薄桜鬼-現代- | ナノ
 





永倉君の弁当事情





昼休み直前の四時限目、俺の腹は高鳴っていた。

いつもなら昼飯の弁当の事ばかりが頭を占領しているこの時間。
だが、俺は焦っていた。
今日はその弁当が無いんだから・・・。
正確には無いと言うよりも、既に腹の中に消えてしまっていた。

昨日、平助に借りたゲームに夢中になり結局眠りについたのは朝方。
快便・快食・早寝の俺は慣れない夜更かしのせいで案の定、起きたのは遅刻するかしないか瀬戸際な時間。
皆勤賞がかかっているからと、いつもならしっかり食べる朝飯をお預けにし学校へ向かったのが悪かった。
育ち盛りのこの体、朝飯抜きで昼までもつワケがねぇ。


「あぁ〜どうすっかなぁ」


あまりの焦りっぷりに心の声が漏れていたらしく『永倉ぁ!! 聞いてんのかコラっ!?』と土方先生の声が聞こえたけど、それどころじゃねぇんだ。

我慢出来ずに持って来た弁当に手をかけたのが一時限目の休み時間。
急ぐあまり財布を忘れた事に気付いたが、後の祭り。空になった弁当箱と睨み合いの末、悩みながら今に至る。

昼飯無しとか、俺に死ねと言っているようなもんだぞ?
”こうなりゃ平助の昼飯、突撃だ”と悩みに悩みぬき妙案が浮かんだ瞬間、授業終了のチャイムが鳴った。


「なぁ、新八」

「わりぃ左之。後にしてくんねぇか? これから俺は平助の昼飯を突撃しなきゃなんねぇんだ!!」

「はぁ? 何言ってんだよ」

「とにかく、今は生死が係ってるんだよっ!!」


左之を振り切り教室を出ようとした・・・その時


「弁当なら俺のやるよ」

「ほ、本当か!?」

この時ばかりは左之が仏に見えた。なんたって後光が差して見えるんだから俺は末期かもしれねぇ。

「そのかわり、ちょっと付き合えよ」



―――――――――



弁当に釣られて、やって来たのは保健室へと続く廊下。


「あぁ、そういう事かよ」

「何だよ?」

「雪菜ちゃんと飯食うカモフラージュに俺ってコトだろ?」

「わかってんじゃねぇ〜かよ」

「だいたい、今まで毎日のように一人で行ってたんだから、今さら意味ねぇだろ?」

「念には念を・・・ってやつだ」


さっきまでの仏と打って変わって、ニヤリと悪い笑みを浮かべる左之と一緒に廊下を進んで行く。
前からコイツが雪菜ちゃん狙いなのは知ってたが『俺、雪菜と付き合い始めたから。お前にだけは言っとく』なんて聞かされた時は正直驚いた。
こうやって偶にカモフラージュとして付き合わされるところを見ると、俺に交際報告をしたのは最初からこの為だったんじゃないかなんて思ったりする。


「それは良いとして、さっき言ってた弁当の件は本当だろうなぁ?」

「あ? あぁ、コレやるよ」


左之の言葉と同時に渡された包みを見ると、誰かの手作り弁当か?


「コレ雪菜ちゃんの手作りじゃねぇのか?」

「ちげぇ。隣のクラスの女に渡されて断ったんだけどよ、どうしてもって泣かれて・・・な」

「おうおう、モテる男はつらいねぇ。でも、そんな弁当を俺が食っちまってもいいのかよ?」

「今日はアイツが弁当作ってくれてんだよ。それに、そんなの貰ったってわかったらヤキモチ焼くからなぁ。雪菜は」

「案外、雪菜ちゃんて嫉妬深いんだな」

「まぁ、そんな所がまた可愛いんだけどな」

「はいはい、ご馳走様」


のろけ話に呆れかえった頃、保健室に到着。
ドアに手を掛け中を覗けば、テーブルに置かれた二つの弁当と、お茶を入れている雪菜ちゃんの姿が見えた。


「あ、原田君に永倉君。丁度お茶入ったところだし座って座って」

「お、ちゃんと玉子焼き入ってんじゃん」

「だって、好きでしょ? 玉子焼き」

「雪菜の方が好きだけどな」

「もうっ、永倉君もいるのに!! そんな事言わないでよっ」

「じゃあ、二人っきりの時に教えてやるよ。・・・俺がどれ程お前のことが好きなのか」



「なぁ、そろそろ弁当食っていいか?」


空気が読めていないのは重々承知で、頬を赤く染める雪菜ちゃんと俺の存在を忘れている左之へ声を掛けた。


「邪魔すんなよ新八」

「自分が連れてきたくせに、よく言うぜ」


こんな理不尽な扱いを受ける俺は本当に可哀想だと自分で自分を慰めながら左之から貰った弁当の蓋を開ける。
もし、白米の上に海苔で ≪左之助ラブ≫ なんて書かれていたらどうしようと心配しながら覗いた弁当の中身は至って普通。
母ちゃんの作るものよりは彩りが綺麗で、俺にも彼女が出来たらこんな弁当を作って貰えるのかと想像しながら美味しく頂いていく。
隣に座る左之の手元へ目を向けると、こっちも負けず劣らずの彼女弁当。
色鮮やかなそれを眺めつつ何か違和感を感じた。


「ねぇ、原田君?」

「んぁ?」

「ブロッコリー嫌いなの?」


あの違和感はコレか。
雪菜ちゃんの言葉にもう一度、弁当箱へと視線を移すと、均等に減っていくおかずの中に手つかずの一画。緑のモコモコが見えた。


「左之ぉ。好き嫌いはいけねぇなぁ」

「うるせぇよっ」


さっきまでの酷い扱いの仕返しとばかりにニヤニヤとした表情で声を掛けると、ばつが悪そうにこっちを睨む左之。
斜め前では雪菜ちゃんがクスクスと笑っていた。


「大人っぽい原田君でも好き嫌いあるのね」

「ブロッコリー食えねぇとか、お子ちゃまだなぁ」

「うっせ。食えねぇんじゃねぇ〜よ!! 食わないだけだ。大体なぁ、こんなの小っせぇ森じゃねぇか!! 森じゃなきゃ、緑のアフロだ!!」


いつもの余裕かました表情が崩れ、言い訳を並べる左之に気を良くした俺は、左之の弁当箱へと手を伸ばした。


「しゃ〜ねぇから俺が食ってやるよ、ブロッコリー。俺様の寛大な腹に感謝しろ」

「って新八っ!! 何、玉子焼きまで食ってんだよ!!」

「・・・へまひぃんだ(手間賃だ)」

「こんにゃろっ!!」

「もうっ、二人共ちゃんと座って食べなきゃダメでしょ!?」


口をモゴモゴさせる俺に掴みかかろうとする左之。
そんな二人のやりとりを見て呆れかえったように雪菜ちゃんが注意する。


「お前こそ、何米粒つけてんだよ?」

「え? やだっ、どこ!?」

「ほんとにお前は・・・・・・可愛いな」


口許に付いていた米粒を取り自分の口へと運ぶ左之と、口をパクパクさせながら恥ずかしがる雪菜ちゃん。

あー、もぉ付き合ってらんねぇ。
相変わらずいちゃつく二人を尻目に、”よいしょっ”と立ち上がった。


「おい新八、どこ行くんだよ?」

「休み時間もまだ半分残ってるし、屋上で昼寝でもすっかな。お二人さんの時間を邪魔しちゃわりぃからな」


もう俺の役目は十分果たしているだろうから、このままココにいるのも野暮だと思ってドアへと歩き出した。
『お前にしちゃ気が利くな』なんて左之の言葉を背に受けながら保健室から廊下へと出て屋上へ向かう途中・・・


「永倉先輩っ!!」


聞きなれない声で名前を呼ばれ振り返れば、どこかで見かけた事のある女の子が立っていた。


「おっ? 何だ? 俺の事・・・だよな?」


女の子に話しかけられる事なんて滅多に無い上に、『先輩』なんて呼ばれ慣れていない俺はぎこちない返事をする。
だいたい俺の周りには年上を敬うという事を知らない輩が多い。平助なんて後輩のくせに『先輩』どころか『新八っつぁん』なんて呼びやがる。

そんな平助の顔を思い浮かべながら、ある事に気が付いた。


「あんた確か・・・平助のクラスにいた・・・」

「はい。あのっ・・・いつも永倉先輩が藤堂君と一緒にいるの見ててっ!!」

「あぁ・・・そういや」


平助のクラスへ行くと、よく視線を感じる。別にこの子からのってわけでも無く、複数の女子から。
でもそれは三年が二年の教室へ来た珍しさと、一緒に行く左之の姿があるからだと思っていた。


「先輩!! えっと・・・お弁当は、もう食べましたか!?」

「え? さっき食って来たばっかだけどよぉ・・・」


『・・・そうですか』と心なしか、しょんぼりした様子の彼女を見ると、その手には可愛らしい花柄の弁当袋が握られている。
これって、もしかして・・・


「もしかして、勘違いならわりぃけど・・・そ、その弁当を俺にとか・・・ ってなワケねぇよな!! はははははっ」

「な、永倉先輩に作ったんです!! 永倉先輩の事を想って・・・良かったら、先輩さえ良かったらでいいんですけど・・・貰ってくれませんか!?」


顔を真っ赤にさせながらも一生懸命、俺を見つめる彼女の緊張が伝わってくる。と同時に俺の心臓もトクトクと早鐘を打ち始めた。


「え? 本当に・・・俺にくれんのか!? ってか、俺でいいのか? 左之に渡してくれとかじゃ無くて・・・」

「は、はい。 先輩に食べて欲しいんです。」

「本当か!? なんと言うか・・・俺の勘違いとかじゃ無くてだなぁ・・・そのぉ・・・」


いつだってそうだ。バレンタインなんか特に、チョコを貰ったかと思えば『原田君に渡してね』なんて言われる。
糠喜びもいいところだ。
自分で確認しながら悲しくなってくる。


「な、永倉先輩の事がっ、好きなんです!! あの、迷惑じゃ無ければなんですけど・・・明日からも作りたいとか・・・思っちゃったりとか・・・・・・先輩のお弁当」

「俺の弁当を!? ってか、す、好きぃ!? 」


いきなりの告白に驚き、声が裏返る。
何焦ってんだ!? 何なんだ、この気持ち!? いったいどれだけ免疫無いんだ・・・静まれ俺の心臓!!
嬉しい。正直言ってこんな事初めてだ。今まで感じた事の無い感情が溢れ返ってくるのがわかる。
動揺しながらも次に自分の口から零れた言葉は・・・


「えっと・・・あ、あの・・・よよよよっ、宜しく・・・お願いします」


どうやら明日からは腹の高鳴りは治まりそうだ。
だけど・・・・・・


この胸の高鳴りは、どうすりゃいいんだ?



‐end-

Written by オジサン

****
原田君の恋愛事情のスピンオフとしてオジサンより頂きましたヾ(´∀`*)ノ
ブロッコリーについて言い訳してる原田君がかわゆすすぎだろ……!
しかも、なんてこった、あの永倉君にも恋の季節が到来しちゃってまぁ。
永倉君の恋愛事情も気になります、そわそわ。
オジサン、ありがとうございました(*´ω`*)



>>back