薄桜鬼-現代- | ナノ
 





原田君の恋愛事情 -4-





目の前にある保健室の扉。
授業中の今の時間なら、誰か寝てるかもしれないが、まず間違いなく彼女はここにいるだろう。
そう、分かって入るのだが。
扉に駆けた手をどうしても動かす事ができずに、原田は静かな廊下ごしにそこへとしゃがみ込んだ。
かれこれ1週間が過ぎた。
前なら毎日の様に顔をだしていたのだが、キスをした事よりも、泣かせてしまったという事実に原田の足は自然と保健室から遠のいてしまい。
何度か学内ですれ違う事もあったが、その都度視線を逸らしてしまった結果、話すタイミングというものを完全に失ってしまった。
はぁ、と静かに息を漏らして、原田は顔をあげて保健室の扉を見上げた。

「情けねぇ」

がしがしと今日に限っては留めていないその髪を掻きあげて、原田はその場をゆっくりと立ち上がった。
もう一度だけ、声をかけようと決めたものの、どうも手が言う事をきかない。
結局、授業に今更出る訳にも行かずに、原田は扉に手をかけたその手を引き戻して、その扉に背を向けた。
屋上にでもいくか、と新しく買った煙草をズボンごしに確認しながら、誰もいない階段をゆっくりと上り、屋上への扉を開けた。

「ん、……って、やべっ」
「あ?何してんだ、原田。今授業中だぞ」

よりによって、目の前には煙草を悠々と吹かす土方の姿。
老朽化したその扉がギィと音を立てるのに振り返り、原田の姿を映し込むとすぐにいつもの様に厳しい表情を宿した。
見つかってしまっては、もはや逃げる事もままならず、原田は扉を片足で締めてその壁にとん、と背をつき。
追い返されるかと思ったが、土方は原田を見つけたにもかかわらず、その場で原田を見つめるだけの土方に、原田もまたそれをじっと見つめ返した。

「後でちゃんと先生に謝っとけよ」
「なぁ、土方」
「ここは学校だぞ」
「めんどくせーな、いちいち、雪菜といい……。土方先生」

苛立たしげに唸りながら、原田は5メートル程先で煙をあげる土方を半ば睨みつける様に視線に捉え。
少しの間言い迷った後に、ぎゅっと拳を握りしめてからはっきりと口を開いた。

「雪菜先生と、付き合ってんのか」
「さぁな」

ふっと煙を宙へと吐き出すと、土方は苛立ちの表情を浮かべる原田とは相反する様に、口元に薄らと笑みを作り。
直球で聞いたその質問をするりと交わす、その余裕に溢れた笑みが、返って原田の心の中に苛立を芽生えさせた。

「ガキのお前には関係ないだろ」
「関係あんだよ」

きっと睨みつける原田の琥珀の瞳にも、土方は動じる事はない。
代わりに、くくっと面白そうに笑い声を漏らした土方に、原田はかっとなり、壁を思い切り叩き付けた。

「モノに当たるのか」
「生憎、教師殴って退学はごめんだからな」
「いいじゃねぇか、辞めたら堂々とあいつに言い寄れるじゃねぇか」

にやり、と挑発する様に笑う土方に、原田は苦々しげに悪態を突き、そしてそのままその場にずるり、としゃがみ込んだ。
じんじんと痛み始めた腕等、どうでもいい。
ただただ、自分の苛立ちを発散させたくて、原田はがしがしと頭を掻きあげた。

「んな事しても、あいつは俺の方は向かないって分かってんだよ」
「そうか?」
「そうだよ……。俺が退学になって言い寄ったって、自分のせいだって責めるに決まってんだろ」

ほう、と意外屋上の柵の外を見つめながら、土方は煙草を携帯灰皿へと押しつけ、休む事無く新しい1本を取り出してソレに火をつけた。

「最悪、自分を責めてあいつまで辞めちまう事にも、なりかねねぇだろ」
「よく分かってるじゃねぇか」

はぁ、と溜め息をついて原田は顔を伏せた。
何を一体言っているのだろうか、肯定すらしていないものの、目の前に居る土方は雪菜の恋人かもしれないというのに。
こうも心かき乱される自分とは裏腹に余裕な態度を浮かべる土方に、年齢の差というものを改めて突きつけられた様な気がして。
手に入らないと駄々をこねている子供な自分に、乾いた笑みを漏らした。

「しゃーねぇだろ、好きになっちまったんだから……、年とか、立場とか関係なくてよ」

ぽつり、と震えそうな声を堪えながら、原田は土方に聞こえるか聞こえないか程の声色で言葉を落とした。
その後にやって来る、居心地の悪い静寂さを気に求めずに、原田は両腕で頭を抱え込み。
ずきずきと痛む心を隠す様に笑みを漏らし続けた。

「俺だっせーな、んとに……」

はは、と薄く笑みを漏らしながら、原田は大きく息を吐いてからその場にずるりと完全に座り込み。
目の前の土方を首だけで見上げた。

「あれぐらい、攻略できなくてどうする」

不意に話しはじめた土方に、何が言いたいと問いかける様に視線で先を促すと、土方は風を煙草から避ける為にか、原田の方へと向き直り。
あれとは、雪菜の事だろうか、彼女を知った風な土方の言い方に、原田は苛立たし気に目だけ歪めた。

「お前も結局はそこらへんのガキと一緒か」
「ちげーよ、ガキ扱いすんなってんだろ」

ふぅっと煙草の煙を吐きながら、土方は今までの余裕のある表情を浮かべたままだが、どこか探る様に原田を見つめ。
それがどうも心地悪かったが、じっと見つめたままの土方の瞳を原田も逸らす事なく見返してみれば、いつの瞬間かその瞳がふいに緩められた。

「なら、自称大人が、ただのガキ相手に何手こずってやがる」
「ちょっと待てよ、何だよその言い草。雪菜はお前の女じゃねぇのかよ」
「知るか、自分で本人に確かめてみりゃいいじゃねぇか」

面倒くさそうに煙草の煙に目を細めながら、土方はこきりと首を鳴らし。
肯定も否定も一度もしない土方の口ぶりに、もう一度問いただそうと原田は間を空けずに口を開いた。

「どういう……」
「あ、歳さん、やっぱりここにいた」

すぐ横の古びた扉が再びギィ、と耳につく音を鳴らしたかと思えば、自分の口から言葉が最後まで響くより先に、視界に入ったのは見慣れた雪菜の靴。
すぐに声が重なり耳をくすぐったのは、1週間ぶりに耳に響いた聞き心地の良い雪菜の声。

「これ、今日のお弁当。がんばって作っ………、って?」

丁度ドアの正面に居た土方の姿を見つけて、雪菜が手にしたお弁当を差し出して、暫くして。
視界に僅かにはいった、誰かの姿に、雪菜は言葉を閉ざして視線だけを下へ送ってみれば。
原田の姿を視界に入れて、もう一度僅かに顔を退くつかせて声を漏らした。

「お前はつくづくタイミング悪いよな」
「え、な、んで……?」

土方の溜め息混じりの声が前方から聞こえてきたが、今や顔ごと原田を見下ろした雪菜は、差し出した手を引っ込める事も無く。
さっと青冷めた顔色に気付いた原田は、その姿、そして手にした弁当箱を見つめて盛大に溜息を漏らした。

「あーあ、学校でいちゃつくんじゃねぇよ」
「え、あ、あの……」
「俺、そんな口軽いわけでもねーし。彼氏いるならそう言ってくれりゃ、それで身を引くのによ」
「いや、あの、原田く……、」

おろおろと、弁当箱を抱え直して原田を見下ろしていた雪菜は、原田の手から滴る雫に気付き、そっとその手に触れようと屈み込み。
ぴくりとそれに反応した原田は、雪菜が傷口に触れる前にその手を体の後ろへと隠し込んだ。

「怪我……して、る」
「悪ぃ、センセ。俺授業あっから」
「でも……」

頭を鈍器で殴られた衝撃とはこういう事を言うのだろうか。
雪菜が目の前で何か言葉を発しているのも、耳にはっきりと届く事は無く。
立ち上がって最後にちらりと見たその表情は、耳まで真っ赤に染まり上がってはいるが、顔は悲しそうに歪められたまま。
その姿が、いわゆる手作り弁当の差し出し相手に向けられたものであり、そして自分という存在のせいだと嫌でも合点がいってしまう。

「もう、いいから。悪かったな、しつこく言い寄ったりしてよ。……じゃあな、雪菜先生」

ギィ、と扉を開いて、せめて最後にと原田は雪菜を正面から見つめ。
あの、と慌てた様に声をかける雪菜の頭をぽん、と一度だけ撫でてから、原田は扉を締めた。
バタリと扉が目の前で閉まり、その扉を呆然と見つめて居れば、背後から手に抱えていた弁当箱が抜き取られ。
それに振り返ってみれば、呆れた様な土方の表情。

「……いいのか」
「、何がですか。別に私は何とも、」
「んな泣きそうな顔してよく言う」

ぐしゃりと前髪を少し強く撫でられ、雪菜が一歩後ろに足を引いた。
土方の言わんとしている事は痛いほど分かる、それでも、と揺らいだ瞳は土方の紫苑の瞳を答えを求めるかの様に仰ぎ。
言葉ならず視線だけで求めるのは妹と同じなのか、と土方は息をついて雪菜の額から手を離した。

「別にそこまで立場に固執する必要ねぇだろ。ルールさえ守ってれ。」
「で、も……」
「今、追いかけない事を一生後悔しないんなら、それでもいいが」

この阿呆め、と投げられた言葉に雪菜は答える事無く黙り込み。
握りしめた両手をしばらく無造作に組み替えながら、どこか思い詰めた様に視線を伏せていたが。
「言っとくが。これは、教師としてじゃなくて、俺個人的なアドバイスだからな。」
追って投げられた土方の言葉に、雪菜はぴくりとその手を止め、口を開く代わりに瞳で土方を再度見上げ。
暫くの間、その瞳をじっと見つめた後に、意を決した様に雪菜はくるりと踵を返して扉へと手をかけた。
ギィ、と相変わらずの調子で音をたてる扉がバタリと大きな音を立てて閉めたのに土方は顔を顰め。

「ガキの子守じゃねーぞ俺は」

閉じた扉に向かって苦笑交じりに呟き、土方は手元の弁当箱を見下ろし。
二度程、瞬きをしてからため息を漏らした。




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原田君がまるでガキんちょ。
土方先生は良い人すぎて。
偽者がいぱいです、はい。
さんねーんさくらぐみー
ひーじかーたせーんせー!(何)


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