薄桜鬼-現代- | ナノ
 




原田君の教育実習事情-その後-





すっかりと3人で取る事が当たり前となってしまった昼食を先に終えて、雪菜は急須に手をかけた。
こぽこぽと湯気を立ててマグカップに入って行くお茶を見ながらちらりと目の前の二人を見てみれば、目の前でご満悦な表情を宿した原田、そして隣でどこか不機嫌そうな沖田が視界に入った。

「懐かしいな、ここでこうして居る事」
「そうね、今日は永倉君は良かったの?」
「あいつなら男子生徒らと昼飯をかけたサッカーに負けて、全員分奢らされてる」
「う、わぁ」

原田の言葉に何となく永倉のその姿が容易に浮かび上がり、雪菜が乾いた笑みを浮かべながら少し足りなくなった急須にお湯を足そうと席を立った。

「原田先生だって女子生徒に誘われてたくせに」
「え?」

くるり、とその言葉に雪菜もつられて振り返ってしまうと、原田は事も無げに片眉を上げてみせる。
”無理しなくていいのに”と心配そうに顔を曇らせた雪菜に原田がひょいと唐揚げを口に入れた。

「おちおちお前の逢引を見過ごす訳にはいかねーんでな」
「ちょっと原田君!」
「大人の嫉妬って見苦しいよね」

呆れたような沖田の声に原田は少しだけ怪訝な色を宿す。
その瞬間の変化に雪菜が慌てて二人を制止しようとした矢先、原田がにぃと口元を緩めてかと思うと、沖田の髪をくしゃりと撫でた。

「それに、たまにはこうして他のヤツと食うのもいいだろ」

わしゃわしゃと乱暴に撫でるその手に沖田が一瞬驚いたように瞳を開いたがすぐにその表情が露骨に歪められ原田の手を鬱陶しそうに払いのけようと手をあげる。
それでも原田は口に投げ込んだ唐揚げを飲み込みながら楽しそうに笑みを漏らしている――その表情に雪菜もまた安堵の息を吐いた。

まだ本当の”教師”にはなっていないが、少しずつ変わっていく原田に嬉しいような気恥ずかしい様な感覚が胸を過る。
今でさえ、年下だと思う事等殆どないというのに、これからもっと自分の先を歩いて行くようになるのかと思えば、嬉しい期待が胸の内に込み上げてきた。

「先生、僕が居るってこと忘れてないよね?」
「え?あ、うん、勿論!」
「何だ、俺に見惚れてたのか?」
「ち、ちが……!もう、ほら!早く食べないとチャイム鳴っちゃうわよ」

じとりとした視線に慌てて頭を振り二人の視線から逃れるように雪菜は急須にお湯を入れるべく席を立った。
わざとらしくコホンと咳を漏らしてみるがクスという原田の笑い声にせめて頬に色が刺さないようにと背を向けポットへと手をかける。
背後で何やら言い合いにも聞こえるが、それでも楽しそうに会話を交わす沖田と原田に自然と笑みが浮かんでしまう。

少しおかしい関係だけれども、いつも同級生達と話している所も余り見ない沖田がこうして自分以外の人間と喋っている様子を見るのはやはり嬉しい。
大方原田もそれに気付いているのだろう、あれから事あるごとに気にかけるように沖田の事を話題に出す原田に以前のような感情は読み取れない。
たかが2週間の教育実習とはいえ、大きく変わった、と改めて思いながら湯を注いだ急須の蓋を閉じた。

「ところで、雪菜」
「原田君、ここは学校って何度言えばいいの」
「へいへい、雪菜センセ。俺ずっと気になってたんだけどよ」
「何を?」

湯を入れた急須をテーブルへと置くと、立っていた雪菜の胸元に不意に原田の手が伸びてきた。
まさかこんな所で”変な事”はさすがにしないと分かってはいても、その手に思わず身体を退いてみたが、リーチの長い彼の指先が雪菜の首筋を徐に撫で始めた。
普段の――二人きりで触れるその手の感覚とはまた違う、何かを探すその指先に雪菜がぎくりと身体を強ばらせたのを合図に、原田の指作が胸元へ落ちてくる。

「やっぱり」
「……え、っと」
「してねぇよな?指輪」

トン、と押された胸元を確かめるように人差し指で突く原田に、雪菜は思わず宙に視線を彷徨わせた。
触れられる事に対してではなく、間違いなく厭な予感で高鳴ってしまってる鼓動に原田は恐らく気がついているのだろう。
じっとコチラを見ていた視線に、それでも返事を返せずにいると、事の成り行きを見守っていた沖田が沈黙を破って笑い声をあげた。

「あはは、先生気にしちゃってたの?」
「何だ、またお前が原因か?」
「人聞きの悪い事言わないでよ。ちょっと悪戯しただけのつもりだったんだけど、ね?先生?」

にやりと悪戯に笑う沖田に雪菜が途方に暮れたようにその瞳を見返した。
その二人の様子に怪訝な色を浮かべた原田は沖田をちらりと一瞥してから再び視線を雪菜へと戻す。
何だ、という無言の問いかけに雪菜もまたどう答えるべきかと必死で言葉を選んでいると沖田が食べ終わったお弁当箱の蓋をかたんと閉じた。

「僕がキスしたから?」
「は?!」
「何かしたくなっちゃったんだよね」

けろっと笑う沖田に原田が一際大きな声を漏らして目を数回瞬かせ、雪菜にとっては嫌な、沖田にしてみれば楽しい沈黙が保健室に落ちる。
そんな沈黙が数秒続き、次いで立ち上がった沖田へと手をおもむろに伸ばそうとした原田に、雪菜は慌ててその手を引き止めた。
あえて思わせぶりな発言をしたのだろう沖田は面白そうに目を細めたが、それよりも先に止めに入った雪菜にちぇ、と肩を落として”やだなぁ”なんて悪びれも無く漏らした。

「あ、えっと、違うの原田君!」
「違うって何がだ?」
「その、あの、キスは、私にじゃなくて……その、指輪、に」
「指輪、に?」

は、ともう一度間の抜けた音をつむぎ、そして手をかけた雪菜と沖田を両方に視線を一瞥だけおくり、そして意味を理解したのだろう大きな溜め息をついてガシガシと髪をかきあげた。
必死で落ち着こうとしているのか何度か口を開こうとして止め、そんな事を何度か繰り返しているうちに沖田が肩を竦めた――悪意等全くないというかのように。

「ついうっかり」
「うっかりってお前」
「いいじゃん、秘密共有ってことで」

くすくすと原田の反応に楽しそうに笑いながら沖田がお箸をケースへと戻し、丁寧にお弁当箱の包みを指で遊びながらとじていく。
彼女へのキスでは無かった事に胸を撫で下ろしたものの、それでも原田にとっては面白くはない。
ちらりと雪菜を見てみればびくりと申し訳なさそうな顔色を浮かべるあたり――彼女を責める気にもなれない、当然だ、恐らく沖田が無理にしたんだろうと簡単に見当がつく。

「じゃ、後は二人でごゆっくりどーぞ」
「おい、沖田」

カタンと席を立って教室に戻ろうとする沖田に、原田が少しばかり不機嫌な声をあげた。
まさかこの期に及んで彼が何かするとは思えないが、それでも一応事の成り行きに注意を払いながら原田をちらりと見つめると彼の琥珀の瞳が薄く細められている。
少しだけ悪戯に見えるその瞳に雪菜が軽く諌めるように眉間に皺を刻んでみるが、原田の手のひらがぽん、と雪菜の頭を包み込んだ。

「今週の日曜、お前の姉貴の店に予約しとけ」
「何を?」
「クリーニングのに決まってんだろ」

”当たり前だ”と付け加えてふん、と鼻をならした原田に沖田が呆れたようにマグカップに入っていた自身のお茶にぐいと口をつけて一気にそれを流し込む。
カタン、と音を立ててそれを机の上においた彼の表情はいつも通りの――けだるそうな表情。

「やだよ、面倒」
「わかった、サンキュ。1時頃行くから」
「ちょっと僕は一言もやるとは……」
「"自分でやった事ぐらい自分で面倒みろよな?"」

"ガキじゃねぇんだから"と追い打ちをかけるように投げかけたその言葉に返事さえしなかったものの、沖田は肩を落として制服のポケットから携帯電話を取り出した。
ぽちぽちと画面を面倒臭そうに打ちながらひらひらとそれを雪菜達へと翳しながら扉に手をかけ、”ごちそうさま”と雪菜に告げて保健室を後にする。
そんな姿におろおろと雪菜が声をかけようかと足踏みしている間にぱたんと締められた保健室の扉、ソレに向かって雪菜は溜息を漏らした。

「強引」
「なんだよ、当然だろ?」

ぽつりと言葉を落とせば原田からは悪意も何も読み取れない、むしろ清々しい表情すら浮かべて雪菜を見返すだけ。
そんな原田にもう一つ小言でも投げようかと口を開いたが、それよりも先にふと沸き立った疑問に雪菜は小首を傾げてみせた。

「……なんで気付いたの?」
「それぐらい一目でわかる」
「……えっち」

そう言いながら自身の首もとからシャラりと音を立てて出てきたネックレスをちらりと見てから雪菜は白衣のポケットへと手を伸ばす。
指先に触れるのはいつもいつも胸元にあるあの感覚、そのチェーンに指をひっかけて取り出すと原田は自身の首もとに手を伸ばし――カチリとネックレスの金具が取れる音が響いた。

「しょうがねぇだろ、他の誰でもねぇ、お前の事なんだから」

外れたそれをそのまま雪菜の首へとまわし、器用に金具を爪で数回カチカチとならしてぴたりと首もとへと納められる。
自分の普段つけているものよりか少しだけ長くて、”男物”なネックレスのチェーン、そして中心に並ぶ自分と同じデザインのリングを暫く見つめてから雪菜はゆっくりと視線をあげた。

「いいの?」
「あぁ、それつけてろ、つっても、日曜まであと4日しかねぇけどな」
「……でも、原田君は?」
「さすがにコレはつけれねぇからなぁ」

くすりと苦笑のような笑みを浮かべて原田がそれを自身のシャツのポケットへと流し込み、傍目にはわからないが、確かに入ったそれを視線で追いかけて、そして自身の胸元にある原田のネックレスに再度指をからめとる。
ただの金属でできたチェーンと指輪の筈なのに、心無しか香る原田の香りに唇を噛み締めながらゆっくりと微笑めば原田もまた指の間に絡んだリングへと指をツ、と指でなぞった。

「これは、男――沖田避け」
「ふふ、じゃあ原田君は何もつけてないから……浮気しちゃうの?」

リップノイズと共に頬に送られた温かい熱にふっと緩んだ心を悟られまいと精一杯余裕に声をかけてみる。
そんな心境など原田にはお見通しなのだろう、もう一度頬へ唇を落としてからコツン、と額が重なった。

「どうだろうな、センセがキスしてくれなきゃしちまうかも」
「またそんな事言って」

ぺち、と言葉とともに寄せられた額に手を当ててみるが、原田は笑みを浮かべたまま。
間もなくして保健室に響いた予鈴の音に、椅子に座ったままの原田が少し立ち上がって急ぐように更に唇を寄せてくる。

「雪菜センセ?」

触れるか触れないか、そのギリギリの距離でコチラを見つめるその瞳、そして誘うその視線に雪菜は一度だけ瞳を閉じてからついに翳めるだけの軽い口付けを落とした。
ほんの一瞬、それでも満足そうにすぐに"うしっ"と快活に笑う原田に先ほど一瞬垣間見えた色気なんてものは一切感じられない。
それがどこか悔しくて、雪菜は胸元に描けられたネックレスをシャツの中に入れ込みながら息を大きく吐いた。

「ほーら、授業いってらっしゃい」

ちぇ、なんて拗ねたように大袈裟に顔を顰めて、そして原田もまたお弁当の箱を手際良く片付けてから席を立ち、端に置いてあった教材を肩へと抱え上げる。
いってくる、なんて"らしく"言いながら額に軽く落とされた口付けに雪菜が荒げた声と共に手をあげるよりも早く、にっと勝ち誇った笑みを漏らして原田もまた保健室を後にした。

二人が居なくなった保健室に残るお弁当の香り、窓をあけて空気を換気しながら大きく深呼吸を一つ。
出会った当初こそ"年下"という意識が強かったけれども最近はそんな事微塵にも感じる事は無い。
いつか"同僚"として同じ職場で働けるかな、なんて湧き出た思いに耽りながら緩んだ頬に雪菜は唇を噛み締めてネックレスに通るリングを服の上から撫でた。




****
そんなその後編でした。
今回の教育実習の裏目標は、沖田君の髪の毛をなで回したいという妙な願望だったりします(笑)
いや、なんとなく、わしゃわしゃわしゃわしゃってしたくて、はい。
雪菜嬢はすっかりとりこ、そんで原田君もなんだかんだいいながらわしゃわしゃ撫でまわしてそう。
いや、はい、それだけです、それだけ……(逃亡
そろそろ、ね、”左之助君”って呼ばせたいな、何か機会があれば……ふふ!
お付き合いありがとうございました!


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