![]() 原田君の教育実習事情 -5- 最寄のコンビにに車を停車させてどれぐらい経っただろうか。 隣に座って言葉少ない沖田にちらりと視線をやって、雪菜は車内の空調を少しあげた。 「大丈夫?調子悪いの?」 「……別に、ソレ届けたかっただけ。それにしてもいいの?こんなとこまで”歳さん”置いてきて」 「、土方先生が私の先輩だって事、知ってるでしょう?」 今更隠すことでもないし、第一保健室で何度も居合わせている土方の事は沖田もよく知っている事だ。 沖田の手から受け取った弁当箱を後部座席に投げ置いてから、雪菜はコンビにで買ったホットココアを袋から取り出し。 まだ十分に温かいそれを1つ沖田へと手渡すと、自身もまたプルタブへと指をかけた。 「ねぇ、先生」 「熱っ……うん?」 「僕、手術するんだ」 「え?」 ぽつりと言葉を漏らした沖田に、缶につけていた口のまま目を瞬かせて雪菜は沖田を見やった。 少なくとも自分の手元に入る情報には彼が手術を受けるなんて事は一度たりとも入っていない。 幼少期に数回の手術は繰り返したが、今は投薬治療を受けている筈なのに、それなのに。 「どうし、て?病院は明日って言ってなかった?」 「ウソだよ。今日ちゃんと行ってきて……そう言われた」 ごくりと喉を流れたココアはまだとても熱かったけれど、それよりも隣で自分には顔を向けずに窓の外をぼんやりと眺めている沖田の姿に、雪菜が言葉を迷いながら口を開きかけ――そして閉じ。 そんな雪菜に気がついたのか、ふり返った沖田は雪菜の表情にいつもの悪戯な笑みとは違う、少し寂しげな笑顔を漏らした。 「成功率は50パーセント」 さらりと紡がれた言葉に本人ではないのに、雪菜の心臓が大きな音をたてる。 50パーセント、決して高いとはいえないその数字に震え始めた手をぎゅっと握り締めて無言で沖田の表情を見上げ。 こういう時に何を言えばいいのか、沖田に何と声をかけたらいいのか、情けなくとも見当もつかない教師としての自分を心の中で嘆いた。 自分が落ち込んでいる場合じゃない、彼が自分を深夜に呼び出したのもきっと沖田本人が一番不安だからに違いない筈なのに。 目の前で自分の反応を見ていた沖田の瞳を暫く見つめていれば、自分に反してひどく落ち着いた様に見える彼の瞳が僅かに細まった。 「何先生が落ち込んでるの。僕、悪運だけは強いから大丈夫だよ」 「、うん」 ね、と落ち着かせる様に笑う沖田に、これじゃあまるで自分が慰められてるみたいだと息をついて。 まるで小さな子供にでもする様に沖田の髪へと手を伸ばし、その髪の毛をやわやわと撫で付けた。 こんな事で慰めれる訳はないけれども、その柔らかい毛先に落ち着きを取り戻していれば、それ好きだね、なんて小さく笑う沖田に雪菜もまた笑みを返し。 「退院したらデートしてくれる?」 「また……、そんな事言って」 車内の近い距離に居る沖田が雪菜に向き直る。 駄目?だなんて笑う沖田の様子は普段の保健室で見る彼とは何も変わらない。 いつもの茶目っ気を含んだその問いかけに、コホン、と咳を漏らしてから雪菜は沖田に伸ばしていた手を引いた。 「それは……駄目」 「指輪の人がいるから?」 「え?」 しゅる、と伸ばされた沖田の腕にすぐにシャラと金属音が響いてくる。 いつも服の中に納まっているソレが胸元に出ている事にも驚いたが、すぐに先程の原田の行動が脳裏を掠めてギクリと頬が引きつった。 かっと熱くなった頬は幸い車内が薄暗い事もあって沖田には気付かれないだろうが、それでも居心地悪く言葉を濁した雪菜に、沖田はネックレスに手をかけたままぐいとネックレスへと体を近づけた。 「いいの?こんなところで僕と密会してて」 「密会って……沖田君は生徒じゃない」 「生徒だったとしても気に食わないと思うなぁ、特に――原田先生なら」 ドクン、と鼓動が跳ねる。 今しがたの沖田の言葉に思わず雪菜が目を見開いてみれば、沖田は翡翠色の瞳を面白そうに細めて雪菜へと更に顔を近づけた。 上目に、何か面白いものを見つけた子供の様に笑うその視線に数回瞬きをした後に雪菜は反射的に首を軽く後ろへと引き、ネックレスが首に少しだけ食い込むのを感じ。 切れない様にととめた頭に何とか冷静さを取り戻そうと、引きつるのを感じながらも口角をあげてみせた。 「何、言ってるの?」 「原田先生と付き合ってるんでしょ?」 「まさか、そんな事……、」 「原田先生も同じのしてるよね?僕、見ちゃったんだよね」 偶然、と付け加えてからネックレスに通る指輪に人差し指をかけてくるくると指でその感覚を確かめる沖田に、背中に冷水を浴びせられた様な感覚が走る。 どうして、彼が知っているのか。 それとも、いつもの様に自分に鎌をかけているだけなのか、そうだとしても煩く鳴り響いた心臓の音が思考回路を邪魔をしてしまって上手く返せない。 何とか沖田の瞳から視線を逸らす事なく、抗議を込めて見返してみたが彼は相変わらず口元を楽しそうに上げたまま。 「……偶然でしょう?」 「偶然にしては、出来すぎだよね?」 「…………」 「センセ、もう少し良い反論を用意しておかないと、すぐにばれちゃうよ?」 くすくすと笑いながらネックレスから手を外した沖田の体はそれでも離れる事はなくて。 やがて首元に両腕をかけられて引き寄せられた沖田に体を捩ろうとしてもそれは敵う事ない。 コツンと当てられた額に、恐らく震えは沖田にまで伝わっているのだろう、それでも体に力を込めて離れようとしてみれば。 「良い事思いついた」 「沖田君、はなし、」 「先生が僕と付き合ってくれたら、黙っててあげてもいいよ?」 する、と頬にかけられた沖田の手に雪菜の頬がぴくりと反応する。 あいている手でその手を振り解いてみれば、逃がさないとでも言わんばかりにネックレスのチェーンを引き寄せられ、逸らした瞳が有無を言わさずにぐっとあわせられた。 「な、何言って、」 「付き合ってくれないと、僕言っちゃうかもしれないよ」 ね、と言わんばかりに笑みを浮かべる沖田の瞳を間近で見返して、雪菜はチェーンにかかる沖田の手に手をかけ。 握る様に掴んでいる沖田の手をゆっくりと解いた。 「言いたいなら……言っていいよ」 「へぇ、言ったら……ただじゃすまないだろうね?高校生に手を出した、なんて知れ渡ったら」 なんでそこまで知っているのか、自分達の関係を知るのは数少ない筈なのに。 その中の誰もが二人の関係を公にするなんて到底思えない。 だけど、もしも自分の行動が軽率で分かりやすかったとしたら。 もしも、自分の行動のせいで原田との関係がばれてしまい……行く行くは彼の進路を邪魔してしまうとしたら。 湧き出るいくつもの考え、そしてその先に行きつく終着点に雪菜強く溜息を漏らして沖田を強く見返したその時。 「……ウソだよ」 「え?」 「ウソ、冗談。ちょっと遊んだだけ」 不意に緩んだ沖田の空気についていけずに雪菜が怪訝に眉を潜めれば、沖田は一転してつまらなさそうに肩をすくめ。 言葉が紡げないでいる雪菜に困った様に、彼にしては珍しく眉を下げて頬を緩めた。 「僕だって、先生のお弁当食べれなくなるの嫌だし」 「、」 「安心して、別に誰に言う訳でもないから」 「お、沖田く、」 「あはは、先生って本当に分かりやすいよね」 ごめんね、何ていいながら雪菜の髪を撫でてくる沖田に、それでも雪菜の不安気な心は晴れれる事はない。 ケラケラと学校にいる頃の彼と代わりのない沖田の仕草に、雪菜は真意が分からずにぽかんと沖田を見つめた。 本当に全て冗談だったんだろうか、それとも自分を試しているのだろうかと胸中をぐるぐると埋め尽くす疑問を口にできずにいれば、沖田はチェーンを掴んでいた手を緩めてその中のリングに視線を落とし――唇を近づけた。 「この指輪に誓って、言わないから」 ちゅ、とリップノイズをリングに落とされたワザとらしい沖田のそれに何か言える訳もない。 どれくらいの間だろうか、沖田がしばらく雪菜を見つめてから、小さく口を開いた――様に見えたが、何かを呟いた筈の彼の言葉は雪菜の耳に届くことなくカーエアコンにかき消されてしまい、怪訝な顔をして見返した雪菜に、沖田は溜息を一つ漏らした。 「じゃ、僕帰るから」 「え、沖田君ちょっ、」 じゃあね、と助手席から降りていったあっという間に姿を消した沖田を呆気に取られながら見つめ。 はっと我に返った様に出されたままの指輪へと手をかけた。 今さっきの沖田の言葉に加えて、冒頭に彼が話した手術の事が頭を過ぎる。 もしも沖田の手術が成功しなかったら。 もしも他の生徒にもばれていたら。 ぎゅっと握り締めたままのリングに震える息をついて、雪菜はパンクしそうな頭を抱え込んでハンドルへと頭を預けた。 **** 沖田君ちょっとだけ暴走です。 あの、悪役じゃあないです、よ?(ビクビク >>back |