薄桜鬼-現代- | ナノ
 




原田君の教育実習事情 -3-





どうやって手渡そうか、と雪菜は手にしたお弁当を見下ろした。
昨日の埋め合わせには分かり易すぎるけれども、それでも何もしないよりかは、と朝から作ったのは原田へのお弁当。
一応の誤魔化し要員として土方の弁当も持ってきたのはいいが、改めて手渡すのはどこか気まずくて。
休み時間に差し掛かるまであと少しといった時間に、雪菜は思いきって古典の準備室の扉を開いた。

「歳さーん」
「ん?どうしたんだ、雪菜」
「あれ、原田君は?」

今朝方、今日は原田と授業を共にするとぼやいていた土方の言葉を頼ってここに来ては見たが。
準備室の中には見慣れた土方の姿しかなく、原田の姿はどこにもない。
きょろきょろとあたりを見渡しながら採点をしていた土方の隣に腰を下ろすと、彼は慣れた手つきでトントンと計算をしてからテストの点数を記入した。

「あぁ、生徒に捕まってたぞ」
「あ、そうなんだ」
「永倉が男子生徒に人気なら、原田は女子生徒ってとこか」
「え?」

きゅっとペンの蓋を閉じながらちらりと土方が雪菜を見上げると。
どこか意味深に口の端を持ち上げながら笑った土方は、ちらりと雪菜の手に抱えている弁当箱を指差した。

「今日は、生徒達と食うみたいだけど、あいつ。さっき生徒と購買に行く約束してたし」
「あ、そっか。そうだよね」
「なんだ、約束してたのか?」
「ううん、してない。だからしょうがないや。あ、これは歳さんの分ね」

はい、と手にしていたお弁当のうち一つを手渡せば、土方は少し驚いた様に眉を上げたが。
やがて、理解した様に喉でくつくつと笑いながらそれを手に取った。

「お前も俺をカモフラージュに使うようになったとは」
「酷いなぁ、せっかく千鶴が玉子焼き焼いてくれたのに」

それでも、ごめんね、と一応告げながらも雪菜は苦笑を浮かべて席を立った。
少し前までは千鶴の分と一緒に毎日の様に手渡していたお弁当も、千鶴が卒業した今となっては随分ご無沙汰に思える。
その分夕食を4人で取る事が増えた分、そこまで食事のバランスは崩れてはいないだろうが。

「じゃあ、また夜に」
「あぁ。って……いいのか、その弁当、原田に渡さなくて」
「んー、邪魔しちゃ悪いし」
「2個も弁当食うと太るぞ」

軽口を叩きながら胸ポケットに手を入れて煙草を取り出した土方に、雪菜は顔を顰めて席を立った。
カチっと火をつける音と、すぐにジジっと煙草の焦げる音を聞きながら、扉に手をかけて出ようとしていた扉を前にして雪菜は土方を振り返った。

「ねぇ、歳さん」
「何だ?」
「千鶴が男子生徒と一緒に居たら嫉妬する?」
「別にないな」

ふぅ、と煙を吐き出しながら至極当然の様に答えた土方に、雪菜はにこりと笑みを浮かべてみせた。
何とも土方らしい回答でもあるし、じっと自分を見つめている土方には恐らく自分の考え等お見通しなのだろう。
そう思うとどこか居心地が悪くて、雪菜はじゃあ、とそれ以上は何も告げずに準備室を後にした。
別に原田の言葉に意識をした訳ではない。
教師として、保健医として自分は当たり前の様に一生徒に接しているだけであって一線を超えている訳でもない。
これから教師の道を歩もうとしている原田に、どうにかそれを分かってもらいたいけれども一体どうすれば良いだろうか。

「あ」

保健胃室へゆっくりと足を進めていれば、ふと窓から入ってくる生徒達の声に足がとまり。
いつの間にか昼食の時間になっていたのか、と賑やかな外の様子に視線を落としてみれば目立つ紅髪がすぐに視界に飛び込んでくる。
頭一つどころではなく、二つ三つ程違う背の高い彼を見つけて雪菜は窓からその姿を見下ろした。

「立派に先生してるじゃない」

ぽつりと呟いて、購買の方へ生徒達と向かうその後ろ姿に雪菜は頬を緩めた。
周りを取り囲むのは4、5人の女子学生達。
人当たりも面倒見もいい彼の事だ、きっと女子学生の好意の的になってるのだろうと先程の土方の言葉を思い返してくすりと笑みを零した。
楽しそうに笑う彼の横顔を見ていれば、この調子だと実習期間は昼ご飯はいらないか、と手にしたお弁当を抱え直したその時。

「雪菜せーんせ」
「わっ、び、っくりしたぁ……沖田君。あれ、今日は病院の日じゃなかったの?」
「先生の都合で明日に変わったんだよ。何見てたの……、原田先生?」

不意に隣に現れた沖田に雪菜はぴくりと体を強ばらせたが、すぐに窓から下を覗き降ろした沖田の後頭部に雪菜はふわりと手をかけた。
調子が悪そうに見えた昨日の事もあって、少し気にはなっていたが、今日の顔色は随分良さそうな事に安堵が漏れる。
楽しそうに生徒達が行き交う中庭を見下ろす沖田の背中を見つめながら雪菜はそのまま沖田の頭を撫でてみた。

「僕、そんなに子供じゃないんだけどなぁ」
「私からすると子供よ。あ、沖田君お昼ご飯食べてきた?お弁当あるんだけど」
「あはは、まぁ、先生にならいいや。あと、お弁当も食べる、どうしたの?今日来ないって言ってたのに先生にしては準備周到」
「失礼ね、ちょっとうっかりしてただけよ」

あはは、と笑う沖田はいつも空元気の様にも見えるけれども。
本当はきっと他の生徒達と一緒に時間を過ごしたいのではないか、だから高校にこうして通ってるのではないのか。
それでも週の大半は授業にもでれない沖田に、同情なんて見せてはいけないとは分かっていながらも、ツキンと胸は痛んでしまう。

「ねぇ、雪菜先生。原田先生って高校の時もあぁだったの?」
「あぁって?……んー、誰とでも仲のいい男の子だったかなぁ、永倉君と一番仲が良かったのは相変わらずみたいだけどね」

生徒とじゃれ合いながら購買に列を作っている原田に次から次へと声がかかっているのを見下ろして、雪菜は落ちていた表情に笑みを浮かべた。
話している内容こそ耳には届かないが、楽しそうな笑い声だけはこちらまで届いてくる。
前から教師になりたいと口にしていた原田の言葉を思い返して、やはり適任だ、なんて思っていれば、沖田は雪菜の顔をにっこりと覗き込んできた。

「ふぅん」
「どうしてそんな事聞くの?」
「遊んでみようかなって。……原田せんせー!」
「わっ!ちょっと、沖田君?」

雪菜の返答ににやりと悪戯な笑みを浮かべたかと思えば、くるりと体を再び窓へと戻して大きな声で下に呼びかけた沖田に雪菜は目を見開かせた。
何をいきなり、と唖然としていれば、手に抱えていた弁当が急に沖田の手に渡ってしまい。

「原田先生ーっ、今日も雪菜先生のお弁当貰っていーいー?」
「はぁ?」
「いいよねー?それとも、先生が食べにくるー?」
「今日はこいつらと食う約束してっから勝手にしろっての!」

突然降ってきた声に原田はきょろきょろと周りを見渡したが、すぐに2階の窓からこっちを見下ろす二人を見つけた。
驚いた表情を浮かべている彼女に微笑みたくもなるが、すぐ隣に立つ沖田の姿に思わず露骨に顔を顰めてしまう。
教育実習中に、毎日とは言わないが彼女を独占できると浮き足立っていた矢先に現れた沖田の存在。
いくら生徒だとはいえ、赴任初日に見せられた光景を笑って見過ごせる程の器量は自分には未だ無い。

「なぁ、お前ら沖田って知ってるか?3年の」
「あーあの人ですよね、雪菜先生と噂になってる!」
「そうそう、いつも一緒に居る……原田先生も知り合いなんですか?」
「あ、いや。雪菜先生には俺も高校の頃世話になっててな。それより噂って?」

2階に見えていた二人が窓を閉めて歩いて行くのを追いかけながら、原田は自分の周りに居た女子生徒へと視線をやっと降ろした。
きゃっきゃと落ち着きの無い風にも見える生徒達も二人を視線で追いかけながら意味深にくすくすと目配せをして笑い合い。
秘密、とでも言う風に唇に手をあてながら、それでも相変わらずのボリュームで口を開いた。

「雪菜先生は、土方先生とデキてたのに、沖田先輩がそれを略奪したっていう噂っ!」
「はぁ?雪菜と土方さんが?」
「あ、そっか。原田先生はじゃあ、土方先生も知ってるって事は……先生、何か知ってるんですか?」
「はは、生憎俺は何も知らねぇよ」

ぶっとんだ噂話に思わず、土方と千鶴の事を口走りそうになったのを慌てて飲み込み。
楽しそうに噂話に花を咲かせる女子生徒に苦笑を漏らした。
これぐらいの年齢の時は確かに自分も、雪菜と土方の事を疑っては一喜一憂していたのを思いだすと苦笑しか漏れる事は無い。
土方と雪菜がデキているなんて噂も好ましくもないが、事実関係を知っている今は辛うじて飲み込めた、としても。
沖田が略奪した、という噂に成る程に日頃行動を共にしているのかと思うとやはり遣りきれずに原田は溜め息をついた。

「あいつ、病気なんだってな」
「あぁ、みたいですね。あんまり授業にも出てないって部活の先輩が言ってたの聞いた事あります」
「だよね、沖田先輩ってかっこいいのにミステリアスっていうか!」
「あはは、わかるわかる!でもさ、沖田先輩はきっと雪菜先生一筋なんだよ、それもまたいいよね〜!」

きゃー、なんて笑いながら会話を進める女子生徒達に、内心で小言を漏らしながらも原田は何とか深呼吸を漏らして。
この場でまさかのカミングアウト、なんて勿論出来る訳も無く、手にした財布をいじりながら何気無さを装い口を開いた。

「雪菜先生にも、彼氏いるんでねーの?」
「え〜、どうだろう。聞いた事ないよね」
「あ、でもでも、雪菜先生っていっつもネックレスにリング通してるって噂知ってる?」
「え、何それ」
「この前男子生徒が騒いでたんだよ、何かね、大事な人から貰ったって言われたらしいよ」
「つまり、沖田君からって事?」

ちげーよ、等と勿論原田は言える訳も無い。
結局はまた雪菜と沖田の噂話に戻ってしまった女子生徒の話を片耳で聞きながら原田は500円玉を取り出しながら原田は懐かしい購買のメニューを見つめた。
自分が高校生の時に雪菜へと抱いた恋心はもちろん今も何一つ変わってない。
勿論、雪菜が隠れて浮気をしているだなんて事も疑っては居ないのだけれども。

「原田先生は彼女さん居るんですか?」

楽しそうな笑みを浮かべながら急に視界に飛び込んできた女子生徒に、原田は目を細めて彼女を見つめた。
何か期待する様にこちらを見つめるその視線には残念ながら答える事はできないけれども。
彼女の視線が、次いでは沖田の視線が、あの頃の自分とどこか被る気がして原田は500円玉をきゅっと握りしめた。

「高校生だって恋するもんな」
「え?どうしたんです?」
「いーや、こっちの話し」

意味わかんない、なんて頬を膨らませる女子生徒を笑って交わしながら、原田は購買のおばちゃんへと声をかけた。




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高校生の原田君に比べると、高校生の沖田君の方が少し落ち着いてる、かも?


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