TF-short | ナノ
 


<<読む前の注意事項>>
*主人公の年齢が70歳ぐらいです。
*オリキャラその1、デイビッド=新人警備員
*オリキャラその2、ジェイ=ベテラン警備員






色待宵草





「うわあああああ!?」

情けない声が突然響き渡り、ジェイは机に乱暴に投げ出していた足をガタンと落とした。
慌てて近くの窓から顔を覗かせるまでほんの数秒。
緊迫した面持ちで顔を出してはみたものの――目の前の光景に肩を落とした。

「おい、何やってんだ」
「ジェ、ジェイ……!これ、た、たすけ……!」

仮にも軍事機密を取り扱うNESTの入り口、本来ならば入場者を厳密にチェックしないといけないこの場に響いた声と同時に目に飛び込んできた光景にジェイは"一安心"の息を吐いた。
目の前には地面に這いつくばるように助けを求める新人警備員のデイビッド、そしてその上でモーター音を掻き鳴らしているのは黒いボディーを光らせた機械生命体――バリケードの姿。
半べそを浮かべるデイビッドの首元まで後数センチ行った所だろうか、彼愛用の"尋問ツール"であるカッターを高回転させて不適な笑みを浮かべるその見慣れた光景にジェイは片手を上げた。

「ったくまたお前は……、ほら、バリケード、こいつはまだ慣れてねぇんだからあんま茶化してやるな」
『慣れるまで付き合ってやろうか?』
「けけけけけ結構だよっ!!!早くどけてくれ!!!!」

悲鳴染みた声をあげるデイビッドに救いの手代わりに目の前の黒いロボットへと声をかけると、ジェイの姿を見つけたバリケードが不満そうに一つ大きな排気を漏らした。
そんな反応に今でこそ笑みを浮かべる余裕さえできたとはいえ、ジェイもまたここで警備員の仕事を始めた頃にはバリケードを含むディセプティコン達には散々に脅かされていたものだ。
目の前で腰を抜かしているデイビッドに30年前の自分を懐かしく重ね合わせると共に、ゆっくりと尋問ツールを収めてこちらに向けられた紅いカメラアイにジェイは肩眉を挙げてみせた。

「まだ雪菜ならきてねぇぞ。この炎天下じゃどっかで休みながら来てるんじゃねーか?」
『……』
「お前が迎えに行ってやればよかったのに」

苦笑とともに告げられたジェイからの問いかけに"テメエには関係ない"なんて吐き捨てるように呟いたバリケードに再度口を開こうとすれば、ふと目の前で突然彼が身体を歪ませ始めた――ヒューマンモードへのトランスフォームだ。
その光景は見慣れたものではあるとはいえ、いつまでたっても見飽きるものではない。
ほんの数秒程度で見上げていた黒いロボットが人間の姿に変えて行くその様を見つめながら、ジェイは胸中でにやりと笑みを漏らした。
――全く、素直じゃないのは何十年経ってもさすがに変わらない。

「ここで待ってるか?」

人間の姿へとトランスフォームしたバリケードがふんと機嫌悪く鼻を鳴らす様子にジェイが呆れたように口を開くと、ガタガタと震えたデイビッドが慌てて警備室の中に飛び込んでくる。
どうやら余程怖かったらしい、首を大きく横に振って入室拒否を示す彼にバリケードは結局言葉を告げる事もせずにさっさと基地の中へと歩き始め、そんな様子を見送りながら、ふとジェイは懐かしそうに目を細めた。

あれはまだ自分が警備員としてここで働き始めて間もない頃、丁度今のデイビッドのようにたまに基地に訪れるディセプティコン等に恐怖しか覚えていなかった頃。
今はとっくに引退してしまった先輩にこうして泣きついた事もあった、あれからもう30年も経過しようとしているとは。
あの時に比べると老いてしまった自分に反してオートボットもディセプティコンも一向に変化を感じさせない――そしてバリケードの"それ"も然り。

「先輩、本当に本当に、ディセプティコンとは和解してるんですよね?」
「一応な。ま、バリケードも本気でお前を殺しはせんだろう」
「彼奴等ってほんと、オートボット達に比べると愛想もないし、おっかないし……どうして野放しにしてるのか俺にはさっぱりですよ」

ぶるりと身体を震わせたデイビッドにジェイはくすりと暢気な笑顔を零した。
ああ、懐かしいなんて思いながらあっという間に離れて小さくなった後姿は人間でいう25歳ぐらいだろうか、初めて目にした姿と何一つ変わらないその姿を羨ましく思いながらも、以前バンブルビーが自分とは逆で年を取りたいだなんてラチェットにお願いをしていた様子を思いだして、ジェイは苦笑を浮かべた。

「バリケードだって意外と優しいとこもあるんだぞ」
「あいつが?優しい?」
「そういやぁ、お前はまだ雪菜の事知らねぇか」
「雪菜って……誰ですか?さっきも言ってましたよね?」
「ああ、バリケードの――って、しまった、午後の入出表まだ提出してなかった」

暢気に思い出話をしている場合ではなかった、とジェイは手元に持ったままのファイルの存在を思い出した。
昔なら物忘れだなんて一度もした事がなかったのに、最近はその回数も増えてきた気がする――これが歳をとったという証拠かとジェイは寂しい笑みを浮かべながらもデイビッドに別れを告げて小走りに警備室を後にした。
そんなジェイに"了解、ジェイ爺さん"だなんて軽口を叩いたデイビッドは彼を見送ってから、未だに首元を押さえながらジェイの座っていた椅子へと手をかけようとしたその時。

「すいません」

椅子に体を落とすのとどちらが早かっただろうか、不意にトントンとドアをノックする音にデイビッドは慌てて窓から顔をだして見ればそこには背筋をしっかりと伸ばした初老の女性の姿。
額から汗を流しながら少し息の上がっている様子を見るにこの炎天下、端の端にあるここまで歩いてきたというのか、デイビッドが慌てて外に飛び出したのに人の良い笑顔を浮かべて初老の女性が微笑んだ。

「人と会う約束をしてるんですけれども」
「アポイント相手のお名前は?」
「バリケードです」

告げられた言葉に、またか、とデイビッドは胸中で溜息を漏らした。
別に機械生命体の彼等の存在は既に周知の事実とはいえ何処に駐在しているかは公にはされていない。
それにも関わらずたまに訪れるオートボット目当ての訪問者、どこから漏れるのかなんて言わずもがな、高速道路や一般道路でわいわいと羽を伸ばして"競争"なんてしてるカマロやシボレー・コルベット、はたまたファイヤーパターンの目立つトレーラーのせいだろう。
恐らく彼女は冷やかし目的ではないだろうとはいえ、規則は規則と、目の前の初老の女性に嘘をつく事に少しの罪悪感を覚えながらも、デイビッドは教えられた"部外者対応マニュアル"を頭の隅からひっぱりだした。

「そんな人は居ませんよ?……もしかして、場所を間違えてませんか?」
「いいえ、間違えてなんては……大きな、黒いロボットがここに来てる筈なんですが、まだ来てませんでしたかね」
「ロボット?そんなものはここでは扱ってませんよ。ココまで来てもらって悪いんですけどね、場所間違えていませんか?」

確かに目の前の初老の女性が言う"バリケード"は今さっきここを通過していったばかりではあるが、そもそも今日の訪問者予定表には一人も名前が載っていなかった筈だ。
それに加え、日頃から人間を虫ケラ扱いをしている彼等ディセプティコンが人間とアポイントを取るだなんてまずあり得ない。
となれば、目の前の彼女の言う"バリケード"は人違いか何かなのだろうとデイビッドは脳内に思い浮かべていた部外者マニュアルその3"有無を言わさずにタクシーを呼んで強制送還"を思いだし警備室の電話へと窓から手を伸ばそうとした矢先に、突然首根っこをぐいと掴まれる感覚、そしてふわりと浮いた足にデイビッドは悲鳴をあげた。

「おい虫ケラ」
「うぐっ、ぅ、あ?!」
「余計な事してんじゃねーよ、殺すぞ」
「ひっ、お、おま、」

見上げればいつの間にこの場に戻ってきていたのか、背後から響いてくる低い怒りを含んだ声色。
問わずもがな、ヒューマンモードのバリケードであり、間もなくして視界の端に彼の鋭い眼光を感じてデイビッドはぞくりと背中を震わせた。
ジェイに言わせれば怖くないとはいえ――"怖くない所"とやらを見た事が無いデイビッドからすると恐怖の塊でしかない。
そんなデイビッドの事等まるでどうでも良いかのように、バリケードは自分を掴んでいる手とは反対の手の一部を変形させてギュルと目の前に掲げて首元に近づけ始めた事に対する恐怖よりも――目を見開いたデイビッドの視界に飛び込んだ景色に、ようやく初老の女性の存在を思い出した。
たった今ロボット等いないと彼女に告げたばかりなのにこれでは取り繕う事ができない、しまった、と慌てて頭の中に"万が一遭遇させてしまった時の対応マニュアル"を必死で思い返したまさにその瞬間。

「バリケード、……どけなさい、その手を」

目の前に現れて首根っ子を情けなくも掴まれているデイビッドに、そしてその背後でギチギチと鳴り響く妙な機械音にも驚く様子一つ見せないまま目の前の初老の女性が口を開いた。
そんな彼女の言葉よりも、真っ先に驚きの矛先が向いたのは自分の首根っこが緩められて再び地面に足がついた事。
いつもなら泣いて懇願するかジェイの仲裁が入るまで許してはくれないであろうバリケードのその行動に、降ろされた地面と同時にデイビッドは勢い良く背後を振り返った。
こちらが羨ましくなる位に整った顔をしている彼は酷く不満気に顔を歪めてはいたが、反対側の手はいつの間にかきちんと人間の形に戻っている。
そしていつも獲物を射るように光らせている紅い瞳は――自分を通り越して背後、彼女へと向けられていた。

「遅ぇ。何でテメエはいっつもそうやって手間をかけるんだ」
「たまには運動もしないといけないでしょう?」
「時間の無駄だ」
「あらやだ、拗ねるなんて貴方らしくない」

苦虫を噛み潰したような表情を宿すバリケードに、くすくすと穏やかに笑う初老の女性にデイビッドは訳が分からずに目を丸くしたまま言葉を失った。
それもそうだ、"あの"バリケード相手に笑みを零せる人間なんてそうそう目にかかる事は無い、その上バリケードが素直に彼女の言う事に従ったのだから。
更に、自分の横を通り過ぎて彼女の小さな鞄を指に引っ掛けたバリケードの行動にデイビッドは思わず口をあんぐりと開いてしまった――何かの見間違いとしか思えない。

「警備お疲れさまです。ごめんなさいね、突然の申し出だったんでまだここまで連絡が来ていなかったのかもしれないわ」
「え、っと……、貴方は――、」
「雪菜・七津角です。今日はジェイはいないのかしら?」
「いえ、彼は、」
「おお、来たか」

一体何が起こっているのか全く持って見当がつかないまま、ようやく名前の出された良く知る人物、そして背後からかけられた声にデイビッドは安堵を漏らした。
見れば少し小走りにこちらにやってくるジェイの姿。その手には先ほど出て行ったときのファイルは持っていない辺り無事に用事も済んだのだろう。

「ジェイ、こんにちは」
「久し振りだな、もう具合はいいのか?って……ここまで来る位だから愚問か。旦那さんに乗せてもらったら良かったのに」
「これぐらい運動もかねて運動しないと、ますます足腰が弱ってしまうわ」
「どうりで。こいつの不機嫌さにさっきもデイビッドが犠牲になってたぞ」
「あら、ごめんなさい、今も叱ったところなのよ、まったく」

小言を漏らすように雪菜が隣の若い男性――バリケードを見上げると、彼は未だに不機嫌そうな表情を宿したまま。
それでも肩に彼女の鞄をかけ、そして腰を支えるように手をまわしているその様子に、デイビッドはついに頭がおかしくなったのかとごしごしと目を擦ってはみたが、目の前の光景は何一つ変わらない。
そんなデイビッドの様子にジェイが面白そうに笑いながら来客のバッジを持ってくるように指示をだし、目の前の二人に改めて向き直り懐かしい笑みを漏らした。

前回会ったのは数ヶ月前だっただろうか、無理矢理にバリケードに乗せられてきてここへやってきた雪菜は酷く不満そうな表情だった上に、帰りはバンブルビーに乗って帰ってしまった事をこの金属生命体は覚えているのだろう。
それが故に今回は彼女が一人で行きたいとの申し出も渋々受け取ったのだろうと思うと――相手がディセプティコンであろうと、恐怖なんて一気に吹き飛んでしまうというものだ。

「そういや、つい昨日もレノックスが来てたぞ」
「彼も元気にしてたかしら?」
「アイアンハイドの嬉しそうな顔っつったら」

ああ、とその言葉に雪菜もまた懐かしむように言葉を漏らした。
見た目こそジェイの知っていた彼女からは随分と年月を感じさせるものになってしまったが、未だに発言も身振りも何一つ記憶している彼女と変わらない。
70歳を超えたところだろうか、それでも雪菜は他と比べると随分と若々しく感じる――昨日訪れたレノックスも然りなのはさすが元軍人というべきところか。

「おい、早く行くぞ。ここは虫ケラが騒がしい」
「せっかくジェイに会ったんだから少し位ゆっくり話をさせてくれてもいいのに」
「長居をして帰りの渋滞に巻き込まれて文句を言うのはテメエだろ」
「渋滞に巻き込まれて目の前の車を威嚇するのは貴方の十八番でしょう?」

くすりと愛嬌のある笑みを漏らす雪菜にも確かにバリケードから発されているモーター音は聞こえている筈なのに、その表情には恐れも恐怖も見受けられない。
外見の年齢からだけで判断すると祖母と孫といってもおかしくない筈なのに、その様子はどちらかというと長年連れ添った関係に見えてしまう、と言葉を交わしあう二人を見つめてデイビッドがジェイに説明を求めるように視線をよこしたが、ジェイは嬉しそうに二人を見つめたまま。
一体この二人は何だというのか、"あの"バリケードが彼女の腰を支えるように回している手、慣れたように少し身体を預けながら隣に立つバリケードを見つめている雪菜のその姿はまるで――恋人同士のようではないか。

「行ってやれよ、雪菜。オートボット達も待ってるだろうし」
「悪いわね、久し振りに会えたのに」
「気にするな、手続きはこっちでしとくからごゆっくり」
「ありがとう、ジェイ、それに……彼方はデイビッドね?次からは変な事しないようにちゃんと言っておくわ」

申し訳なさそうに眉を八の字に落とした雪菜にジェイが笑って門を開閉するボタンを押した。
重たい鉄格子がガラガラと音を立てて開き、雪菜がバリケードに笑みを一つ浮かべた――楽しみだと言わんばかりにキラキラとした笑顔といったところか。
隣を歩くバリケードはそんな雪菜に露骨に顔を顰めて溜息を漏らしたが、そのまま彼女の腰を軽く押しながら歩き始めた。

「おい、虫ケラ。それ貸せ」
「え、あ、」
「こら、そんな乱暴に取らないの」

手に持っていた来客のバッジを踏んだくるように取り上げたバリケードにすぐに振ってくる声。
大丈夫ですよ、と人前である以上苦笑を漏らす事の出来ないデイビッドは、一瞬手に触れた感覚にすぐに歩き始めたバリケードの背後を見つめた。
先ほど自分の首を持ち上げ後機の彼の手は確かに自分と変わらずに温かかった筈なのに、一瞬触れた指先はひんやりとしている。
人ごとならぬ機械ごとのそれにデイビッドは今の出来事が何一つ腑に落ちずにただ二人の背後をじっと見つめたままでいると、ふとジェイが肩に手をかけてきた。

「可愛いとこもあるもんだろ、あいつにも」
「ジェイ、今の人は?」
「バリケードの嫁さんだよ」
「……は!?あいつの!?え、いや、でも……え?」

予期せぬ回答にデイビッドが勢い良く振り返ってジェイを振り返ったその反応に、ジェイは子供のように悪戯な笑みを浮かべながら再度デイビッドの肩を数回叩いた。
機械生命体といえど、人間相手と恋に落ちるというのは一見おかしな話だとはいえ、デイビッド自身も実際に何度か耳にした事がある。
ジャズにおいてはたまに車内いっぱいに花を積み上げてどこかに出かけて行くその様子に、ジェイが"楽しんでこいよプレイボーイ"だなんて声をかけていたのを目撃した事はある――とはいえ、だ。

「彼女も元軍人だぞ。オートボットとディセプティコンが和解してすぐ、まだレノックス"少佐"だった頃からの部下でな、雪菜は。まぁ何だ、その関係もあってかは知らんが長い付き合いだよ、雪菜とバリケードも」
「レノックスって、あの伝説の……NEST結成時の……?」
「あぁ、そうだ。俺がまだお前さんぐらいの若造の頃はあの人も、それから雪菜もバリバリと現役で働いててな。そりゃ毎日騒がしかったぞ、雪菜がバリケード相手に大激怒した日にはNEST基地が半壊したぐらいだ。アイアンハイド以外は全員ここぞとばかりにディセプティコンの駐屯地に攻め入ったりして……最終的にバリケードの謝罪があったから納まったものの、なかったら今頃確実にNEST基地は引越ししてただろうなぁ」
「元軍人なんですか、雪菜さん……どうりで、とはいえ、あのバリケード相手によく、まぁ」
「猛犬の飼い主、だなんて呼び名も通ってたぐらいだからな。それにしても……オートボッと達は全く変わらないのに、人間は年を取るもんなんだなぁ」

楽しそうに語りながらもぽつりとしんみりとした言葉を落としたジェイに、デイビッドは未だに目を瞬かせたまま小さくなっていく二人の背中を目で追っていた。
彼女が姿を現す前にはあっという間に居なくなったのに、まだ目の届く範囲にいるのは彼女の歩幅のせいだろうか。
相変わらず腰に手をまわしたままのバリケードに顔を向けて何やら楽しそうな笑顔を浮かべている雪菜に、バリケードもまた視線を向けている。
今の今までバリケードには"笑う"なんて機能がついていないんじゃないのかと思っていたデイビッドの瞳に飛び込んできた、"一応"笑みを浮かべているその姿に、最早デイビッドには瞬きを何とかする事しかできない。

「なんか……意外っていうか、あのバリケードが、」
「言ったろ、意外と優しい奴だって。なんだかんだでもう50年ぐらい連れ添ってるからなぁ、あの二人は」
「……マ、ジですか」

ガチャリとドアを開けていつもの定位置にどかりと足をおいたジェイを窓越しに感じながらも、自分の視線は小さくなっていく二人から外す事が出来ない。
そんな様子にいつもならジェイがからかいの言葉を投げても可笑しくないが、今日の彼は少し違う。
ふ、と懐かしむ様な笑みを宿したデイビッドをようやく視界に入れてから、ジェイは首筋を伝い始めた汗を手で拭った。

「たまに雪菜が来るんだよ、オートボット達に会いたいって。バリケードはああだから渋々だけど」

ポケットからタオル、なんてものは持ち合わせてないデイビッドが手についた汗を空で切っていると、窓からギシリと椅子の軋む音が聞こえてくる。
久し振りの来客、もとい、上司にあえて嬉しかったのだろうか珍しくその表情は満足そうな色を宿しており、やがてククっと面白そうな笑い声をジェイは漏らした。

「機械生命体も意外と一途なトコロがあるんだぜ?」
「あのバリケードがってのが、何とも……」
「ここは暑いだろう、中と違ってクーラーも効いてないし。だから雪菜はここでの長居は危険だと勝手に判断したんだろう、過保護な旦那さんは。今頃手短に切り上げられた事にどやされてなきゃいいけどな」

その言葉にデイビッドは汗をきった手元に視線を落として、あ、と先程一瞬だけ触れたバリケードの手の感覚を思いだした。
彼等機械生命体は人間を模していたとしても表面温度やら内部温度を自由自在に変えれるという事は聞いた事がある。
もしかしてこの炎天下に歩いてきた彼女の体調を気遣って――簡易クーラーにでもなっていたというのか、あのバリケードが。

「ああ見えてバリケードは雪菜にべた惚れだぞ」
「ロボットは見かけによらないってやつですか」
「だな。――あの二人を見てると、人間とロボットなんてのも意外とロマンチックなもんだなってつくづく思うさ」
「バリケードの辞書に"一途な恋愛"なんて言葉あった事に驚きですけど。でもまぁ……50年も変わらずにってのは、……ちょっと見る目が変わりました」

くつくつと笑いをかみ殺すデイビッドにジェイもまた喉を鳴らして小さく笑った。

歳を取る人間、歳を取らないロボット。
それでもいつの日も変わることなく彼女を思い続けるバリケードの何と健気な事か。

間もなく、遠くない未来にやってくる永遠の別れに果たして彼は――と考え始めた思考をストップさせてから、ジェイは外に突っ立ったままのデイビッドの視線の先を追いかけた。

野暮な事は考えるものではない、50年も寄り添った二人の覚悟はきっと自分には分かる事等ないのだから――……






****
ごめんなさい、書いてみたかったんです。
普段恋愛のお話を書いている分、その後大分たってからのお話ってやつを。
なんだか書いててしんみりしてしまいました、ばりけーど……!
相変わらずの自己満っぷりです、ごめんなさい(ヘコヘコ


>>back