![]() Somebody's me -7- 「ちょっと、新八っつぁん!なんで俺の肉ばっか狙うかなぁ!」 「平助、もう忘れたのか、自分の飯は自分で守れ。」 「一君まで、あぁ、それ俺の仕込んでた肉だっつぅの?!」 目の前でぎゃぁぎゃぁと繰り広げられる、見慣れた光景に雪菜はくすくすと笑いながら自分のお椀をテーブルに置いた。 そして、今こうして鍋を囲んでる面子をぐるりと見渡し、未だ緩みそうな涙腺をぐっと堪える。 「しっかし、雪菜君。こんなに大勢で押し掛けてすまなかったね。」 今更と言わんばかりに、近藤はお酒で真っ赤に染まり上がった頬で、申し訳なさそうに笑う。 その笑顔を目の当たりにすると、前世も今も、雪菜は到底逆らう事が出来ずに、くすっと鍋に具材を入れながら微笑んだ。 「いえ、どうせ二人暮らしですから。」 「ご両親は、イギリスだそうだな。不便な事はないか?」 「はい。」 「ねぇ、雪菜ちゃん。」 ふと、鍋から野菜をすくいあげながら、沖田が思い出したように声を上げた。 「思い出すまでは黙ってたんだけど…。雪菜ちゃん達の父親って、どう見ても、綱道さんだよね?」 その言葉に、雪菜と千鶴のみならず、一同全員がぴくり、と動きを止める。 頭が混乱していたせいか、そこまで考えが追いついていなかったが。 そう言われてみれば、自分たちの父親の顔は、痛い程よく覚えているあの人にそっくりだ。 「僕、イギリスから帰ってから思い出したからんだけどさ。おじさんの職場って、製薬会社だったよね。…しかも、新商品開発関係。」 口にしようとした野菜に息を吹きかけながらの沖田の言葉に、さすがに今まで騒いでいた一同も水を打ったように静まりかえる。 そんな中、熱っ、という暢気な沖田の声だけが、リビングに木霊し、永倉はごくり、と唾を飲んだ。 「はは……、まさか、そんな。…な、なぁ、平助!」 「そ、そうだよ、!すがに現実離れしすぎだっての!」 「ち、千鶴ちゃん!肉!肉はもうねぇか?」 乾いた笑いが響く中、雪菜と千鶴は顔を見合わせて、同時に首を傾げる。 自分達の記憶があると言う事は、つまりは父親の綱道にも記憶があるのだろうか。 「千鶴、何か知ってる?」 「う、ううん…何も…。」 まさかねぇ、と今はお互い曖昧にしか笑い合う事ができない。 一応、今度探ってみようという想いを胸に抱きながら、雪菜は残りの野菜を全て鍋に突っ込んだ。 「お姉ちゃん、お肉ってまだあったっけ?」 「あ、まだあったはずよ。ちょっとまってね。」 そのまま立ち上がり、冷蔵庫の奥に入れておいた肉を取り出し、雪菜はカウンター越しにそれを千鶴に渡した。 千鶴は、それを受け取ると、にっこりと微笑みながらパッケージを開け始める。 「ねぇ、お姉ちゃん。」 「うん?」 「私、あの時からずっと、雪菜さんみたいなお姉ちゃんが欲しいなって、思ってたの。」 今更ながら、照れたように笑う千鶴に、雪菜もまた自然と笑みが漏れた。 「なんだ、記憶戻っても、雪菜の事は”お姉ちゃん”なのか?」 「はい。私にとって今の雪菜さんは、お姉ちゃんですから。」 ふと、ビールを取りに冷蔵庫を物色していた原田が顔を出し、からかうように 笑った。 缶ビールの蓋を開けようと手を駆けた原田に、雪菜が少し目を据え。 「左之さん、飲み過ぎたら帰れなくなっちゃいますよ。」 「あれ、見てみろ。」 くいっと顎で促されるまま視線をおくると、リビングでは先ほどまで騒いでいたのが嘘のように、永倉と近藤が大の字で寝転んでいた。 その隣では、お酒のせいで少し頬が紅い土方が、もくもくと白滝を食べている。 「もう、新八ちゃんも近藤さんも……相変わらずなのね。」 「お姉ちゃん、客間にお布団敷いてこようか?」 「そうねぇ、まだ昼間だし、酔いが冷めるまで寝かせとこっか。」 その言葉に、こくりと頷いて千鶴はぱたぱたとリビングを出て行った。 がしっと肩に乗せられた原田の腕に、ふと顔を見上げると、原田は相変わらず悪戯に目を細めて微笑んでいる。 「お酒くさい。」 「祝い酒だ。」 「先生のくせに…」 体をよじりながら、リビングに背を向ける格好で原田の腕から逃げようとするが、難なく間合いを詰められてしまい。 少しばかりお酒臭い原田に、わざとらしく鼻をつまんでみるが、それでも彼の笑顔は崩せない。 雪菜自身も、彼とこうして再会できた事は何よりも嬉しく、その喜びは今もこみ上げてくるが。 それでも、自分以上に彼から伝わってくる、幸せのオーラに、思わず笑みがこぼれてしまう。 「左之さん、頬ゆるみっぱなしですよ。」 「気付いてないのか、お前もだぞ。」 にぃっと再度嬉しそうに頬を緩めると、原田はちゅっと雪菜の唇に自分の唇を重ねた。 ちゅ、ちゅっと啄むような口付けに、最初は笑顔で受け入れていた雪菜もだが。 回数を重ねるごとに、次第に深くなって行く唇、そして自分の腰に巻き付いた手に、ぞくり、と雪菜は背中を振るわせた。 原田の胸元を押し返してみるが、その手も軽く絡めとられてしまいそのまま続けられる口付けに、お互いがようやく酸素を求めて唇を話たその瞬間。 「なっ、総司っ!どこでそれを見つけたんだ!」 「やだなぁ、今更隠す事ないじゃないですか。いろんな出版社から出てますよ、よかったじゃないですか。」 「てめぇ、おらっ。かえしやがれっ!」 聞き慣れたやりとりが不意に耳に届き、雪菜は宙を仰ぐ。 ガタン、っとテーブルを揺らし今にも掴み掛からん勢いの土方に、雪菜はまだ口付けを続けようとする原田を必死で振り切り。 真っ赤な頬で原田を咎めるように見つめると、諦めたように原田は両手を上げた。 やっとの思いで後ろを振り返ると、雪菜が拝借していた豊玉句集を沖田がひらひらと掲げている。 これもまた、見慣れた光景に、雪菜は頭を抱えながら、リビングへと足を向け。 「総司!これは学校のなんだから丁寧に扱わないとだめでしょっ。」 表紙を丸めて中を読み始めようとした彼の手から、するりとそれを奪い取り。 不満そうに雪菜を見つめる彼の視線を無視して、雪菜はそれを本棚の一番上に置いた。 これ以上騒がないように、あえて、何かまだ言いた気な土方と沖田の間に割って入る。 「土方”先生”もですよ。この時代で、いちいち騒がないでください。」 雪菜にじろり、と見据えられて、土方も少し気まずそうに視線を逸らす辺り、少しは丸くなったと思うべきか。 そしてそのまま無言で再び鍋に手を伸ばそうとしたその姿に、雪菜がふぅっとため息を漏らして、自身の両頬を軽く両手で叩いた。 「土方さん。」 「何だ?」 「…今更、こんな事言うのは、場違いかもしれませんが。」 「どうした?」 「あの時、最期までお傍に居る事ができず、…申し訳ありませんでした。」 その言葉に、土方は一瞬虚をつかれたように目を見開くと、すぐにふっと、その瞳を細めた。 彼女に言いたい事が今でもすぐに伝わり、そして相変わらずの紫苑色の瞳に笑みを浮かべる。 「何言ってんだ。お前の中にある信条に従ったまでだろ。別に咎める事でもねぇさ。」 手にしていたお玉を机に置くと、彼はそっと腕を伸ばして雪菜の頭を優しく撫でる。 いつも、雪菜を宥める時に彼がしていたそれを、それを受け入れ。 「気にするな。」 「…、はい。」 「それより、お前。原田と相変わらずなのはいいが、学校にバレんじゃねぇぞ。…お前がボロだすとは思わねぇがな。ま、今世も、相手と状況が悪かったな。」 「何だよ、土方さん。そりゃねぇぜ。」 いつの間にかすぐ後ろにやってきた原田は面白くなさそうに呟きながら、雪菜の腰を土方の手から引き離すように自分の方へ引き寄せた。 それ見ろ、と言わんばかりの土方の表情に、雪菜は曖昧な笑みを浮かべたが、背後からでも感じる至極ご機嫌そうな彼の様子が伺え、雪菜は首を小さく横に振りながら。 どうやら、今世に置いても我ら副長はいろいろと大変そうだ、と内心で同情するのだった。 **** 前世に比べると、上下関係とか云々、すり減ってると思うんですよね。 だけど、みんな土方さんにはやっぱり頭あがらない。 ポイントは、白滝を食べる土方さんと、お玉片手の土方さんです。 >>back |