薄桜鬼-現代- | ナノ
 




原田君の恋愛事情 -6-





どこか似たフレーズを遂先ほども聞いた気がする。
だけども、その声は今腕の中に納まっている雪菜のものではなく。
自分の背後を見つめて驚いた表情を宿す雪菜に、原田も首だけ振り返らせてみれば、そこには口をぱくぱくさせている千鶴の姿。
手元には先程雪菜が持っていたのと似たような形の弁当箱を抱えてはいるが、それよりも千鶴が発した言葉に原田はいぶかしげに眉を潜めた。

「え、っと……」
「お、姉ちゃん?」
「鍵ぐらいかけてろよ」

扉をあけて佇む千鶴のその更に後ろからひょいと顔をだしたのは土方の姿。
完全に抱き合っている訳ではないものの、近い距離に体を寄せる原田と雪菜に、かたや赤面したまま硬直している千鶴に反して、何事も無いかの様に土方は千鶴の背を押して保健室の中に足を踏み入れ、慣れた手つきでかちゃりと鍵をかけた。

「、……え?」
「あの、あのね、原田君。」

ぽかんと、呆気にとられた様子の原田に、雪菜はそわそわと狼狽えながら原田のシャツを引っ張りながら、ちらりと土方を横目に見た。
視線を雪菜へ戻し、そして言葉なく原田もそれに釣られて土方の方へ視線を向ければ、彼は先ほど雪菜が手にしていた弁当箱を手に抱えており、そして隣で硬直している千鶴もまた、似た様な柄のそれを手に持っている事に気付いた

「え?」

口から漏れる音は言葉にはならず。
口を半開きに開けたままの原田ににやりと笑う土方は、そうだ、とひょいと千鶴の持っていた弁当箱と自分のものを交換しようと、そしてコツンと千鶴の頭を指で叩いた。

「あ、え、あ、そうだ……おべんと……、」
「これで何度めだ、雪菜が俺と千鶴の弁当箱間違えるの」

よく確認しろよ、と土方が苦笑まじりに千鶴の弁当箱を引き取り、そして代わりに自分の持っていたそれを千鶴へと手渡した。
酷く動揺しているのであろう、雪菜と原田を再度ちらりと見て落としそうになった弁当箱を慌てて抱えなおし。
そんな千鶴の様子に苦笑しながら、土方は目の前でおろおろと見上げた千鶴に、落ち着け、と軽く頭を数回撫でつけた。

「ほら、お前次は体育だろう。早く行け」
「あ、そうだった…じゃ、じゃあ、また……後でね」

がちゃがちゃと何度かドアを開けようとしたところを、しっかりしろ、と保健室の鍵を土方があけてやれば。
へへ、と気まずそうに笑いながら千鶴はそのまま足早に保健室を出て行った。
ぽかん、とその後姿と土方を見つめたままの原田を気にも留めずに、土方はじゃあな、と声をかけて彼もまた保健室を後にし。
パタン、と扉を閉めると同時に、休憩時間の終わりを告げるチャイムが保健室中にこだましたが、原田は次の時限も今日ばかりは自主休校をすることを決め、ようやく目の前の雪菜に向き直った。

「あの、授業……」
「怪我の手当て、って事で」
「え、でも……」
「それより、説明してくんねぇか?」

さすがに痛くなってきた足に、原田はゆっくりとその場に立ち上がり。
名目があるとはいえ授業をサボるといった事に対して何か反応がくるだろうかと思ったが、雪菜も動揺しているのだろう、そうよね、等と素直に頷いて原田の手を取った。

「どこから話せば……えっと。まず、私と千鶴は……その、姉妹なの」

チャイムが鳴った為、また静けさを取り戻した学内とはいえ、先ほどの二の鉄を踏むまいと、原田は保健室の扉に鍵をかけ。
その間に雪菜は、どうぞ、と丸椅子をもう一つ引っ張り出してきた。

「あぁ、だから、さっき……」
「うん、学校では……秘密にしてるんだけどね。いろいろと面倒だし」
「まぁ、そうだろうな」

ふむふむ、と頷きながら差し出された椅子に腰を落とし。
膝を合わせる形で自分もまた丸椅子に据わった雪菜は、床に足をついたことで少し汚れてしまった白衣の裾を手で払った。

「で?」
「で、えっと……何だっけ」
「雪菜と、土方の関係」
「あー……うん」

そうだった、と言葉は紡いだものの、またも口を閉じてしまった雪菜を原田は不思議そうに見つめ。
土方が彼氏ではないと分かった以上、不安になる事はないのだが。
それでも随分ともったいぶる雪菜の様子に、好奇心が掻き立てられてしまう。

「歳さんは私の大学の先輩で……その、大学のときから良く面倒を見てもらってて。」
「それは、初耳だな。何、元カレってヤツか?」

もごもごと、ひどく言いづらそうに口ごもりながら、それでも原田の問いかけに雪菜は即座に違う、と首を振り。
しばらく言い渋った後に、唇に人差し指をつけて原田に何か訴える様に視線を送った。
秘密だ、とでも言いたいのか、わかった、と言葉に出さずに頷き返した原田に、人差し指を唇につけたまま、雪菜は口を開いた。

「私じゃなくて……千鶴の、なの」
「は?」

あまりに予想だにしていなかった雪菜からの言葉に、先ほどの千鶴が妹だという発言よりも更に間抜けた言葉が口から漏れ。
辻褄があっていない様子の原田に、雪菜は言葉足らずだったか、と言葉を続けた。

「えっと、つまり、歳さんは千鶴の彼氏さん、なの」
「は?なんだ、それ?!」
「しーっ!」

まじかよ、と紡ごうとした言葉は雪菜の小さな手で塞がれてしまい。
手に染み付いている消毒液の匂いに、鼻がツンとしたが、それよりも。
たった今語られた雪菜からの言葉に、雪菜を抱きしめたときとはまた違う胸の高鳴りが原田を襲った。
彼女の話し振りから、それが嘘ではないという事はわかるのだが。
告げられた二つの事実、千鶴が妹だという事、そして土方の彼女だという事に、原田は、あ、と脳内に繋がった線に声をあげた。

「じゃあ、この前、俺とコンビ二で会ったのも……」
「千鶴を、歳さんとこに送って行くとこ、だったの」

予想した通りの事実が雪菜の口から告げられ、原田はついにがっくりと肩を落とした。
結局は、全部自分の勘違いが故の誤解だったのか。
ずっと緊張していた糸が切れてしまった風に、原田は大きく息をつき。

「くそ、あのエロ親父……!」
「あ、あの、原田君……?」

不穏な言葉を口にした原田に、秘密だよ、絶対ね、と心配そうに顔を覗き込んだ雪菜を見つめ。
ため息に交えてその前髪に息を吹きかけてみれば、びくっと雪菜は体を縮こませ。
土方に対しての不満は胸を燻るが、今はそれよりも。
掴んでいた彼女の手をくいっと自分の方へ引き寄せ、バランスを崩して立ち上がった雪菜の腰に腕を回して抱き寄せた。

「なぁ、雪菜」
「、原田君。学校では先生って…?」
「今だけ、今日だけ」

ぎゅっとちょうど雪菜のお腹に頭を埋め、原田の摺る寄る様なその仕草に、雪菜は頬を緩めてその頭を撫で。
ピンであげていないその赤みのかかった原田の髪を楽しむ様に、指を通した。

「左之助」
「うん?」
「今だけ。左之助って、呼んで」

どこか恥ずかしそうな音色を含んだ彼の言葉に雪菜は笑みを深め。
相変わらず顔を埋めたままの原田の髪を撫でる手をとめて、静かに囁いた。

「左之助、君」

思ったよりも小さな声に、届いているか不安にはなったが、同時に腰をしめつける彼の腕が強くなった辺り、ちゃんと届いているのだろう。
とくん、と大きく高鳴った自身の鼓動は、腹部に顔を埋める原田にせめて届かない事を願い。
落ち着かせる様にふぅ、と長い息を吐いてみれば、原田はそっとそこから顔を上げた。

「今度、デートしてくれるか?」

ようやく顔をあげた原田の頬が少し赤いのは、勘違いではないだろう。
いつも大人びて見える彼のその表情に、自分の頬も熱いのは認識はしていたが、そうね、と笑みを浮かべながら答えた。

「約束だぜ?」
「うん、約束」
「じゃ、約束のチューしてくれよ。」

腰に回っていた手が、しゅるりと背中へと上げられたかと思えば。
先程までの照れた表情はどこへいったのか、原田はにやりと悪戯な笑みを浮かべており。
頭にかかっていた雪菜の両手が、ぴくりと動いたのに気付いた。

「そんな事できませんっ」
「してくんねーと、これからずっと雪菜って呼ぶぞ?」

自分の一言で耳まで真っ赤に染まりあがった雪菜の表情を楽しみながら、追い討ちをかけてみれば。
ひどい、と訴えんばかりの表情を浮かべている雪菜に、喉を鳴らして低く笑った。
もちろん、本気でそうするつもりは一切ないのだが、こうして自分の言葉を鵜呑みにする彼女が面白くて、可愛くて。

「ほら、はーやーく」

急かす様に口を突き出せば、誰も居ない事はわかっている筈なのに、首を振り左右を確認し。
もう、っと彼女らしい悪態をついてから、原田の唇をほんの一瞬だけ掠め取った。

「これだけ?」
「これだけ」

すぐに離れた唇に物足りな気に片目を開けて続きを催促してみても。
彼女は宥める様に原田の額をぺちりと軽く叩いてみせた。

「しゃーねぇなぁ」
「それに、次の時間はちゃんと授業に出るのよ?原田君」
「わかったよ、雪菜センセ」

くつくつと笑い声を上げて原田は背に回した手に力を込めて、雪菜を屈ませると。
雪菜もくすり、と込み上げた笑いに口を緩め、寄せられた唇に自身の唇を重ねた。




****
終わった……!
なんという厨二設定。
いやはや、しかしながら……ねぇ?(何)
次回、その後の二人です。
よければお付き合いください。


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