薄桜鬼-現代- | ナノ
 



原田君の教育実習事情 -6-





先日の事を思い出しながら、原田は放課後の廊下の窓から校庭を見つめた。
結局雪菜の帰りを待たずして土方の家を後にしたのは自分だとはいえ、いつもならすぐに彼女から連絡があるにも関わらず、今回に関しては一向に連絡がない。
きっとあっちから連絡が来ると驕り被っていた自分の子供っぽさを改めて自覚しながら、今日あたり連絡をいれるか、と原田は溜息を一つ漏らした。

「あ、原田先生」
「ん?……あぁ、お前か」
「どうしたんですか、元気ないですよ?」
「……別に沖田には関係ないだろ」

片手に抱えていた教科書を持ち直して原田は偶然通りかかった様な沖田を一瞥し、”お前だよ”なんて胸中で呻きながら原田は窓に手をかけた。
ガラガラと古びた音を漏らす音が廊下に響き、とっくに生徒達が下校した今の時間はそれだけがやけに耳に届く。

「お前も早く帰れよ」
「喧嘩でもしたんですか?」
「は?」

沖田の隣を通り過ぎようとしたその瞬間、原田の耳に予想していない言葉が届いた。
思わず反応してしまい振り返ってみれば、沖田が翡翠の瞳を細めて笑う、その確信突いた瞳をじっと原田は見つめ返した。
同年代に比べると少し大人びて見えるその瞳に、もしかして、と一握の予想が胸を過ぎったその時。

「ああ、それとも別れ話でもあったんですか?――雪菜先生から」

悪戯に笑いながら沖田の口から告げられた言葉に、原田は確実に結びついた答えに口を噤んだ。
勿論自分の行いのせいでもあるが、彼女が連絡をしてこない理由。
自分と雪菜の事を感づいた沖田が脅すなりしたのだろう、少し前ならそれにすら動揺して取り乱してしまっていたかもしれないが、不思議と溜息しか漏れない事に自身でも驚きながら手にした教科書を手に丸めた。

「お前か、やっぱり」
「やだなぁ、何がです?」
「……あいつがオカシイ理由」

原田の反応が予想外だったのか沖田は表情は大きくは変えなかったものの、それでも一瞬だけ眉を寄せたのを原田は見逃さなかった。
やり方は強引だとはいえ、高校生らしい考えを持っているのかと思えば何となく以前の自分を見ているようにも感じる。
ふつり、と沸き上がる何ともいえない感情に原田は教科書を掴んでいた手を解いた。

「……いいんですか?ばれたら困りますよね、二人とも」
「そりゃそうだろうな」
「あぁ、でも雪菜先生は"ばらされたくないから僕と付き合う"って言ってましたけど。だから、原田先生は安心して教師の道を目指してください」

くすり、と笑う沖田に原田も自然とぴくりと頬が引き攣るのを感じる。
決して沖田の言葉に動揺をした訳ではない、むしろ込み上げたチリっとした怒りに原田は前髪を手でかきあげた。
その反応が予想していたものと合致していたのか沖田が口元を意地悪く上げたその笑顔に、原田は暫くしてから一際大きな溜め息をわざとらしく漏らした。

「お前、生徒でよかったな」
「何言ってるんですか」
「じゃなきゃ、俺に殴られてたぞ」

威嚇、ではないにしろ目の前の沖田を見下ろして見つめてみれば、沖田もまた好戦的な瞳でコチラを見返してくる。
しばらくの間そんなやりとりだけを交わしたが、やがて原田はコキ、と首をならして息を吐いた。

「――なんてな、お前相手にそんなバクチは打たねぇよ」
「殴ったら皆に言いふらすと思うから?」
「馬鹿言え、お前がンな事するとは思ってねぇよ」
「……どうだか」

くつくつと漏れてしまう笑みを隠す事無く漏らせば、目の前で鞄を肩に抱えていた沖田は露骨に顔を顰める。
こんな会話の最中に笑う原田を理解できないのだろう、その表情に原田は丸めていた教科書でぽん、と沖田の頭を一度だけ叩きながら窓に背を預けていた体を離し、少しだけ丸く折り目のついた教科書を見下ろしてから沖田を見つめると、じっと原田を見ていた彼の瞳の力がす、と抜けて行くのを感じた。

「好きなんだろ?んな回りくどい事しなくても直球でいけよ」
「何それ、何でそんな事原田先生にアドバイスされないといけないわけ。ムカつくんだけど」

それもそうだ、と先ほどまでの張りつめた空気はどこにいったのか、ケラケラと笑い出した原田に沖田が手にしていた鞄にぐっと力を込めた。
そのまま何をいう訳でもなく、ふい、と視線を逸らして窓の外を見つめ始めた沖田は今しがた原田が締めたばかりの窓へととんと頭を傾ける。
肩にかけた鞄が窓に当たったがそんな事気にもすらならないのだろう、やがて沈黙を落とした沖田が一つ溜息を漏らした。

「おもしろくないなぁ、もう」
「はは、だろうな」

幾分か肩の力が抜けた沖田に、原田は持っていた教科書を肩へと抱えなおした。
少し前までは嫉妬やら敵意やらが渦巻いていた胸の内も、今はそれ程のざわつきは無い。
何も感じないかと言えば嘘になってしまうけれども、今しがたの沖田の言葉を反芻してから原田は苦笑を漏らした。
形は違えど、その視線はまるで自分が以前土方に向けていたのと一緒じゃないか、と。
ここ数年で自分なりに変わったつもりだったけれどもイマイチ実感すら沸かないままいつも土方からはガキだと言われ続けてはきたけれど。
まだはっきりとこうだ、とは掴めないもののぼんやりと感じた”何か”に原田はくつり、と静かに笑みを漏らした。

「もっと遊び甲斐があると思ってたのに、つまんない」
「お前なぁ、こういう事で遊ぶなっての。フォローする俺の身にもなれよ」
「あーやだやだ。上手く行くと思ったのに」
「そりゃ残念だったな」

がし、と沖田の頭に手をあててわしゃわしゃと乱暴に撫でてみれば、迷惑そうに簡単に手を払いのけられる。
その表情は一件すればポーカーフェイスにも見えたが、見え隠れする不機嫌な様子に少しばかり感心してしまう。
自分が彼と同じ年齢の時はそれこそ、喜怒哀楽なんて終始表に出しっぱなしではあったのだが。
どことなく感じる沖田の大人びた様子は、病気のせいだろうか、隠すのは上手いがその分表への出し方が分からないのだろうと原田は目を少し細めた。

「原田先生」
「おー?」
「雪菜先生に謝っておいてよ」
「何で俺が。自分でちゃんと言えよ」

呆れた様で声をかければ、再び窓の外を見つめていた沖田が少しだけ―−彼にしては珍しいと思う程、申し訳なさそうに顔を伏せた。
まるで”子供”が正直に謝れないかの仕草に、面倒を見る気なんて無い筈なのに湧き出てしまうから自分も大概おせっかいだな、なんて胸中で苦笑を零す。

「嘘ついちゃったんだよね、この前」
「ウソ?」
「……手術受けるって言った。成功率は50%だって。ただの定期検査なのに」
「お前なぁ、そりゃやり過ぎだろ」
「う、そ?」

未だ気まずそうに顔を背けていた沖田を見つめていた矢先に背後からかかった声。
ほんの一瞬だけ聞こえた声、だけども聞き間違える事なんて絶対にないと言いきれる彼女の声に、原田は瞳を閉じた。
こういうタイミングの悪さってのは変わらないもんなんだな、なんて沖田の事を考えれば笑う事もできないけれども、振り返ってみれば確かにそこに佇んでいるのは雪菜の姿。
両手に抱えた分厚い本は図書室から借りてきたのだろうか、否、あんな"医学書"なんて学園にはなかったな、なんて通いもしていなかった図書館の事を思い描いていれば、こちらを見つめたままの雪菜はツカツカとコチラへと足を進め始めた。

「……嘘、だった、の?」
「ちょっと調べればわかる事でしょ?からかっただけだよ」
「な、にそれ……からかう、なんて……そんな、」
「先生は騙されやすいから、遊んでみただけ」

トン、とまるで原田の姿なんて目に入っていないかの様に真っすぐに沖田を見上げる雪菜を見つめ、そして沖田の言葉に原田は宙を煽った。
何か助け舟をだしてやりたいとは思うが、残念ながら何も言葉は浮かんでこない。
土方ならこういう時どうするか、なんて考えてしまっていれば不意に雪菜の手がぐっと力を込めて振り上げられた。

「っ、」

瞳に涙を溜めた雪菜の横顔にはしっかりとした怒りの色。
手を振り下ろしたいのだろう、ぐっと唇を噛んで沖田を見上げた雪菜の姿に、沖田は微動だにせずじっと雪菜を見つめたまま。
さすがに怒りに任せて生徒に手をだすなんて、みすみす”教育実習生”としても”彼氏”としても見逃す事はできずに原田は雪菜の振り上げた手をそっと掴んだ。

「おい、それはさすがにマズいだろ」
「、」

途端にびくりと体を強ばらせた雪菜の振動が手を通して伝わってくる。
こちらへとようやく向けた顔は原田を見つめてすぐに歪んでしまい、今にも泣き出してしまいそうな雪菜にいつもの様に腕を広げてやりたいのをぐっと堪える事しか今は出来ない。
ぶつかった視線に見えないもどかしさを感じていれば、雪菜はそのまま顔を伏せて二人の間小走りに通り過ぎてしまった。
ぱたぱた、と早い足音にすぐに原田が視線で雪菜を追いかけるが、目の前の頭一つ下に佇む沖田は先ほどから何一つ反応をしないまま。

「おいこら、行くぞ」
「……やだよ、何で僕が行かなきゃいけないのさ、こういうのは原田先生の仕事でしょ?」
「お前なぁ……自分でやった事ぐらい自分で面倒みろよな」

そんな原田の言葉にそれでも沖田は振り返ろうともせずに鞄を抱え直して反対方向へと歩きだす。
これだからガキは、だなんて胸中で悪態づきながら原田は小さく舌打ちしてその腕を掴んで彼女が走り去った方向−−保健室へと歩き始めた。




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そりゃ土方さんの影響も受けますがな(・∀・)
舌打ちとか、ね。



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