薄桜鬼-現代- | ナノ
 





まさか、まさか





パラリ、パラリと捲られる雑誌、よくある”夏のデート大特集”というページを覗き込みながら、雪菜は隠れて溜め息を一つ漏らした。
自分のそんな様子は目の前の男、頭を抱え込んで唸り声をあげている永倉には到底気付かれていないだろう。
それが幸いでもあり、同時に辛くも感じながら雪菜は頬杖をついたまま男らしい太い指先を見つめた。

「なぁ、どっか良い案ねぇか?」
「良い案って言われてもねぇ……夏のデートっていったら海とか花火が定番じゃないの?」
「そんなラシイ事できっかよぉ……もっとこう、シンプルでかつアピールができるだな、」

ぶつぶつと頭を抱え込んで雪菜のほうをチラリとも見ようとしない永倉の言葉を、雪菜もまた話半分に聞きながらその指先に光る”高校生らしい”リングを無造作に指でなぞった。
ちょうど先月だっただろうか、”ついに買っちまった”等と嬉しそうな笑顔をこさえて雪菜の前でわざわざ披露してくれたソレ。
永倉が生まれてきてからこのかた延々と片思いを続けていた彼女と愛でたく結ばれたのは7ヶ月前、正確には12月24日のベタなクリスマスイブだ。

「アピールったって、もう新八は付き合ってるんだから今更アピールも何もないんじゃないの?」
「ちっげぇよ、わかってねぇなぁ、こういうのは付き合ってからが大事なんだぞ」
「あーはいはい、好きなとこ行けばいいじゃない。何なら私があの子に聞いて――、」
「駄目だ!それだけは絶対雪菜だろうが駄目だかんな!」

自分が何か言っても、指先のリングに触れても顔すらあげようとしなかった永倉が、突然がばりと顔をあげる。
それほどまでに”あの子”の名前にすぐに反応する永倉に、雪菜は目を瞬かせてすぐに視線を逸らした。
雑誌を読んでいた彼が顔を上げるとその距離は約30cmといったところか、その距離に心臓が高鳴ったのは悲しいかな自分だけ。
目の前の永倉はそんな事よりも必死な面持ちで雪菜を見つめているときた――たまったもんじゃない。

「わかった、わかったってば」
「絶対だかんな?!」
「はいはい、もーいいじゃない、いつもの映画で」
「映画、なぁ……悪くない、と思うけどよぉ」

先ほどまでの勢いはどこにいたのか、再び顔を落として百面相のように悩み始めた永倉に、雪菜はついに盛大なため息をわざと漏らした。
ばか、鈍感、気付いてよ、と何度心の中で叫んでも目の前の男には届かない、届かなかった。
こんな男に”一目惚れ”なんてして想い続けてきた自分に本当に呆れてしまう、それと同時にやはりまだ行き場の無い想いが消える事は無い。

「おぅ、新八、雪菜」
「おぉ、左之!ちょっと聞いてくれねーか?」
「まーたデートの行き先を雪菜に縋ってんのか?」
「だってよぉ、俺だけだと、その、お洒落なデートってのは思いつかねぇんだ」

トン、と向き合って座っていた自分達の間に、これまた大きな手が落ちてくる。
顔を上げてみると、永倉の親友でもある隣のクラスの原田の姿。
永倉が何か言いだすより先に、雑誌に視線を落としたのだろう原田は苦笑まじりの表情を浮かべながら雪菜の頭にぽん、と手を置いた。

「映画でいーんじゃねぇか?」
「映画ってなぁ、前も……あ、そうだ、ダブルデートってやつしようぜ!」
「は?」
「いいじゃん、俺と、あいつだろ?それに左之と雪菜で!」
「ちょ、ちょっと新八、私と左之は別に、」
「そうと決まりゃぁあいつの開いてる日聞いてこなきゃな!」

ガタン、と席を突然立ち上がった永倉に、雪菜が狼狽えた声をあげて慌てて彼の腕を引っ張った。
自分より太い、男らしい腕。
捲った腕は少し日に焼けていて、問わなくても彼がスポーツに明け暮れてる事が一目で分かる。
自分の手では掴みきれない、その太い腕を捕まえて永倉の顔を見上げると彼は雪菜を見るなりにかっと満面の笑みを浮かべた。

「頼む!明日昼飯奢るから!」
「で、でも……」
「な?」

パチン、と両手をあわせる永倉を見つめ、そしてそろりと片目を開けて伺いを立てる彼には――断る言葉も失せてしまう。
何が楽しくて好きな男とその彼女のデートを見守らないと行けないのかと悪態をつきたくなるが、目の前で一生懸命頭を下げている彼に悪い印象を与えたくないなんて邪な感情が浮かんでくるのは否定できない。
そのままため息とともに軽く頷くだけ頷いてみせると、目の前にはほら、自分が好きになった満面の笑顔。

「サンキュ!まじ感謝する!」

にっと笑ったままバタバタと教室を後にした永倉の後ろ姿を見つめ、手元の雑誌を見つめ……そして、今まで永倉が座っていた席に腰を下ろした原田の顔を見上げた。
その表情は苦笑のような、呆れた様な。
意味を問わずともその表情の意味は分かる、それほど自分は”周りを固めて”頑張っていたのだから。

「良かったのか?」
「……断るに断れないでしょ、あれじゃ」
「まぁ、な」

へにょ、という効果音がぴったりだろう、机に突っ伏して肩頬を雑誌の上に落として視線を窓の外へ送る。
締まっている窓は少し曇っていて、汚い。
やがて視界に入ってきた原田の片手が、再度ぽんぽんと頭を撫でて”お疲れさん”なんて声をかけてくるもんだから、今まで蓋をしていた気持ちがどろっと溢れ出してきそうになる。
気付いたら少し歪んでいた視線を堪えるように瞳を閉じて、そして開いた。
視界にあい変わらずある原田の右手、その薬指には永倉と違って光るものも何も無い。

「何で、」
「ん?」
「何で、私じゃだめだったんだろう」

自分で言って、自分で悲しくなる。
幼なじみ、なんてはなから敵う訳がない。
永倉を好きになったたった1年に比べると、彼はもう十数年も一人の女性を見てきたのだから。
敵う訳がないと何度言い聞かせても、言い聞かせても。
答えのない”何で”が胸の中に溢れかえり、堪えた筈の涙が右の瞳から雑誌まで、ほんの数センチの距離を伝った。

「泣くなって」
「泣いてな、い」
「じゃあ、泣け」
「何そ、れ」

くす、と鼻声で笑いを漏らしながらも、相変わらず机に頬を付けたままぼんやりと頬に振ってくる原田の手を受け止めた。
今顔をあげると重力に従って頬を涙が伝い始めてしまう。
メイクが崩れてしまうから、極力泣きたくない、だけど、優しく頬を撫でる温かさが妙に胸に沁みてしまいぽろぽろと溢れた涙に雪菜は瞳を閉じた。

「ごめん、左之」
「んー?」
「いつも迷惑かけて、それから……ありがと」
「何らしくない事いってんだ。安心しろ、俺が傍にいてやっから」

”手のかかるヤツだ”なんてくつりと笑う原田の笑い声は、永倉のものとはまた違った魅力を秘めている。
さすが、こういう優しさが”女子生徒に人気の原田君”なのだと思う納得が行くと同時に、申し訳ない気持ちが胸を過った。
永倉が好きだから協力して欲しい、と素直に彼に告げた1年前。
それから事あるごとに3人で遊んできたこの1年、親友の原田ならば永倉の片思いの事も知っていただろう、それでも一度も彼は諦めろとは言わなかった。

「優しいね、左之は」
「お前限定でな」
「ふふ、そういうとこも優しいよ。……ほんと、ありがと」

涙を指先でそっと拭っていてくれた原田から、ふっと漏らすような笑いが聞こえてきた。
溢れる涙がゆっくり水気を失うと、さらりさらりと髪にかかり始めた彼の指先が心地いい。

「左之もいつか彼女できちゃうのかなぁ」
「どうかね、出来たらいーんだけどな?」
「選びたい放題じゃない……何、それとも好きな人いるの?」

そういえば、いつも自分の話ばかりで原田の恋愛事情については尋ねた事が無かった。
最も、尋ねるまでもなく彼がモテるのは知ってはいるが、彼自身の気持ちについては聞いた事が無い。
今まで彼女という存在を作らない彼にも何か理由があるのだろうか、と湧き出た素直な疑問にゆっくりと頬を上げてみた。

「ぷ、お前雑誌が張り付いてるぞ」
「え、うぁ……インク写ってない?」
「セーフ」

ぺり、と確かに音がした雑誌を頬からはがし、ぱたぱたと軽く頬を叩いてみれば、目尻に溜まっていたもう片方の涙を最後に原田が指先で拭った。
そのまま視線を雑誌へ落としてみると、見事に涙で一部だけがぐしゃりとふやけてしまっている――よだれとでも言い訳をしよう。

「せっかくの夏休みなのに、デートの予定はないの?」
「俺がそんな事してると、お前が一人になっちまうだろう?」
「そんな事気にしなくていいよ、左之だって青春をエンジョイしなきゃ!」

わざとらしく手を上げてみると、原田は少し驚いた表情を宿してすぐにその端正な顔を緩めて微笑んだ。
優しい原田はいつも自分や永倉の事ばかり優先してくれていた分、力にはなれないかもしれないが協力ぐらいはしたい。
そう彼に伝えるのは思えばこれが初めてかも知れない、友人失格だ、なんて苦笑を漏らして原田が指先に拭った涙をぺろりと舐めたのに笑みを漏らした。

「俺は俺なりに楽しんでるからいーんだよ」
「え、なになに、好きな人とデートの予定でもあるの?」
「しつこいぞ、お前も」

コツンと叩かれたおでこに、冗談半分で額を彼の手の上から押さえて大袈裟に”痛い”と喚いてみると、彼もまた”どうしようもないヤツだな”なんて笑いながら額を軽く撫でる。
もっと、なんてわざとらしく額を突き出してみると、ふと額にかかっていた原田の手が止まった。

「ん?」
「俺だってデートの約束ぐらいあるぞ」
「あ、やっぱり?くそぅ、左之も夏休みの終わりには彼女持ちになっちゃうのかぁ、ずるい」
「ずるいって、お前なぁ」
「ふふ、冗談。応援してるから、がんばってね」

自分の為に今まで協力してくれた原田には、素直に幸せになって欲しいと思う。
1年ずっと一緒に居た原田までも彼女を持つとなると――正直寂しいという気持ちもあるけれど、だけどここは親友のためだと雪菜は精一杯笑みを浮かべてみると、こちらを見つめていた原田の瞳がふと細められた。
何か、という疑問と同時に額に当てられたままだった彼の手に首を傾げてみた、その時。

「え?」

コツン、と額が重なった。

永倉と顔を近寄らせた先ほどの距離よりも、もっともっと近いその距離。
額が合わさった事でくしゃり、と歪んだ前髪が少しだけ視界の端に届いたけれど、それよりも間近にある真剣な琥珀の瞳に雪菜は思わず目を見開いた。

「左、之?」
「俺もそろそろ本気だして彼女作りすっかな」
「う、うん?」
「覚悟、できてるか?」

に、と笑うその笑顔は永倉のものと似てるが、違う。
くつくつと喉で大人らしく笑う彼独特の笑い声が耳に届いてきたが、そんな事よりも近い額に未だに目をぱちりと見開いたまま状況がつかめない。
ぽかんとして見つめる原田の瞳は今まで意識した事がなかったが、やはりとても綺麗でーーと思ったが最後、ドクンと大きな音を立てた鼓動に雪菜は自身で更に驚きに目を見開いた。

「ぅえ、え?」
「お前、もうちょっと女らしい驚き方できねぇのかよ」

可笑しそうに笑う原田の額がようやく離れ、元の距離に戻る。
ぷ、と吹き出してぽかんとしたままの雪菜に笑いを漏らしていた原田に、雪菜がようやくはっと意識を戻したその時。

「お〜!お前ら、今週の土曜日開けておけよ!」
「今週?お前も急だな、また無理言ったんじゃねぇのか?」
「ちげーよ、つーわけで!昼の1時にいつもの駅前集合な!、って、雪菜?」

突然の出来事に加え、突然戻ってきた永倉に雪菜はようやくぴくりと肩を揺らした。
ひょい、と視界に現れた永倉との距離、先ほどの原田の距離とほぼ同じ。
慌てて顔をひいたものの、不思議そうな顔をして雪菜を覗き込んでいた永倉を暫く見つめてから、雪菜はこくこくとなんとか頷いてみせた。

「どうした?」
「え、ううん。何でもない!1時ね、了解」
「おう、よろしくな!」

にかっと笑いながら笑う永倉に、雪菜も精一杯いつもの笑みを浮かべてみせる。
頬が熱いのは、永倉と至近距離に鳴ったせいか、それとも一瞬の真剣な琥珀の瞳のせいか。
ちらり、と片目ですら原田の姿を視界に入れれずに永倉の姿を必死で視線で追っていると、がたんと席を立った原田が、来た時と同じようにぽん、と雪菜の頭に手を置いた。

「んじゃ、土曜日な?」

くす、と面白そうな声色で耳元に落とされる一言。
じゃあな、と教室を後にする原田の後ろ姿をようやく……少しだけ視界に入れて、雪菜は両頬に手を当てた。
原田に変わって永倉が再度着席した目の前の席からは、雑誌が濡れてる!なんて不思議そうな声が聞こえてきたがそれに返事をしている場合ではない。
じっと原田が出て行った教室の扉を見つめる事暫く――雪菜は再び雑誌のうえに頬を落として突っ伏した。


まさか、まさか、まさか?





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風花様より100000hit企画リクエストに頂きました。
左之さん→雪菜嬢→新八×幼なじみ、な切甘ということでしたが……新八の空気読めない具合がもう……目も当てられない状態に(ゲフッ
はじめて、雪菜嬢が新八に恋をしている話を書いた気がします……!こんなのでよかったでしょうか(滝汗)
何となく最初は新八の彼女も登場させようと思ったのですが、ドタバタ喜劇になりそうだったのでそこは自重しまして。
ついでに、左之さんに「俺じゃだめなのか?」なんて台詞を言わせようとも試行錯誤したのですが……言わなさそうだな、と。
何となく、恋心を無理矢理自分の方へ向ける事はしなさそう、かな、と。あくまで拙宅の左之さん像ですが(汗)
その代わり、タイミングを見計らいながら、少しずつ傷が癒えてくるのを待ちながら、あとは一気に畳み掛けるパターンだと思います、ただし、さりげなく!
さりげなく、だけど自分に少しでも気持ちが向いてくれるような発言はぽつぽつ大胆に……そんな左之さんをイメージして書かせて頂きました!

風花様、リクエストありがとうございました!


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