薄桜鬼-現代- | ナノ
 






原田君の恋愛事情





聞きなれたチャイムが耳に届いて、雪菜はパソコンの画面から顔を上げてちらりと時計を見上げた。
10時25分。
まだ1限が終わったばかりか、と雪菜はコーヒーを入れるべく席を立った。
薄桜学園に、保健士として勤める雪菜。
大学を卒業したばかりという事もあり、まだまだ仕事には慣れない事ばかりではあるが、それでもこの学園に勤めはじめてから、少しずつではあるが業務にも慣れてきた。
生徒達は年齢が近いせいもあってか、気軽に悩み事を相談してくれるそんな毎日が楽しいと感じながら。
今日はどんな生徒の悩みを解決できるかな、等と胸を躍らせながらコーヒーを注ぎいれると同時に、ガラリ、と保健室のドアが不意に開いた。

「雪菜セーンセ」

その声の主は、振り返らずとも誰か見当がつく。
それ程ここへ通いなれたその生徒に、雪菜は薄く緩んだ頬を引き締めて勢いよく振り返った。

「原田君……今日は何の用?」
「あ、ひっでーの。怪我したから来たに決まってんだろ?」

その言葉に、雪菜は少しばかり顔を顰めて入り口を閉めた原田の顔を見上げた。
長身の彼は、学ランの上は身に着けずに、代わりに薄い茶色のカーディガンを身に着けており、赤みがかった少し長い髪は今日は額の上あたりをクリップで留めている。
学生服を見にまとってはいるが、スーツをきても特に差し支えしなさそうな容姿に、相反する自分の容姿が少し悲しくなるのが本音のところ。

「怪我って、どこを?」
「ほら」

にんまりと満足そうに保健室の中に足を進めた彼は、相変わらずマグカップを手にしたままの雪菜の前で、右手人差し指を差し出してみせた。
見やすいよう、雪菜の視線の前に出されたその指をよくよく目を凝らしてみてみれば、ほんの僅かに入った切り傷。

「紙で切ったの?」
「あたり。もう痛くて痛くて先生に会う前に死ぬかと思った」
「こんなので原田君は死にませんー」

じろりと、精一杯睨みつけてみても、見上げた原田は相変わらず笑みを浮かべたまま。
しょうがなくマグカップを机においてから、雪菜は棚の中から脱脂綿と絆創膏を取り出した。

「ほら、手、見せて?」

丸椅子に腰掛けてくるくると足で椅子を回していた原田は、待っていましたと言わんばかりに指を差し出し。
絆創膏を口に咥えながら、雪菜はピンセットで摘んだ脱脂綿を原田の人差し指に押し当てた。
切り傷から少しだけ見えている血もすでに固まっているので、本当ならここまでする必要はないのだが。
何だかんだ言いながらも律儀に処置を進めている雪菜を見つめて、原田は笑みを深めた。

「雪菜センセ」
「んー?」

脱脂綿を机のゴミ箱に捨ててから、雪菜は口で挟んでいた絆創膏を手に取り。
原田の人差し指を再度手に取った。

「いつ、デートしてくれる?」
「またそれ?」
「だって、一度もオッケーくれねぇじゃん?」

拗ねた様に口を尖らせながら、原田は雪菜が巻きやすい様に手のひらを返し。
ちらりと雪菜を見上げては見たが、指に落とされた視線は自分へと向く事は無く、代わりに目に映った長い睫毛をじっと見つめた。

「うーん、だって」
「だって、何だよ」
「原田君は生徒で、私は先生なのよ?」
「だから?」

粘着部分を巻きつけようと片方の手で原田の指を返してみれば、不意にその指が雪菜の手を絡め取った。
あ、と雪菜が小さな声を上げたときには既に動いたせいで粘着部分同士で絆創膏がくっついてしまった後。
使い物にならなくなった絆創膏に嘆く様に声を上げて原田を見やる前に、どきり雪菜の鼓動が高鳴った。

「ちょ、っと」
「なぁ、俺じゃ駄目なのか?」
「原田君。手、離して……?」
「答えてくれるまで、離さねぇよ」

もともと小柄な自分との身長差は大分あるとはいえ、大きなその手に絡められた自分の手はまるで子供の様。
絡められたその手にぎゅっと力が篭ったかと思えば、自分を真剣に見つめる琥珀の瞳。
その整った顔は、5歳下とは到底思えない大人びた表情を宿しており、どんなに否定をし続けても高鳴る鼓動は収まる事なく、雪菜は誤魔化す様に口を開いた。

「原田君、いい加減に……」
「、わぁったよ、……ちっとばかし、やりすぎたな」

手を振り切ろうとした雪菜に気付いたのか、途端に原田の手が緩み解き。
もう片方の手でそれを宥める様に原田は雪菜の頭をぽんぽんと撫でた。
はたから見れば、悔しいが、間違いなく自分が生徒で彼が先生と見られても否定はできない。

「先生をからかうんじゃありませんっ」
「雪菜の反応がおもしろくて、つい」
「こら、先生ってつけないと、さすがに怒るわよ?」

少し威張る様に腰に手を当ててみれば、原田はおっと、と口を閉ざしてから、雪菜先生、と言い直し。
粘着で駄目になってしまった絆創膏を自分で剥ぎ取ってから、雪菜の白衣の胸ポケットから簡単に新しい絆創膏を取り出した。

「あ、それは……」
「センセ、今年いくつだっけ」
「……違うのよ、これは私の個人的なやつで、別に経費で買ったとかじゃなくて……」

そこから出てきたのは、所々にお花のマークと白い熊が散らばる可愛らしい絆創膏。
小学生用にも見えるそれに、おろおろと言葉を続ける雪菜に原田は苦笑めいた笑みを浮かべながら、その封をペリっとめくった。

「あの、だ、だって、可愛かったんだもん……」
「そうだな、可愛いな」

くつくつと喉で笑いながら、原田は特に気に留める事もなく、それを指に器用に巻き終えてしまい。
ご丁寧に一番メインの柄が丁度真ん中にくる様に巻いたそれを、どことなく嬉しそうに見つめた下ろした。

「いいの?それで……普通のもあるのに」
「いや、これでいい。雪菜先生とお揃いだろ?」

ほら、と開いていた手を取られたかと思えば、先日うっかり切ってしまった親指に巻かれた絆創膏。
確かにその柄は原田の巻いたものと同じとはいえ、さすがに高校男児が巻くような柄ではない。
それでも、至極満足そうに笑う原田に、雪菜はそれ以上何も言わずにただため息交じりの笑みだけを返して見せた。

「たった、5つだ」
「うん?」
「俺と先生の年齢差。んなもん、社会に出たら気にもならないだろ?」
「それでも……今は、先生と生徒でしょう?」

ぽいっと絆創膏のゴミをゴミ箱に捨てながら、原田は机の上のマグカップに手を伸ばしてまだ湯気のあがるそれを、雪菜が止める前に口をつけた。
一口ごくりと飲んでから、もともと浮かべていた笑みを更に深め、それが何を意図するのか聞かずともわかる雪菜は気まずそうに視線を逸らした。

「つ、疲れには糖分が必要なの」
「素直にブラックは飲めないって言やぁいいのに」
「ブラックも飲めますぅー」

いーっだ、等と食ってかかってしまう自分が、やはり情けなくも感じてしまうが。
もう一口マグカップに口をつけた原田は面白そうに笑ってそれを机に戻した。
やがてチャイムが二人の耳に届くと、時間切れか、と原田がつまらなさそうに呟き。
この休憩時間には誰も入ってこなかった保健室をいいことに、ベッドへと顔を向けた。

「先生、俺腹痛いかも」
「授業のおサボりは後で土方先生に言いつけるからね」
「いいじゃん、邪魔しない様に大人しくしてるから」
「ダーメ、ほら、早く授業に行きなさい」

良いコだから、と軽く原田の頭をぽんぽんと撫でてみれば、原田は更に不満そうにため息を一つついた。

「ほら、早く行かないと」
「ちゅーしてよ、雪菜先生。そしたら俺行く」
「ばかいってないの」

ぺちり、と上げていた額を軽く叩いた雪菜に、原田は苦笑を漏らしながら、しょうがなしに入り口へ止まる椅子を回転させたその時。

「雪菜、今いいか」
「あれ、歳さん?」

丁度原田が席を立ち上がったと同時ぐらいだろうか、がらりと開いた保健室のドアから顔を出したのは、土方。
今年は原田の学年こそ受け持ってはいないとはいえ、その厳しさは学内中に知れ渡っているが、それ以上に、ある意味原田が気になる相手でもある。

「おいこら、原田。何してんだ。さっさと授業に行け」
「はいはい、わかったよ。てわけで、雪菜」
「だから、先生って呼びなさいって言ってるでしょう?」

クスクスと面白そうに笑いながら、原田は保健室の入り口へと歩きながら、そこに立っていた土方をちらりと視線に居れ。
もう一度入り口で足を止めてから、両手をポケットに突っ込んだ。

「俺とのデート、ちゃんと考えててくれよな?」

さっさと行け、と雪菜の反応を待たずに足で軽く原田を投げ払いながら土方はぴしゃりと保健室のドアを閉めてしまい。
それに思いっきり顔を顰めて小さく悪態をつきながら、原田はゆっくりと教室へと歩き始めた。




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原田君高校生verを書いてみたかったのです。
ちょっとばかし、普段より子供っぽい感じで。
その結果、エセ原田君です、ごめんなさいorz



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