薄桜鬼-現代- | ナノ
 





原田君の恋愛事情 -2-





「先生、さようなら」
「はい、さようなら」

いつもの放課後を迎えて、雪菜は廊下を行き交う生徒の声に答えてにこりと微笑んだ。
数人の女生徒がぱたぱたと過ぎ去っていく後姿をふと振り返り、雪菜は手にしていたファイルを心なしか握り締め。
靡いていくスカート、女生徒が身に纏う制服をぼんやりと見つめた。
脳裏にふと過ぎるのは、つい先日原田が口にした5つの年齢差。
あれからも、事あるごとに保健室を訪れては自分をデートに誘い続ける彼。
逐一心が高鳴ってしまうのは、自分もまんざらではないのだろう、それでも。
今の自分は学校の先生で、彼は生徒。
彼程の気さくな性格と、容姿からすればおそらく自分が相手をしなくても、すぐに誰か見つかるだろう。

「あーあ、もったいない」

ぽつりと呟いて雪菜は手元を見下ろした。
先生という立場さえなければ、喜んで彼の手を握り返しているだろう。
ちくりと痛んだ儚い恋心に別れを告げて、雪菜は手に掛かる白衣を少しだけ捲り上げた。

「何ぼーっとしてんだ。職員会議始まるぞ?」
「あ、歳さん。ごめんなさい」

ポンと頭に硬いものが当たったかと思い、それを振り返れば。
彼もまた会議室へ向かっているのだろう、少し疲れた様な土方の姿。

「何だ、考え事か?」
「いやいや、儚い恋心に別れを告げていたんですー」
「何だそれ」

片眉をあげて呆れる様に口を開いた土方に、雪菜はふっと笑って再び歩きだした。
すぐ横を歩く土方もまた、横に並びながら彼女の隣に大股に1歩近付き、それと同時にふと鼻腔をくすぐった香りに、雪菜は苦笑と共に土方を見上げた。

「歳さん?」
「何だ」
「校内での逢引は禁止ですよ?」

にやりと笑って土方の肩口に背伸びをしてその肩口に鼻を寄せれば。
やはりそこには彼の煙草の香りに混じって、女性特有の爽やかな香り。
その雪菜の言葉に、土方はがらにもなく頬を少しだけ赤らめて投げやりに視線を中庭へと送った。

「悪ぃ」
「いえいえ、別にいいんですけどね。まぁ姉として一応は妹の身が大事ですから。」
「魔が差した、って事にしといてくれ」
「はいはい」

クスクスと笑ってみれば、それでもどこか気まずそうな土方の表情。
中庭を見つめたまま唸り声を漏らした土方のその視線を追って雪菜もまたそこへ視線を送ってみれば。
水道の蛇口をひねって遊ぶ、永倉と原田、そして雪村の姿。
あのメンツに自分の”妹”がいる事は珍しいが、土方と同じ方向から出てきた辺り、教室へ戻る途中だったのだろう。

「卒業したら、一緒に住むんです?」
「そしたら、お前が一人になるだろう」
「あらやだ、私そんな事心配される年かしら」
「知ってるぞ、原田と良い感じなんだってな」
「どこの教師がそんな事先生に言うわけですか。ありえません」
「へぇ」

そう、土方の秘密の恋人は、自分の妹でもある雪村千鶴。
姉と妹が同じ学校に勤めるが故に、いろいろな事を配慮した上で千鶴との血縁関係を知っている者は学内でも僅かな教員のみ。
さらに、土方と実の妹が恋人関係にあるという事を知っているのは、もちろん雪菜のみ。
同じ大学の先輩後輩だった頃から親しくしているうちに、あれよあれよという間に深い仲になったのは2年前の事。
まさか同じ職場に彼が転任してくるとは夢にも思わなかったが、もしかしたら土方がどこかに頼み込んだのかもしれない、等と胸中で憶測を深めたが。
そのまま雪菜は黙りこみ、水を永倉にかけて遊んでいる原田を見つめた。

「道連れにしてやろうかと思ったのに」
「何言ってるんですか、歳さんほど私器用じゃないです」
「雪菜はそうでなくても、原田は器用だと思うぞ?」
「歳さんっ!!!もーだからっ、さっさと職員会議に行かないと遅刻しちゃいますよっ」

頬を赤らめて土方をファイルでばしばしと叩く雪菜に、土方はくすくすと珍しく笑い声を漏らし。
その様子に更に顔を赤らめるあたり、大方間違いでもない自分の推測に土方は仕方なく会議室へと再び歩き始めた。

「あの2人って、授業かぶってないのに仲いいよなぁ」

そんな様子を遠くから見ていたのは、水をかけあっていた永倉達。
ぐしょりと濡れてしまったシャツが肌にはりついて気持ち悪いのか、永倉はシャツを脱ぎながらふと目にとまった遠くを歩く雪菜と土方の姿を目に留めた。
それにつられて、原田と千鶴も彼の視線を追ってみれば、ちょうど雪菜が土方の肩口に顔を埋めており。
特に恥じらいも無いその二人の様子に、つまらなさそうにため息をついた。

「あの厳しい土方にあんなことできるのって、雪菜先生ぐらいじゃねぇか?デキてたりして」
「さーな」
「何だお前、雪菜先生狙いじゃなかったのかよ」
「野暮なことは聞くんじゃねーよっ、おらっ」
「うっわ、冷てっ」

最後に一発、とシャツを脱ぎ去った永倉に思い切り水をかけてみれば、まだ少し肌寒い季節等気にも留めない様に水を浴びる永倉に、原田は興ざめた様に水道の蛇口を閉めた。
もっとこいよ、等と喚く永倉に普段なら付き合ってはいるが、今はすっかりと視線は二人に縫いとめられたまま。
そのうち、土方の腰をファイルで叩いている雪菜の姿に、微笑ましい気持ちやら、それでも二人の楽しそうな様子に複雑な感情が込み上げてしまう。

「ん?どうした、千鶴」
「え?」

その様子をじっと見つめていた千鶴に気付き、原田がふと声をかけてみれば。
何故か頬を少し染めた千鶴に、原田は目を軽く細め。

「気になんのか?」
「ううん、そんな事ないよ」
「何だぁ?千鶴ちゃんは土方狙いなのか?」
「ち、ちがっ!」

不意に会話に入ってきた永倉の思いがけない言葉に、明らかに頬を染め上げた雪菜を見れば、一目瞭然。
手を顔のまえでぶんぶんと振っているが、根が正直なのはこういうときに都合が悪い。

「くーっ、何でまたあんな鬼教師に惚れるんだ、もっとこう男らしい筋肉に満ち溢れた……」
「だから、永倉君!違うってば!」

今にも頭から水蒸気が明かりそうなほど真っ赤に顔をそめた千鶴には、もはや何を言っても後の祭り。
幸いの救いは、その会話の相手が永倉だという事ぐらいか、と胸中で笑いながら原田は千鶴の頭をぽんっと撫でた。

「ほら、もう行っとけ。こいつは俺が相手しとくからよ」
「ち、違うんだからね。本当に、そんな……」

未だに弁明を続ける千鶴に、ぽんぽんと撫でながらこれ以上爆弾を踏まない様に背中を押してやれば。
原田を見上げて少しほっとした表情を宿しながら、千鶴はぱたぱたと足早にその場を足早に後にしはじめた。

「何だ、千鶴ちゃん帰っちまうのか?」
「俺らもそろそろ行こうぜ」
「俺は、女なんてない人生を歩んでやるぜっ」
「勝手に言ってろ」

いつもの永倉の言葉を軽くあしらいながら、原田もまた少し濡れてしまったシャツを腕をまくり。
隣で永倉が雑巾かの様にシャツを絞っている音を聞きながら、同時に耳に入ってきた雪菜の叫び声に顔をあげた。
相変わらず、そこには楽しそうに笑いあう二人の姿。
少し頬を膨らましているあたり、土方に何かからかわれているのだろうか、あんな表情で笑う土方の姿など滅多にみないが故に、原田は前髪を止めていたピンを無造作に引っ張りながらそれを外した。

「雪菜、歳さんって」
「んぁ?どうした、左之」
「いや、あの二人ってさ、他の先生らと違って名前で呼び合ってるな、って思って」

表情は怒ってはいるものの、楽しそうな二人の様子を原田が見つめている事に気付いたのだろう、永倉は濡れた体を拭う事無くがしりと原田の肩へ手をかけ。
先ほどとったばかりのせいで跳ねている前髪を、子供にする様に撫で付けた。

「まぁ、いいじゃねぇか。高校男児の恋愛つったら、儚く甘酸っぱいものなんだよ」
「うっせ」
「お、何だぁ、人がせっかく慰めてやってんのに……」

わいわいと何か言っている永倉を後ろにしながら、原田は少し苛立たしげにその腕を振り切り。
遠くから、雪菜が歳さんっ、と叫ぶ声を耳にしたが、原田もまた大きく伸びをしてから半裸の永倉をその場に残して教室へと鞄を取りに戻った。




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どのキャラも好き勝手動かしすぎてごめんなさ…!
いろんな方面から苦情がきそうだ……ガクブル


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