薄桜鬼-現代- | ナノ
 






原田君の教育実習事情 -1-





普段なら欠伸をかみ殺す事に精一杯の週に一度の朝の朝礼も、今日に限ってはまったくそんな眠気は込み上げてくる事は無い。
目の前で生徒に向かって挨拶をしている校長である近藤のすぐ後ろに並ぶ”教師陣”を眺めて雪菜は頬を緩めた。

「締まりない顔してんじゃねぇぞ」
「なっ、そんな事ないですよ。歳さんだって何か嬉しそうじゃないですか」

つんつん、と肘を突いてこそりと話しながら
雪菜はそれでも緩んでいたであろう頬を片手押さえた。
隣に立つ土方から苦笑の様な溜め息の様な音が聞こえたが、雪菜は振り返る事無く壇上を見つめ。
そこに並ぶ懐かしい姿をじっと見つめた。

「今日から2週間……、楽しくなりそう」
「おいおい、遊びじゃないんだからな」
「それは、歳さんが自覚していて下さい」

笑いながら挨拶を終えた近藤が教師の並ぶ列に戻ってくる。
それに次いで後ろを引き続く様にぞろぞろと壇上を降りてくる中、一人目立つ紅髪の男をちらりと見つめた。

「、っ」

ほんの一瞬ではあったが、彼の瞳が自分を捉えた気がして、とくんと心臓が音を立てる。
未だ教頭が何言か業務連絡をしていたが、雪菜の耳には一切入ってくる事は無く。
代わりに後ろに並んだ気配に全神経を集中させた。

「ーーー緊張したね」
「新八なんてガチガチになってたぞ」
「なっ、お、俺はっ、別にそんな……っ」
「お前ら、五月蝿いぞ。まだ朝礼中だ」

懐かしいやり取りが背後から聞こえてきたかと思えば、隣に立つ土方が面倒臭そうに舌打ちを漏らす。
生徒の中では”鬼の教師”として恐れられている土方の言葉も、残念ながら彼等には届かない。
へいへい、なんて軽く流す声が耳に届いて、雪菜は土方が再度舌打った音にくすりと笑みを漏らした。

「面目もあったもんじゃないですね」
「面倒臭ぇ2週間になりそうだ」

その言葉と同時に、ざわざわと体育館が不意に生徒達の声で溢れ返った。
あぁ、朝礼が終わったのか、と土方を見つめていた視線を目の前へと戻してみれば、生徒達が思い思いに体育館を後にしているが。
いつもは一目散に暑苦しい体育館から出て行く生徒達も、今日に至ってはかなり多くの生徒達が雪菜達の立つ教師陣の方をむいてる。
言うまでもなくその理由であろう自分の背後に並ぶ存在に、雪菜はくるりと振り返った。
「おはよう、みんな」

「雪菜ちゃん、久し振りだな」
「久し振りね、永倉君。緊張してたみたいだけど、大丈夫?」
「雪菜ちゃんまでそんな事言うのかよ……あぁ、情けねぇ。女子高生からもてもての俺の学園ライフが……」
「お前は何しにここに来てんだ」

朝からこんなに溜め息をつく音が聞こえるのも珍しいが、あながちそこまで本気ではない土方の表情に雪菜も自然と笑みが溢れてしまう。
目の前に並ぶ懐かしい面子のうち特に思い入れのある、なんて言えば教師にしては失格なのかもしれないけれども。
4年前にこの学内で生徒として在籍していた彼等が今日から2週間、教育実習生として通う事になる。
保健医の自分とは関わりの少なかった生徒も多いが、それでも真後ろに並んでいた、千鶴と永倉、そして原田に至っては気心知れた仲のようなもの。
実の妹に、彼氏の親友であり、そして彼氏。
3人とも教師志望だと言う事は耳に挟んでいたが、こうして並ぶとやはり違和感は拭えない。

「でもすごく楽しみ。よろしくお願いします、土方先生、雪菜先生」
「がんばってね、千鶴――それに、原田君も」
「ん、さんきゅ。雪菜」

にこりとお辞儀を返す千鶴に雪菜も微笑みを返し。
隣で欠伸を漏らした原田の注意を引く様に声をかけてみれば、慌てて原田も欠伸を飲み込んだ。

「こら、ここは学校よ」
「、っと。悪い」

やべ、と口を噤む原田にし、っと口元に手を当ててみせ。
お前気をつけろよ、なんて笑いながら隣で永倉がばしばしと原田の背中を叩いていた。

「ほら、お前らもさっさと行くぞ。次は職員室で挨拶と担当発表だ」
「うげ、まだ挨拶あんのかよ」
「当たり前だろ」

相変わらず土方に尻を叩かれながら歩き出し、雪菜はふと隣を歩く原田を見上げた。
彼氏である彼とこうして横に並んで歩くのは今に始まった事でもないけれど。
それでも、最後にこの学校内を二人で歩いたのはいつだったっけ、と昔を懐かしむ様に想いだしていれば。
じっと見上げていた原田の視線が雪菜へと落とされた。

「ん?どうした?」
「え、あ、ううん。懐かしいなって思って」
「懐かしいって?あぁ、この学校に俺等が居ること?」
「うん、もう4年も経ったんだって思うと……老けたみたいで複雑」
「はは、”センセ”が老けたなら、俺だってそうだろ?」

けらけらと笑って複雑そうな表情を浮かる雪菜の頭をぽんぽんと撫でる。
いつもと何一つ変わらない原田の仕草に、雪菜はとくんとまた一つ鼓動が高鳴った。
この4年間で、いろいろと喧嘩や仲違いをした事も多々会ったとはいえ、相変わらず自分の隣にいる原田の姿。
付き合い始めから歳の差なんて一切感じさせない程大人びた空気を彼から感じていたが、今自分の隣でスーツを身にまとっている原田は雪菜と同じ歳と言っても違和感はないだろう。
それに見惚れてしまっている自分が何だか悔しくて、雪菜は唇を軽く尖らせた。

「それに、相変わらず俺の彼女は可愛いと思いますケド」
「ちょっ、原田くっ!」
「誰も、雪菜センセの事とは言ってねぇけどな?」

慌てて口を塞ごうと背伸びをした雪菜に、原田はにやにやと悪戯な笑みを浮かべ。
手をあげた雪菜の首元をつ、っと撫で上げた。

「もうっ、からかわないでってば……、それに、この2週間は絶対にばれ――」
「ばれないように、だろ?慣れたもんだ」

ふ、と笑って雪菜の首筋においた指の先に触るチェーンネックレスを引き上げて。
ネックレスが引き寄せられた感覚に雪菜が顔を落とすと、ニットの中に落としていたネックレスが視界に入った。

「ちゃんと、してくれてるんだな」
「、っ。手にはできないから……」
「俺も、ちゃんとついてるから」

ネックレスの中心に通っているシンプルなデザインのリング。
いわゆる”ペアリング”なそれを今更指につけるのも気恥ずかしいしもするし、第一保健医である自分が金属を指につけて気持ちのいいものではない。
それなら、と代わりに渡されたチェーンネックレスにそれを通して常日頃身につけているのは原田も承知なのだが。
いつもなら彼の右手薬指に光っているリングが今日は目につかなくて、雪菜は首を傾げた。

「どこに?」

その問いかけに、原田はくく、と笑って少し腰を落として雪菜の耳元へと唇を寄せ。
ぴく、と足を止めた雪菜は気にも止めずに原田はそのまま雪菜の手を取り自分の首もとへと手を引き寄せた。

「ココ。雪菜と同じトコ」
「っ、わ、わかった、わかったから、ちょっ」
「顔真っ赤ですよ、センセ?そんなに真っ赤な可愛い顔しちまうとキスしちまっ……痛って」
「おら、原田っ。いい加減にしろ。雪菜も、んないちいち動揺してんじゃねぇ」

誰が見ているかわからない廊下で不意に近づいた原田の顔に瞳を閉じてみれば。
すぐにゴツン、と唇ではなく原田の額が雪菜の額に強く重なる。
その痛みに顔を上げてみれば、おそらく手にしている名簿で原田の後頭部を叩いたのだろう、土方が眉間に皺を寄せて二人を半ば睨みつける様に立っており。
後ろでは千鶴と永倉が頬を染めながらこちらを見ていた事に気付いて、雪菜は更に頬が熱くなるのを感じて原田の手を振りほどいた。

「ったくよ〜左之、お前もうちょっと自重しろよな。相変わらず見せつけやがって」
「んだよ、僻むんじゃねぇ……っ痛ぇって、おい土方さん、何だよさっきから」
「何だは、お前だ。相変わらずガキだなお前は」

やれやれ、なんて息をつきながら後ろから来た生徒達と挨拶を交わし始めた土方に、原田は一言二言悪態をついてはいたが。
やがて原田もまた息をついて、自分達におそるおそる挨拶を送る生徒達に答えながら素直に職員室へと歩き出した。

「あ、雪菜せーんせ」
「え?あぁ、沖田君」

ふと階段を降りようとした時に頭上から声をかけられ、雪菜は顔をあげ。
呼ばれた声を追う様に視線をうろうろとさせてみれば、ひょこりと階段から顔をだした見慣れた生徒の姿を見つけた。

「また遅刻したの?もう、今日は教育実習生がくるからって言ってあったじゃない」
「別に興味ないけど……それより先生、ちょっと具合悪いから休ませてもらってもいい?」
「今から?早退しちゃう?」
「んー寝てると良くなると思う。雪菜先生の作ったレモネード飲んでたら。」
「高くつくわよ」

くすくすと笑って言い換えしてみれば、階段の上の沖田も笑みを浮かべ。
しょうがないなぁ、なんて小言を漏らしながら雪菜は隣を歩いていた原田や土方に声をかけた。

「すいません、歳さん。後はよろしくお願いします」
「まーた総司か、お前。ちゃんと薬飲んできたのか」
「えー薬まずいもん。雪菜先生が口うつして飲ませてくれるってなら別だけど」

あはは、なんて病人とは思えない楽しそうな声をあげて階段を下りてくる沖田は、その見慣れない面子に軽く目を細めたが、すぐに視線を雪菜へと戻し。
とん、と最後の一段を降りるや否や、雪菜の手を掴んだ。

「ほら、早く行こう?」
「はいはい、ちゃんと薬持ってきてるの?」
「どうだろうね」

くすり、と意味深に笑いながら雪菜の手をとって歩き始めた沖田に、雪菜も慣れた事のように半ばひきずられるようにその後を追いかけ。
またね、と振り返って手は降ったもののすぐに角を曲がって姿を消してしまった雪菜に、ぽかんと成り行きを見守っていた千鶴は、そういえば、と後ろを振り返った。

「っ〜〜っっ!!」
「こら、左之。落ち着けって、くそ、暴れんなっ!」

こういう時にまず噛み付きそうな姉の彼氏である原田がやけに静かな事に疑問を持ったが、そこには永倉に羽交い締めにされた原田の姿。
今にも暴れだしそうな原田を必死で押さえつけている永倉の姿に千鶴は口元に曖昧な笑みを浮かべた。

「あの、土方先生」
「ん?どうした」
「沖田さんって?」
「あぁ、ここの3年でな。ちょっと難病を抱えてるんだが、当の本人は”あぁ”だから……あいつも苦労してるみたいだ」

そうですか、と千鶴は土方の言葉に今しがた姉である雪菜が歩いて行った廊下を見つめた。
背後からは永倉と原田が相変わらずぎゃあぎゃあと騒いでいるのに足を止めて仲裁に入ろうとしたけれども。
千鶴の仲裁よりも先に、土方の怒声が廊下に響き渡った。




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原田君の恋愛事情の続編になります、やっちまいました!
帰ってきました、教育実習生です原田さん。
相変わらずうちの土方さんは世話焼きのオカンです。
そして総司が……総司がしょたっぽいぞ、断じて違いますが!!(がくがく
”原田君の恋愛事情”に加えて、頂き物である”永倉君のお弁当事情”も踏まえてあります。
よろしければそちらもどうぞ。


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