薄桜鬼-現代- | ナノ
 



ATTENTION!!
いつにも増して、かなり途方も無い何でもないお話です。
久し振りのリハビリだと思って頂ければ……!ガクブル






レイニーデイ





ザアザアと降り注ぐ雨音、それから顔に僅かにかかる水飛沫に、雪菜は長い溜息を漏らした。
朝見た天気予報の降水確率は0%だった筈なのに。
少しばかり残業をしたのがいけなかった、と今更襲いかかる後悔と供に駅の改札口から空を見上げた。

「止みそうにない、か」

人気がすっかりとなくなってしまった周りをチラと見渡してみると、雪菜と同じ様に空を見上げて溜息を吐いたサラリーマンは一人、また一人と雨の中を走る様に駆け出して行く。
家まで走って10分弱、一走りして帰るしか手段はない、と雪菜もまた意を決して駅のホームから路肩へと走り出そうとした――その時。

「ちょっとまて」
「ひぁ、」

不意にぐい、と後ろへ引っ張られた感覚に、思わず雪菜の口からすっとんだ声があがってしまう。
加えてバランスを見事に崩してしまいそうになった身体は、今の今まで何もなかった"何か"にぽすりと妙に柔らかい音をたてて重なった。

「よぅ」
「左、之さん?!」
「おかえり。遅くまで仕事お疲れさん」

ぽんぽん、と頭に振ってきた温かい感触、そして雪菜の視界に飛び込んできたその姿は――紛れも無い、彼氏である原田の姿。
既に時計は夜の8時を回っているとはいえ、普段のこの時間は彼もまだ仕事をしている時間なのに、と雪菜が目を白黒させていたのに気付いたのだろう、原田はくすりといつもの笑みを浮かべながら口を開いた。

「今日はたまたま早く終わったからな。帰ろうと思ったら急に雨も降ってきたからさ」
「振ってきたか、ら?」
「どうせ傘持っていってねぇだろうと思ってな」

だろ?とどこか満足そうに笑った原田に、雪菜は目を二三度瞬かせてからふぅ、とようやく身体の力を抜いた。

「左之さんの家、私の家から反対方向なのにわざわざ来てくれたの?」
「この雨の中、傘もささずにお前を帰らせる訳には行かねぇからな?」
「もう、本当に過保護なんだから」

くすくすと笑い声をあげれば、原田からは逆に呆れた様な溜め息が漏れる。
端正な表情から眉を少し顰めるその表情に、最初はドギマギなんてしたけれど……全く、慣れとは怖いものだ。
それよりも会う約束もしていなかったのに、仕事帰りにここまで来てくれた事がくすぐったくて嬉しくて。
先程まで感じていた疲労感なんてあっという間に吹き飛んでしまったかのように、雪菜は笑みを零した。

「ちょっとぐらい濡れても風邪なんてひかないよ?」
「俺が、お前に会いたかったって事で勘弁してくれ」
「……しょうがないなぁ」

そう笑って原田の顔を改めて見上げれば、原田もまた苦笑を零してから雪菜の頭に触れていた手をツ、と頬へと流す。
少しだけ冷たいその指先は、もしかして自分がここに到着するまで大分待っていてくれたのだろうか。
そんな事を考えて嬉しさに頬を緩めようとすれば、ふと、目の前の原田が雪菜の目線へと腰を折った。

「んっ」

そしてその状況を雪菜が理解なんてする間なんて一寸も与えられないまま、僅かに温かい何かが雪菜の唇を翳めとった。
勿論それが何かなんて問わずもがな、至近距離にある原田の瞳からすぐにキスの他に考えられない。
思わず静止してしまった自分に笑いかけるように、琥珀の瞳が一度だけ細められたかと思うと、雪菜が次の瞬きをする頃には原田のその瞳はすっかりと閉じられてしまって――

「ちょっ!」

いよいよ本格的に口内に侵入なんてしようとしてきた"ソレ"に、雪菜は後ろへ大きく足をずり下げてから原田の身体を押し返した。
原田は自分の彼氏であり、キスをする事に今更の抵抗なんて何もないのは――誰も見ていなければの話。
が、誰がどう見てもココは外であり、いくら夜とはいえ何時誰が通り過ぎるか分からない。

「ひと、まえは駄目だって言ってるのに……!」
「誰も見てねーよ。雨に夢中だ」
「何が雨に夢中、よっ、ばかばかっ、信じられないっ!」

"人前で過度のスキンシップは禁止"なんて雪菜が原田に突きつけたのは付き合い出してすぐの頃。
ふとした瞬間に、雪菜の気が抜けている僅かな隙をついては、こうして原田は距離を詰めてくる。

「悪い悪い」
「心がこもってない!」

それに何度抗議をしょうが、何度真っ赤になって怒ろうが……結局今まで何一つ変わらない。
本人曰く"好きなんだからしょうがねぇ"なんて開き直っている上に、雪菜自身心の隅で"嬉しい"なんて思ってしまう自分も実は居たりするのだから……最早どうしようもない。

「おい、雨に濡れちまうぞ」
「知らないっ」

クスクスと笑う原田の様子からすると、恐らく自分が100%嫌がってはいない事なんてとっくにバレているのだろう。
それがやはり今更ながらも気恥ずかしくて、ふい、と雪菜は温かかった原田の腕から抜け出すと、パシャリと雨粒を跳ねさせて帰路へと歩き出した。

「悪かったって」
「思ってない癖に」
「わーるかったって、ほら、機嫌直せって。俺の傘入れって」

クツクツと喉で笑う原田の苦笑は勿論雪菜の耳にも届いている。
加えて、頭上に掲げられた大きな黒い傘から、原田がすぐ後ろをついて来ている事も勿論分かっているのだけれど。

「雪菜」
「っひ、」

またしても上がってしまった何とも形容し辛い情けない声。
それもその筈、今度は不意に伸びてきた原田の腕にすっぽりといきなり包み込まれてしまったのだから。
次いでパシャン、と響いた音は傘が地面と触れ合ったものだろう、不意に頬を濡らし始めた大きめの雨粒に雪菜が僅かに顔を顰めるよりも早くに、視界の端に薄く光る紅い髪が入った。

「悪かったって、機嫌直してくれ?」
「……は、反省してるように見えないんだけどっ!」
「なら、どうしたらいい?」

ぎゅ、と背後から原田に抱きしめられ、加えて頬ずりをするような。
そんな状態だけならまだしも、耳にワザとらしくかかる熱い吐息と原田の唇の動き。
一瞬で全身の血液が沸騰してしまうような感覚に、雪菜がワタワタと身体を揺さぶってみても……分かっては居るが、効果なんて全くない。

「ずる、い」
「んー?」

ぼそりと雪菜が呟いた言葉なんておかまい無しと言わんばかりに、背後から抱きしめる原田の力が強くなる。
ぎゅっと密着する背中に広がる温もり、そして頬にスリっと触れる冷たい感覚。
ああ、ここが外じゃなかったら自分だって抱きしめ返して、仕事の疲れを癒すように存分に甘える事だって出来るのに。
外というこの場に対する羞恥性だけならまだしも、雨が振っている今の状況にすら矛先違いな不満さえ浮かんできそうになる。

「……アイス買ってくれたら許したげる」
「100円の?」
「315円の」

ふん、と照れ隠しの様な、それでいて精一杯それを隠す様に雪菜が吐き捨てると、ようやく原田の腕の力が弱まった。
そして地面に無造作に落とされた傘を拾い上げ、再び持ち上げて雪菜に翳すと、パタパタとビニールの上を跳ねる水の粒がヤケに大きく響き出す。
できるだけ不満気な表情を全面に宿して原田の顔を見上げると、彼は楽し気に口元を持ち上げてどこか嬉しそうに笑みを見せた。

「しゃあねぇな、ほら、行くぞ。本当に風邪ひいちまう」

ほら、と雪菜の前に差し出されたのは大きな原田の手。
それに雪菜も黙って手を伸ばしせれば――きゅ、と当たり前の様に指が絡めとられる。
途端に跳ねた鼓動と、熱くなってしまった頬に、原田は気がついているのだろうか?
……気がついているに決まっている、じゃなければ彼がこんなに嬉しそうに笑う筈ないのだから。

「その代わり、半分こな」

くす、と笑いながら引かれた手に身体を預けると、自然と足が再び歩き出す。
鼻歌なんて歌い始めた原田には今更何を告げても後の祭りでしかない。

「そのかわりバニラだからね」

二人分の雨を踏む水音が静かな路地に響く中、雪菜はそう告げてから緩む頬を隠す様に原田の腕に頭を乗せた。




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べ、別人?(ガクガク
リハビリです、リハビリです、リハビリです。
冒頭含めて4回言いました。大事な事なので(キリッ




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