TF-short | ナノ
 


ツンコルベット





サイドスワイプは悩んでいた。

傍から見ればギチギチと嫌な機械音に通りかかった隊員達は耳を塞いで不快感を露にするが、そんな事当の本人には知ったこっちゃない。
壁からタイヤも顔も見えているが本人は至って隠れているつもりなのだろう、プシュンと黒い排気を漏らしながら暫くして――首を落とした。それはもう、金属生命体だろうが何だろうが、傍から見てもそれは分かり易く。

『お前うるせーよ』 

ガツン、とそんなサイドスワイプに声をかけたのはオートボットの副官ジャズ。
人間的には軽く小突いただけだろうが、相手が金属生命体となれば話は別。
ガキンと大きく響いた音に周囲の隊員が身体を震わせて耳を閉じた。

『いってぇ、何すんだよぉ、ジャズにぃ』
『五月蝿いっつってんの、なーにこんな所で変な音立ててやがんだ』
『べ、別に俺は……そんな、何も見てなんかねぇからな!』

ケッ、と顔の前でぶんぶんと手をふるサイドスワイプの何と正直な事か。
もともとの戦闘能力だけならず、嘘のつけないところもあの黒くて大きい師匠譲りなのだから面白い話。
くつりとジャズが笑いながらぎゃんぎゃん騒ぐサイドスワイプを他所に、彼の見ていた方をへとカメラアイを向け――雪菜の姿を見つけた。

『ん?何やってんだあいつは。大荷物じゃねーか』
『……引越しだって』
『引越し?あぁ、そういやぁ……今日だったか』

ポツリと呟かれたサイドスワイプの言葉をブレインサーキットで受け止めて、比較的新しいメモリに残る雪菜の情報回路を開いた。
そういえば、今までNEST基地に常駐していた彼女が基地から少し離れたアパートへと引越しをすると言っていた気がする。
もともと兵士ではない彼女が24時間待機を機軸とする女子寮に住んでいたのも基地の様子を把握する為だけである、よって、比較的仕事にも慣れてきた彼女が再びNEST基地外へと住居を決めたのは当然の流れといえば当然の流れだ。
良く見ると雪菜の部屋からどでかい縫ぐるみや、本棚等、バンブルビーが次々と窓から手を入れて引き出しては、女子寮前に止まったトップキックの荷台に乗せていっている。

『何だ?あぁ、寂しいのか?』

別に彼女がNESTの寮から離れるといっても仕事から離れる訳ではない。
毎日のように格納庫に姿を見せるのだから何一つ今までと変わらない筈なのだが、とジャズが告げるとすぐさまサイドスワイプから”別に!”という予想していたとおりの返事が帰ってきた。

『ただ、』
『うん?』
『俺の車で下見に一緒に行ったのに、行く当日はなんで師匠なんだよ』

確かに街中に下見に行くだけならばコルベットで事は足りるが、引越しともなれば、アイアンハイドのトップキックのほうが一度で済む。
それでも聞くからに声の小さくなったサイドスワイプは最期にもう一度プシュンと黒い排気を漏らして小さく頭を振り、その様子に”なるほど”とジャズは隣で未だモーター音を掻き鳴らしているサイドスワイプを見てスパーク内で苦笑を浮かべた。

『一緒に行きたいって言やぁ良いじゃねぇか』
『だって、俺男だしそんな事言えねぇもん』
『アイアンハイドに聞いてやろうか?』
『だ、だめだ!師匠には言うなよ!』

絶対だぞ、と慌ててギュルギュルタイヤを空回転させ始めたサイドスワイプにジャズは両手を挙げて観念のポーズを一つ。
それに宜しく安心を漏らしたサイドスワイプが再び壁の影から雪菜たちの姿を見つめ始めたのを良い事に、パチンと小さな音を立ててジャズはトップキックの回線を開いた。

告げる事なんて一つしかない、この素直になれない弟子の気持ち等、ドがつくほど鈍感な師匠は気付いていないに違いないのだから。

『あれ?』
『おう、どうした』
『師匠から通信が……、』
『ほう、何て?』

ちょっと待て、とやけにソワソワした声を上げてありとあらゆるモーターを掻き鳴らすサイドスワイプの嬉しそうな事といったら。
漏れてしまいそうな笑みを堪えてその様子を見守ってやると、途端にどこからともなくパスンと気の抜ける音が響いた。

『師匠の運転席に雪菜、足が届かないんだって』
『なら、お前が言ってやらねぇとな』
『で、でもよぅ……ジャズにぃは?』
『俺はやらなきゃなんねー事で手一杯なんだ。悪いが任せたぞ』

ここでジャズが”じゃあ自分が”何て言えばどうなるかなんて目に見えている。
そうこうしている内に、こちらに気がついたのか、雪菜がひらひらと遠くから手を振っている様子にキュインとカメラアイを合わせたサイドスワイプは――ワザとらしく肩なんて竦めてジェスチャーを返しているが、その背後からは嬉しそうなモーター音が隠しきれていない。
全く世話の焼けるオートボットだ、と笑いながらその肩を叩いてやると、素早くシボレーコルベットに姿を変えたサイドスワイプはカーステレオを鳴らしながら”気だるそうに”二人の下へとタイヤを滑らせ始めた。


『ったく、しょうがねぇから俺が行ってやるよ』





****
スワイプメインで書いてみたかっただけです、はい。
可愛いなぁ、絶対るんるんカーステレオ鳴らして向かうんですよ。
ビーはハイドに待機を命じられて暗いBGM慣らしながらジャズに文句言いに行けばいいんだ。
がんばれ副官!


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