薄桜鬼-現代- | ナノ
 





原田君の恋愛事情 -3-





家に帰ってからも、どこか気分は晴れる事はなく。
前から気付いてはいたが、どうもああいう風に目の前で二人のやり取りを見てしまうとどうも気が焦ってしまう。
さらに、土方の肩口に顔を埋めた雪菜の姿が何度も脳内を過ぎり、原田は軽く舌打ちを漏らして目の前に並ぶカップ麺を籠に入れた。
深夜のコンビにはこれといって客が入っている訳でもなく、店内は自分とスタッフのみ。
家を出る前に頼まれたスナック菓子やデザート類を無造作に籠に詰め込み、さっさと会計を済ませて店の外にでてみれば、急に車のライトが顔を照らし、思わず原田は目を細め。
そのまま車を駐車したその車を少し睨みつけてすぐに、その瞳が驚きのものへと色を変えた。

「あれ、原田君?」
「雪菜?」

車から出てきたのは、誰でもない、雪菜の姿。
彼女もまた驚いた表情を宿したものの、車のロックをかけると原田の下へと歩み寄ってきた。

「何してるの、こんなところで」
「いや、俺んちの一番ちかいコンビニがここだから……って、雪菜は何してんだ?」
「こーら、学校外でも、私は先生です」

ぴしっと原田を指差した雪菜に、原田は苦笑を漏らしながら先生、と付け加えてみれば。
うんうん、と頷きながら雪菜は手にした財布をちらりと持ち上げた。

「ちょっと小腹が減っちゃって」
「何だ、夜に食うと太るぞ?」
「うるさいなぁ……いいもん、別に怒る相手なんて居ないんだから」

ぷくっとぶうたれた様に頬を膨らました彼女に、安堵が込み上げる現金な自分に胸中苦笑を漏らしつつ、原田はその膨らんだ頬を挟むようにむに、っと雪菜の口元を掴んだ。
今まで何度と無く、冗談で触れる事はあったが、やはりその柔らかい吸い付く様な肌に高鳴る胸は押さえる事はできず。
ごまかす様に何度か摘んでいれば、雪菜がその手をようやく払いのけた。

「悪い悪い」
「もう、っていうか、もう夜中よ?高校生がこんな時間に出歩いちゃだめでしょう」
「俺も腹減ったから、夜食を買いに来ただけだって。って、先生の家この近くなのか?」
「私?んーそうね、近いっちゃ近いけど、まだちょっと先かな」
「こんなとこまで車できたのか?」

わざわざ?と問いかけてみれば、雪菜は事もなさ気に首をかしげて、原田を見上げ。
学校で私服は見慣れているとはいえ、白衣を脱いだままの彼女のその仕草は5つの年齢差など全くない様にも思えた。

「歳さんの家がこの近くなのよ。あ、土方先生ね」
「土方の?」
「先生ってつけなさいって何度言えば……」

もうっと呆れた様に笑う雪菜を見下ろして、原田はため息混じりにがしがしと髪を掻き揚げた。
嫌でも推測してしまう、ここにわざわざ車できた雪菜の理由。
夜中に彼女とここで遭遇できた偶然の嬉しさよりも、燻る嫉妬に似た感情に原田はただ宙を仰いだ。

「今から土方センセーんとこ、行くのか?」
「うん、ちょっと用事でね」
「用事?」
「はいはい、余計な事は詮索しなくていいの」

曖昧に会話を切り上げようとした雪菜に、原田はため息を漏らし。
エンジンを完全には切っていない車をちらりと見つめてから、ジーンズのポケットに入れてあった煙草へと無意識に手を伸ばした。
カチっと慣れた手つきで火をつけ、それを吸い込み、やがて息をつき。

「あ」
「うん?」

今目の前にいるのが雪菜であり、そして一応は教師という事に今更ながら考えが回り。
声を上げてしまったが、雪菜は不思議そうに首を傾げ原田を見上げた後に、彼女もまた、やっと気付いた様に声をあげた。

「あっ…!そうよ、原田君まだこうこ……」
「しーっ、声がでかいって」

甲高い声に、行き交う人が少ないとはいえ聞いている者が居ないとは限らない。
思わず彼女の口に手をあてて、モゴモゴとその下で声をあげている雪菜にしーっと仕草を見せてみれば、原田の大きな手にすっぽりと被されたその手を、迷う事無く両手で勢いよく引き剥がした。

「ちょっと、駄目よ原田君。煙草は健康に悪いんだから、っていうか貴方まだ未成年……!」

甲高い声が響くかと思いきや、比較的声を落としてコソコソと声をあげてくれた雪菜にちらりと左右を見渡すが、自転車で横を通り過ぎた男が目に入るだけ。
ほっと胸を撫で下ろしから、原田は自分の下でくいくいと服を引っ張り注意をひき始めた雪菜を見下ろした。

「聞いてるの?」
「ん?あぁ、悪い。何だ?」

日頃から小柄だとは思ってはいたが、こうして見下ろしてみれば、自分の胸の辺りにある彼女の姿。
ぽそぽそと声を上げているその声が耳に届かない訳がないが、これ見よがしにもう一吸いタバコに口をつけると、雪菜から更にそれを咎める声が耳に届いた。

「なんだ、じゃなくて」

少し腰を折ってワザとらしく視線を合わせてみれば、ぐんと近付いた雪菜が、まだ周りを気にしているのだろうか、原田の耳元へ口を寄せた。
ふわりと香る彼女の香りに、火がつかない様に煙草を持った手を引き離してみれば。

「今すぐ捨てたら、先生見なかった事にしてあげるからっ」
「先生と俺の秘密にしてくれるって訳?」
「そう、だから、はい、捨てなさい」

びしっとすぐ傍にあった灰皿を指差す雪菜に、まだ火をつけたばかりのそれを捨てるのはもったいない気もしたが。
ここでもう一吸いしたら雪菜が発狂しかねないと思い、しょうがなしにそれを灰皿へと投げ捨てた。

「これでいいだろ?」

手にしたそれが灰皿へと落ちたことを確認してから、雪菜はそれを見つめながら不満そうに頭を揺らしたが。
ちらりと原田を見つめてから、暫くして気まずそうに苦笑を漏らし始めた。

「原田君、大人っぽいから普通に吸ってても違和感なかったわ」

でも、だめよ、と念を押しながら口元を押さえて笑う雪菜に、原田は琥珀の瞳を細めてその姿を見下ろした。
くすくすと目の前で笑う雪菜が、本当にただの女というよりかは、むしろ女の子にしかみえなくて。
自分と今こうして並んでいるのを誰かが見たときに、誰が年齢差に気付くだろうか、とぼやこうとしたその時。

「あ、そうそう」
「ん?」

ふと思い出した様に、ふわりと雪菜が原田へと歩み寄り、その細い腕を原田の背中に、抱きしめる様にまわり込んだ。
突然のその行動に、思わず狼狽したものの、原田もまたそれに答えるかのごとく雪菜の体に手を回そうとしてみれば。

「というわけで、これも没収します」

ジーンズの後ろポケットから何かが抜かれた様な感覚に、抱きしめようとしていたその手を止めれば、目の前にひらひらと晒されているのは、自分の煙草の箱。
だめよ、と念押しをしながらそのパッケージを手に取った雪菜は既に原田の体からは手を解いており。
その箱をしげしげと見つめながら、丁度良い、と言わんばかりにそれをぺちり、と指で軽く弾いてみせた。

「歳さんもこれなのよね」

あげてこよう、と腕の中で呟いた雪菜に、原田はついに、今しがた彼女の口から漏れた、土方という名前を咄嗟にかき消す様に、中途半端に開いていた自身の両腕の中に雪菜を収め込んだ。
そのまま、丁度良い位置にある雪菜の首元に自分の顔を埋めてみれば、先ほどより強く鼻をくすぐる彼女の香りと、柔らかいその肌。

「え、原田君?」
「なぁ、雪菜」

慌てて頭をどけようとした雪菜の手では、頑なにそこへ落ちた原田の頭はどかせることは出来ない。
必死で自分の頭をどけようとしている事に気付いてはいるが、それに今だけは答える事はできずに、原田は言葉を続けた。

「俺とデートしてくんねぇのか?」
「原田君、だから…、貴方はまだ学生で……」
「んなもん、あと1年したら消えちまうだろ」
「お願いだから、先生をからかわないでってば」

もぞもぞと、腕の中から抜け出そうと身体をよじる雪菜を更に閉じ込める様に、原田はその手をきつく抱きこんだ。
触れた事はあっても、一度も抱きしめた事のないその身体は、思っていたよりもずっと小さく。
女性特有というのだろうか、柔らかいその肌を壊さない様に原田はそのまま随分下にある雪菜の額に自分の額を重ねた。

「からかってなんか、ない」
「こ、こら、こんなトコ誰かに見られたら……」
「見られたって、今の俺と雪菜なら先生と生徒だなんてバレねぇよ」
「ちょっ、と!」

思いの外に、すっぽりと収まった彼女があまりにも心地よく、原田はすぅっと息を吐き。
もぞもぞろ何とかして抜け出そうとする雪菜の瞳を、じっと捉えた。
瞬間、雪菜がびくりとその漆黒の瞳で原田を見つめ返したそこには、明らかに困惑の色を浮かんでおり。

「からかってなんか、ねぇよ」
「、でも……」
「たった5つ違うってだけで、諦めようとは思わねぇだけ」

射抜く様に雪菜を見つめるその琥珀色の瞳に、雪菜はぞくりと心が震え上がるのが自分でも分かった。
彼の言ったことは、正しい。
まさかこうして抱き合う二人が、教師と生徒だなんて見るものは残念ながら知り合いでもない限り居ないであろう。
教師という立場を捨てていれば、どんなにいいことか、と何度自分に問いかけたことか。
それでも、それでも。

「原、田く、」
「好きだ」

自分を抱く腕が強くなったと感じると同時に、落とされる唇への熱。
しっかりと重ねられたその唇に、反射的に瞳を閉じようとしてしまったが、自分の口を割る生暖かい感触に、雪菜ははっと頭を起こして原田の体を力いっぱいに押し返した。

「、雪菜?」

腕から離れたその温かい感覚に名残惜しさを感じつつも。
目の前で唇を押さえて真っ赤に顔を染める雪菜の姿を視界に留め、原田はその肯とも否ともとれぬ表情にそっと手を伸ばして腕を掴んだ。

「、……、す」
「うん?」
「こ、これも秘密にしておきますっ、生徒がこんな時間に出歩いてたらいけませんっ」
「おい、雪菜」
「先生、よ。私は先生で、貴方は生徒。早く帰りなさいっ」

視線を伏せたまま咄嗟に原田が掴んだその腕を振り切ったが、思った以上に力の篭っていたその腕に雪菜がもう一度それを剥がそうと顔あげれば、原田の瞳に頬を伝う雪菜の涙が目に入った。
ぽたぽたと止めどなく溢れ始めたそれに、本人は気付いていないのか、更に原田の手を無理に引きはがしにかかり、さすがに原田も手を緩めようとしたその時。

「おい、何やってんだ」
「、歳さ……?」
「おい原田。今何時だと思ってんだ」

めんどくさそうに眉を上げた土方が、煙草を吹かしながらやってきたかと思えば。
雪菜んを掴んでいた原田の腕を振り解き、そして言葉なく立ち尽くしていた雪菜をちらりと見てから、紫苑の瞳を原田へと向けた。

「おら、高校生はとっとと家に帰れ」
「んだよ、ガキ扱いすんなよ」
「大事な女一人まともに扱えずにどこが大人だってんだ」

煙草の煙と一緒にため息交じりに白い息を吐きながら、土方は原田の腕を離し、相変わらず視線を伏せながら立っていた雪菜の腕を掴んだ。
驚く事も、抵抗することも無くソレに従う雪菜の様子に、原田はひくりと頬を強張らせ。
ぽろり、と頬を伝って地面を濡らした雪菜の涙に更に顔を苦しそうに歪ませた。

「こいつは、俺が連れて帰るから」
「、へぇ、土方はやっぱり雪菜と付き合ってんだ」
「勝手に言ってろ、おら、さっさと帰りやがれ、不良め」

原田が何か噛み付く前に、土方はさっさと数台駐車されている車の中から迷うことなく雪菜の車へと足を運び。
助手席に雪菜を乗せると、そのまま数回切り替えしてからさっさと駐車場を後にした。

「っくそ、」

残された原田は、風の様に舞い込んできた今の光景の苛立ちのやりきれなさに。
近くで未だに煙を上げている灰皿を、力いっぱい蹴り上げた。




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あ、今更ですが高校3年生設定です(遅
原田君、ちょっとばかし未だ反抗期。
どうでもいいですけど、高校の先生とかって、裏ではみんな呼び捨て……でしたよね?アセアセ
違うかったらかるーくスルーしておいてください…!


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