薄桜鬼-現代- | ナノ
 


somebody's me設定




子供教師×大人生徒





教室の扉を開けた瞬間に飛び込んでき男女の姿に、原田が目を見開いた。
偶然だと言われると偶然かもしれないが、わざとだと言われるとそうかもしれないと思うのは、男の姿が”あの”沖田だったから。

「やだなぁ、覗き見ですか?」
「お、まえらなぁ」

教室の扉が開く音に誰よりも先に反応を示したのは、千鶴。
慌てて沖田の胸元を押し返したその様子は何処からどう見ても”キスしていました”という事実からは逃れようがない。
別にそれが悪い事ではないとはいえ、下級生の千鶴が沖田の教室に居る事が――否、付き合ってる二人からするとそれも特に不自然な事ではない。

「別に悪い事してないですよ?」
「あーそうだな、そういうのはどっか他でやれ。俺は今から仕事しなきゃなんねーんだからな、ココで」
「資料室でしたらいいじゃないですか」
「俺はこのクラスの担任だぞ、ほら、お前らも早く帰れ、余計な仕事増やさせるな」

しっし、と言わんばかりに教室で仲睦まじく”逢引”をしていた沖田達に手をふると、沖田こそごねるように口を開こうとしたのも束の間、その手を握って千鶴が慌ててその場を後にし始めた。
これが”前世”ならば沖田のほうが権限は強かっただろうが、どうやらいろいろあった二人の権限はすっかり千鶴に移行してしまったようだ。
何かしら文句を言いながらも素直に千鶴に退かれて出て行く沖田達の後ろ姿を暫く見つめてから、原田はよくわからない溜息を漏らした。

「あ、原田先生」
「ん?」
「お姉ちゃんに、今日は晩ご飯いらないって言っておいてもらえますか?」
「なんだ、デートか?」
「左之さん、何か最近親父臭いよね」

”野暮な事聞かないで下さい”なんて沖田が悪戯に笑うと、真っ赤に顔を染めた千鶴が咎めるように沖田の顔を見上げる。
その視線を見たら負け、とでも言わんかのように沖田が千鶴の額に軽く手を翳してそれを受け止め、そして今度こそ二人は教室を後にした。
ガラガラと閉じられた扉、そして廊下の窓から千鶴が沖田に何か必死に訴えてるその様子は”いろいろな事情を知る”自分からするとつくづく微笑ましく見えるのと同時に、原田は肩を竦めた。

「あいつらも、仲のいい事で」

パタパタと遠ざかる二人の足音を遠くに聞きながら、原田は手にしたファイルから少し分厚い―クラスメイト全員分だ―書類を取り出した。
職員室でやってもいいが、新八が五月蝿い。
資料室でやってもいいが、煙草に手が伸びるばかりでどうにもやる気が出ない。
仕方無しに現れた自分の担任する教室の教卓にそれを置いて、原田は手近にあった生徒の椅子を引っ張りだした。

「あー、そうだ」

いざ書類に目をやり取りかかろうとするより先に、ふと千鶴の言葉を思いだす。
どうやら二人で夕食でも食べてくるのだろう、それは珍しくない。
恐らく千鶴の事だ、メールは既に姉である雪菜に送っているのだろう、自分はリマインダーといったところか。
パチン、とズボンにいれていた携帯を取り出して、開き慣れたメール画面の一番上にある雪菜の名前を選び出し、簡単に言葉を選んでいく。
”今日の夜、千鶴ちゃん、晩飯いらねーってよ。”そこまで打って送信ボタンに手をかけ……そして、またメールの画面を開いて、追記、”だから今日飯行くか?”と。
そういえば新しく家の近くの小洒落たイタリアンの店ができていたな、なんて思いながら原田がカチ、と送信ボタンを押したその瞬間――やけに忙しない音が二つ、耳元に届いた。
一つは、携帯の着信をバイブで知らせる音、そしてもう一つはガラ、と教室の扉を開く音。

「……ナイスタイミング」
「へ?あれ、先生どうしたんですか?」

ぱちり、と両目を見開いてそこに立っていたのは丁度今メールを送信した相手、兼、彼女、兼、自分の生徒の雪菜。
ここが学校だという事を弁えての”敬語”と”先生”という彼女の徹底した様子にも慣れたものだ、と原田は軽く手をあげた。

「丁度今、お前にメール送ったとこだ」
「え?あぁ、すいません、私鞄教室に置きっぱなしで。用事でもありましたか?」

ちらり、教室に入る前に廊下を軽く視線だけで振り返った雪菜は、ガラガラ、と扉を閉じて息を抜くように肩を落とした。
教室には原田の姿だけ、そして今確認したところ――廊下にも生徒の姿も、”気配”もない。
それを原田も察していたのだろう、原田が当たり前のように雪菜を手招きした。

「いや、今日千鶴が飯いらねーって言っておいてくれって今言われてよ」
「千鶴が?」
「今ここに沖田といてな。デートだってよ」
「あぁ、そうなんですか。よかった、帰るの遅くなりそうで晩ご飯どうしようって思ってたんです」

軽く小首を傾げて、教卓へと雪菜も足を進める。
端からみても、ただ生徒が担任のもとへ近づくという風を完全に装いながら適度な距離を保った雪菜に原田がくすりと笑みを漏らした。

「んな警戒しなくても、今は誰もいねーぞ?」
「……いつ誰が来るか分からないじゃないですか」
「お硬い生徒だな、お前は。高校生つったら、ちょっとぐらい悪さしてみたくなると仕事なんじゃねぇのか?」
「……先生、お父さんみたいな事言うんですね」

わざとらしく顔を顰めてみせた雪菜に、原田もまた怪訝そうに眉間に皺をよせる。
冗談です、と軽く笑いながら教卓に両肘をのせた雪菜の額をコツンと指ではじいてやると、くすくすと雪菜は笑い声を上げて原田の手からそっと顔をひいた。

「先生、お仕事ですか?」
「あぁ、つってもすぐ終わるっちゃ終わるんだけどな」
「……その割に、悪戦苦闘してるみたいですね?」

に、と悪戯に笑って雪菜が手にしていた”日直”と大きく書かれたファイルとタン、と教卓の上においた。
剣道場にも、職員室にも、資料室にも。
学園中を探しまわったのにどこにも見当たらなかった原田に悪戦苦闘した、と伝えると原田は虚をつかれたように目を丸め、そして悪い、と苦笑を顔に浮かべた。

「場所を変えるとやる気もでるかと思ってな」
「学園中探しまわったんですからね、もう。はい、ちゃんと渡しましたからね?」
「あぁ、お疲れさん」

そういえば今日は彼女が日直だったか、と確かに受け取ったファイルをぱらりと開いてから原田は担任印の欄に赤のボールペンでサインを記入した。
その後も”ありがとうございます”なんて丁寧に、それこそ只の生徒のように振る舞う彼女に、原田は口元を緩めた。

ここでは自分は教師で彼女は生徒。
それはどう足掻いても変わり様の無い事実だから仕方が無いとはいえ、ふと、何故か今になって先ほどの沖田と千鶴の姿が脳裏をよぎった。
仲良さそう放課後の教室でデートその上、手を繋いで二人で下校だなんて青春ドラマもいいところだ。
”今世は平和そうで”なんて思うと同時に原田は目の前で原田の手元の資料を何気なくじっと見つめていた彼女を瞳に入れた。

「なぁ、雪菜?」
「……、」
「雪菜?」
「……七津角、です」

ジロリ、と訴えるように唇を尖らせながら見上げ、そして不満そうに鼻を鳴らしてまた手元に視線を落とす。
何をするでもなく、鼻歌なんて暢気に紡ぎながら軽く頭を揺すっていた雪菜に、原田はそっと手を伸ばた。
もしこの場にいる自分が教師でなく、生徒だったら。先ほどの沖田達みたいに自分達二人は教室で逢引なんてしていただろうか、もちろん愚問だ。
そんな事を考えながら触れた頬に、ぴくり、と震えると同時に雪菜から”駄目”と視線越しの無言の訴えを受け取った、筈だが――気付いたら首をぐいと引き寄せていた。

「ん、ん!?」
「静かにしねぇと、見つかっちまうぞ?」

くすり、と口元にだけ笑みを浮かべたが、それは雪菜の瞳には届いていないだろう、それほどまでに近い距離、唇の触れ合ったまま囁いているのだから。
教卓ごしに引き寄せた彼女は咄嗟に抵抗しようと原田の胸元を押し返すが、そもそもこの身長差と距離ではそれもままならない。
ちゅ、というリップノイズは最初こそしたもののすぐにそれは静かな熱の落とし合いに変わりーーどれくらいたっただろうか。

「ふ、ちょ、せ、んせ……!」
「あぁ、やっべ、そういうのって燃えるよ、な?」
「何言っ、て……!」

彼女の抵抗も頭のどこか片隅では理解できているものの、他の大半が全くもって言う事をきかない。
自分の唇に触れる彼女の柔らかい唇を角度を変えてもう一度味わおうとした、その瞬間に一際大きな痛みが自身の唇を襲った。

「痛、って」
「っは、……も、左、之さん!」

痛みに顔を顰めた自分とは違い、肩を上げながら息をつく彼女を視界に入れて――ようやく現実に引き戻された感覚とともに後悔が押し寄せてきた。
雪菜もようやく離れた原田の顔に、これ以上ないばかりに顔を引き離し、そして唇をはみ出して濡れてしまった口元を制服の袖でぐいと拭いながらさっそく込み上げた怒りを原田にぶつけようとするよりも先に、パチンと大きな音とともに目の前の原田が手を合わせた。

「悪い!ほんと、悪かった」
「……な、」
「………悪い、マジで」
「あの、先生?」
「……悪い、あー……ホント、悪い」
「ちょ、左之さ、ん?」

ガタン、と結構な大きな音とともに額を教卓に落とした原田に、雪菜は驚きとともに目を瞬かせた。
身体の力がぬけたように教卓の上に頭を預ける原田は、数回ガンガンと額をぶつけ、それと一緒に彼の紅髪がさらさらと揺れている。
突然キスをしてきたかと思うと、突然謝り始めてしまった原田の後頭部をぽかんと見つめて、彼には見えないとはいえ、雪菜は怪訝な色を浮かべた。

「沖田と千鶴ちゃんが……仲良さそうにしてるのみて、よ。その、何つーか、その。羨ましいと思っ、て」
「……は?」
「ほら、あいつらは生徒同士だろ?だけど俺は教師でお前は生徒で……だから、無理なのは分かってたけど、その」
「まさか、その、あれですか?千鶴と総司見て、自分も!だなんて……”まさか”そんな事、思っちゃった、りしたんですか?」

”訳分かんねぇ”と自分で言いながら教卓に頭を落とした原田を、雪菜は唖然として見つめる事暫く。
小言の一つでも、否、小言じゃすまないが何か文句でも言ってやりたかった気持ちもこうも謝られてしまうと行きどころを失ってしまう。
ガンガン、と未だに額を教卓に打ち付けているその姿は、恐らく彼も自分で反省をしているのだろうと思うと漏れ出ようとした言葉はため息と呆れになって消えてしまった。

「……子供じゃ、ないんですから……」
「わぁってる、あーもうホント、何やってんだ俺は。悪かった、以後自重します」

ぐしゃぐしゃと自分の髪をかきあげる原田の申告には、さすがに怒る気も失せてしまう。
沖田と千鶴が普段から仲睦まじくいる様子は学校のみならず、家でも原田は十分に見てきている筈だ。
なのに、こんな”自分も”だなんていう行動にでるぐらいだ、何か余程の……考えたくないが、何かを見たのだろうか。
あー、だの、うー、だのとラシくない呻き声を漏らしている原田を暫く見つめてから雪菜はため息を一つ、原田にも聞こえるように漏らした。

「先生、私そろそろ帰りますね」
「…………怒ってるよな?」

たまに強引な所が原田にあるのは認めるが、今の今まで学校でそんな事をしてきた事が無い。
怒っていないといえば嘘になるが、怒っているというのもまた嘘になってしまいそうな訳の分からない感覚に、雪菜は教室の後ろにある自分の籍、机の上に置いたままの鞄を手にとった。
その間も原田からの視線を感じていたが、あえてソレを振り返る事をしないのはせめてもの小さな制裁といったところだ。
やがて鞄の中を一瞥して、ちかちかと受信を告げていた携帯を開き、そしてぴくりと指を止めた――タイミングいいったりゃ、ありゃしないと苦笑を浮かべ。

「……先に帰って、私服に着替えてます。……制服だと目立っちゃうから」
「え、」
「早く、お仕事終わらせて迎えにきてね?」

ひらり、と携帯の画面を原田へと向けると、呆気にとられていた原田もやがて暫く前に送ったメールを思いだしたのか”了解”と笑みを浮かべた。
少しだけ垣間見せたいつもの彼女の表情に口調、それに緊張していた胸をホッと胸中でなでおろし、”先生、さようなら”と後ろ扉からそそくさと出て行った彼女の遠ざかって行く足音をききながら、触れたばかりの唇を指でなぞる。
駄目だと分かっていながらも、嬉しさに緩んでしまう口元を手で隠しながら、教卓の上に放り投げたままだったボールペンを手にとり、今度こそ集中して手元の仕事に取りかかった。
少しでも長く、愛しい彼女を堂々と腕に抱きしめれる時間をとれるように、と。




****
すみれ様より100000hit企画リクエストに頂きました。
somebody's meの設定で、沖田×千鶴のキスに発情した左之先生がヒロインに悪戯するお話という事で……悪戯どころじゃすまなかった(どーん
むしろ原田サンが地味に子供化しているような。多分普段から地味にこの二人には教師と生徒なんていう葛藤がついてまわっていると思うんです。
時代が違うからじゃすまされない、面倒な壁といったところでしょうか……それすらあっという間にぶち壊すのはもちろん原田先生(笑)
雪菜嬢はどっちかというと前世通りちゃんと”お仕事”としてある意味任務をこなすように学生生活を送っている分、自制心なんておてのもの。
この辺は慣れたもの、な感覚だと彼女は思っていても……当の原田さんが、全くもって受け入れれてない(笑)
原田先生に自己反省してもらおうと思いながら書かせて頂いたお話でした。
ガンガン頭ぶつける原田さんなんてあんまり見る事なさそうで……可愛いだなんて思ってしまいました(笑)
もう少し、この二人は現世での絡みをコレからも書いて行けたらなぁ、と思います^^

すみれ様、リクエストありがとうございました!



>>back