね、嬉しくって」

まさか彼から"物足りない"と思われてるなんて、と雪菜はばれてしまった口元から手を離してクスクスと漏れ出てしまった笑みを零した。
あまり恋愛感情に疎そうな彼から聞けた、まさかの言葉に胸が急に喜んでしまうのだから現金なものだ。
自分も彼と同じトランスフォーマーだったならば間違いなくメモリに保存したであろう今の言葉を何度も頭の中で反芻させながら、雪菜はギシリと椅子の背もたれに体を預けた。

『同じ事を思っていたのか?』
「そりゃ、うん。サウンドウェーブの声もっと聞きたいって……思っちゃうよ。会えない分、やっぱり」
『なら何故電話をかけない?』
「……仕事の邪魔しちゃうかなって思って」

ここまでくると素直に事情を告げるしか道はない。
自分の彼氏からこんな素直な言葉を、あのサウンドウェーブから貰えた事が嬉しい反面、こんな事ならもう少し早くに電話をかけておけばよかったと雪菜は苦笑を漏らして椅子の上に膝を抱えた。
いつもならこんな態度は執務室ではできないが、誰も居なくなった今なら少しぐらいはくつろいでも誰も咎めないだろう。

『別に電話の相手ぐらい、いつだって出来る』
「……ほんと?」
『ああ、それにお前の話す話は聞いていて飽きないからな』
「じゃあ、毎日寝る前に電話してもいいの?」
『問題ない』

そっか、と自然に上機嫌になった自分の声に自分で笑いながら、雪菜はそっと瞳を閉じた。
今日は何をしていたの、と尋ねると小難しい言葉が並ぶ中彼の仕事内容が伝えられる。
正直内容は全く持って分からないものだとはいえ、それでも紡がれる彼の言葉を耳にしているとまるですぐ隣に居るかのようだ。
もしも今隣に居たらきっとゆっくりと頭を撫でてくれてるかもしれない、なんて我ながら立派な妄想力を働かせながら、雪菜は途切れた会話に口を開いた。

「今度戻ってきた時にね、一緒に行きたいお店があるの」
『新しくできたカフェだろう?』
「え、何で知ってるの?」
『今日のランチ中に喋ってたのを聞いていた』
「……軽くストーカーだよね、サウンドウェーブって」

くすと笑って電話越しにからかってみたつもりなのに、それでも彼は至極当然のように"何が悪い?"と返すだけ。
少しだけずれた常識に一部の隊員達はビクビクとしているのだけれど、そんなところも見守られているなんて感覚が過ぎってしまうのだからやっぱり機械生命体であろうと彼のことが好きなのだと再認識してしまう。
そんなことを考えながら"別に"と笑いながら閉じていた瞳を開けるとふと、すっかりと忘れていた存在が視界に飛び込んできた。

「あ、」
『どうした?』
「さっきね、少佐が帰る前に箱をくれて……忘れてた」
『……、』
「サウンドウェーブ?」

宇宙から電話をかけているせいか、普段の通話では一切のノイズが聞こえてこないそれが不意に静まり返る。
今の今まで相槌を打ったり、低く笑ったりで賑やかだった回線の沈黙に雪菜が首をかしげながらも肩に携帯を挟み込んで手にしたボックスの箱のセロファンを丁寧に開封してカポっという綺麗な開封音を立てて上蓋を開き挙げ――目に入ったそれに息を呑んだ。

『、雪菜?』
「え、」
『気に入らなかったか?』
「え、これ、って……サウンドウェーブか、ら?」

目の前に入るのはキラリとした輝きを放つのは――素人目に見ても分かる、一際大きな粒がついたダイヤモンドのリング。
これほどのものならば綺麗な箱に丁寧に幾十にも包装されていてもいいのに、無造作に箱に入れられたリングを恐る恐る手に取り、雪菜は何度も目を瞬かせた。

「た、高そう……え、え、どうしたの、これ」
『拾って加工してきた』
「え、え?どこで拾ってきたの?」
『宇宙だけど、問題があったか?』

さらりと告げられた言葉にも頭がついていかないのは、それ程までに自分の手の中にあるリングの輝きが眩しい程に綺麗に光っているせい。
地球で拾ってきたとなれば大問題に発展しかねないとはいえ、宇宙で拾ってきたとなればどうなのだろうかと雪菜は必死に回答を頭の中で求めたがそもそも知識がないのに行き着く答えなどある筈がない。

『人間がルーシーと名づけた星を知っているか?』
「るー、しー?」
『地球から50光年離れたところにある白色矮星の事だ。正式名称はBPM 37093、星の全てがダイヤモンドで構築されている』
「そんな所が……あるんだ」

いくら地球生命体と接しているとはいえ、宇宙の知識等皆無に等しい雪菜にはそんなサウンドウェーブの言葉など知る余地も無い。
そもそもそんなラグジュアリーな星が本当にあるのかと疑ってさえしまうが、広い宇宙でしかも、50光年も離れていれば――もしかしたらあるのかもしれない。
光物とはひどく無関係な自分の手の中にあるリングを見つめて数秒、雪菜ははっと弾き出た別の答えに思わず口を開いた。

「え、これ……私に?」
『他に誰がいる?』
「で、でもこんな高そうなもの……、」
『地球で手に入れたものじゃないが価値を算出した方がいいか』
「ううん!い、いい、聞いたらそれこそ、怖くてつけれなくなっちゃう……」

レノックスにどうやってこれを手渡したのかは今は問題でもない。
ただ、地球価値でいうとこんな高い贈り物を貰っても本当にいいのだろうかと眩しく光るリングを見つめながらすっかりと言葉を失ってしまった。
まったくもって、心臓に悪いことこの上ない。

『それなりの価格になるだろう、売りたければどこかで売っても――』
「売らないよ!絶対売らない!」
『いいのか?』
「うん、びっくりしたけど……、サウンドウェーブが……加工してくれたんで、しょ?」
『あぁ』

キラキラと光り輝くそれを角度を変えてみてみれば、細かく綺麗に加工した跡。
彼の長い指でこれをこの形まで加工するのにどれくらいかかったのだろうか、意外と早くできるものなのかもしれない。
高い贈り物という概念は何とかして頭の隅に必死で追いやりながら、雪菜は手に置いたそっと右手の薬指に恐る恐る差し込んでみれば、驚く事に何の引っかかりも無くすぐに収まるべき位置に収まってしまった。

「ぴったり、だ。すごい、どうしてサイズ分かったの?」
『それぐらい衛星からでも解析する事は容易い』
「さすが……大事にする、ありがとう」

最早サウンドウェーブがいつ自分の指を見てサイズを解析したかなんて驚くだけ無駄な気さえしてくる。
ただ一つ、普段会えない彼が自分の為にここまでしてくれた、それが何事にも代える事ができないぐらいに嬉しくて仕方が無くて――鼻にツンとした何かを感じると同時に雪菜の頬に温かい熱が伝った。
意図する事無く自然にぽろぽろと雪菜の瞳から溢れ始めてしまった涙は純粋に嬉しいからだけれども、同時に酷くこの愛おしい彼に会いたいと心が騒ぎ始めてしまう。
それでもこんな素敵なリングを遠い遠い宇宙から自分宛に送ってくれるサウンドウェーブにはこれ以上の望みは今は口にするべきではない、と何とか心を押しとどめながら雪菜は口元に笑みを浮かべて監視カメラを見上げた。

『何故泣いている?』
「嬉しくって……、嬉し泣きってやつだから、心配しない、で」

堪えきれずに"大好きだよ"と雪菜が携帯の受話器に静かに落とした言葉に、ガガっと少しだけノイズが返事で返ってくる。
今すぐ抱きしめたい、キスを贈りたい、だけどそれが敵わない今はせめて言葉だけでも愛しい人に伝えたい。
どうすればこの気持ちが機械生命体の彼に伝わるか、試行を繰り返すまでもなく携帯越しに何度も何度も感謝と愛の言葉を雪菜が囁き続けると、やがて無言で聞いていたサウンドウェーブが受話器越しに忙しない機械音を鳴らし始めた。

『……困った』
「、ん?」
『お前に会いたくなった。ちょっと待っていろ、1時間と32分程で着く』
「え?ちょ、サウンドウェーブ?!」

ちょっと、ともう一度受話器越しに話しかけてみても返事は返ってこない、携帯の画面を慌てて見直してみると通話終了の合図を告げているだけ。
目を白黒させながら今の今まで紅い色を放っていた監視カメラを振り返ったがいつの間にか電源は落とされている。
1時間32分、と最後に告げられた言葉は勿論――ここに到着するまでの時間だろう。
涙を流す事すら驚きで忘れてしまって、誰もいない執務室で目を瞬かせて言葉を失っていた雪菜はようやくず、っと鼻を一度すすった。

「……気をつけてね、だーりん」

今の言葉はきっと盗聴好きの彼氏も聞いてはいないだろう、頬を緩めて呟いたその一言、そして綺麗な輝きを放つ右手のリングに一度だけ口を付けて雪菜は彼が来るまでの1時間32分をカウントしながら目の前の書類に手を伸ばし始めた。
仕事を終わらせなくてもレノックスはきっと何も言わないだろうが、それでも彼が来るまでの少しだけでも、と。


ものすごい轟音を立てて愛しい彼氏様が到着したのは、それから少しだけ早い1時間と4分後の事。





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和臣様より100000hit企画リクエストに頂きました。
音波さんと遠距離デーとということでしたが……来ちゃいました、彼www
何か私の中の音波さんはストーカー気質が素である上にそれが悪い事だと認識していないという何とも残念なキャラクターになっていたりしま、す。
ついでにこっちの常識は驚く方向でまったく通用しないという認識(どんなだ
初音波さんでもしかしたらイメージと違われたかもしれませんが……何卒ご容赦を(ビクビク
ちなみにルーシーという星はリアルに存在しますが、50光年離れた場所にいくのに音波さんが何れだけの時間を要したのかは分かりません…!
でも指でカリカリ発掘してる音波さん可愛い、きっと手にしたのはものすごく大きな欠片だけど指輪にあうように1週間がりがりしてたんだと思います。
電話来ない……ガリガリ……もう家なのに……ガリガリ……みたいな(何
だめだ、可愛いじゃないか音波さん!なんて一人でフッハーとなりながら書かせて頂きました!

和臣様、リクエストありがとうございました!


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