薄桜鬼-現代- | ナノ
 




Somebody's me -12-





放課後の教室、目の前では自分の机に椅子を向けて必死でノートを写している藤堂の姿。
こんな光景、先週までは一度も無かったのに、と雪菜は嬉しい笑みを漏らした。

「まじサンキュな!恩に着る!」
「はいはい、早く移して部活に行かないと、土方先生に怒られちゃうよ。」
「もう俺一生土方さんから逃げれない気がするんだよな……」

不満そうに口を尖らせながらも笑みを漏らしながらノートにシャーペンを滑らす藤堂に、隣に座っていた千姫が楽しそうに微笑む声が聞こえてくる。
その姿をちらりと見つめて雪菜は大袈裟に溜息を漏らしてみせると、彼女は更に面白そうに笑い声をあげた。

「まさか千姫まで……。」
「ふふ、ごめんね?」
「もっと早く教えてくれたら良かったのに。」

考えなくはなかったけれども、隣で微笑む千姫に雪菜は溜め息まじりに苦笑を漏らした。
彼女もまた、前世で監察の仕事中には度々世話になった人物の一人。
先週までは出来たばかりの友達という事もあり、よそよそしさもあった筈なのに、思い出したが最後、すっかりとそのような隔たりもなくなってしまった。

「無理に手をかけて思い出させて失敗したらって思うと、ね……それより、雪菜、原田さんとは……?」
「……原田”先生”、とも無事に元通りになったよ。」

雪菜の報告に、嬉しそうに笑みを零す千姫を見つめて雪菜も笑みを返し。
そう言えば、前世においても彼女には似た様な報告をした事があるなと懐かしみながら机に肘をついた。

「ほんと、変な感じ。」
「そのうち慣れるって……、うし、雪菜!ノートありがとな!」
「どう致しまして。」

目の前でシャーペンをくるりと回してノートを鞄に放り込んだ藤堂に、雪菜も自身のノートを仕舞い込んだ。
授業が終わって大分時間がたったせいか教室には自分達3人しかいない。
教室の窓の戸締まりだけを簡単して廊下に出ると、携帯を開いた千姫はげんなりと溜め息をついた。

「じゃあ私も行くね。昔と何一つ変わってなくて、お菊が五月蝿いのよ。」
「ふふ、嬉しいくせに。じゃあ、また明日ね。」
「じゃあまたな、二人ともっ!」

教室を出て部活に下校にと、それぞれ別れた二人の後ろ姿を見送りながら雪菜は階段を上がり始めた。
先週、うっかりと持ち帰ってしまった豊玉発句集。
返そうと思いながらも週末は原田の家で過ごしてしまった為に結局返しそびれてしまったそれを鞄から取り出し。
職員室か歴史の準備室かと悩んだ末に、雪菜は準備室へと足を進め始めた。

「原田先生、今週末暇ですかぁ?」
「今週?」

少し人通りの減った廊下を歩いていれば、ふと聞き慣れた声が耳に届き。
窓に送っていた視線を上げてみれば、数名の女子生徒に囲まれる原田の姿。
ああ、やっぱり職員室の机の上に置いてくればよかったかなと後悔が襲うが、原田の視界にも確実に入ったであろう今この場で足を翻す訳にも行かず。
しょうがなく、遠回りにはなるけれどもこの廊下を通り抜けて職員室に行こう、と少し足を早めて通り過ぎようとしてみれば。

「私達、今週みんなでバーベキューしようかなって思っててぇ、原田先生もどうですか?」
「はは、いいなそれ。だけど、悪い。俺予定入ってんだわ。」

そう、問い上げた女子生徒の言葉が耳に入ってきてしまい、どことなく足が遅くなってしまう自分に気付いて、雪菜は胸中で苦笑を漏らした。
千姫から、原田は女子生徒に人気があるとは聞いていたけれど。
以前なら何一つ気にならなかったのに、今はしっかりと彼等の会話に耳の神経を集中させてしまっている自分がいる。
1年はバレないようにしろとあれだけ原田に釘を刺したのに、本当に刺さないと行けないのは自分の方だ、と雪菜は溜め息を漏らして職員室へと続く階段を下りようとしたその時。

「七津角さん?」
「え、あ、はい?」

ふと階段の上から声がかけられ、顔を上げてみればそこには見慣れたクラスメイトがこちらを見下ろしていた。
見慣れたとはいってもクラスでは一言二言しか会話を交わした覚えも無く、名前も定かではない。
慌てて名前を思い出そうと彼の顔をじっと見つめていれば、トントンとリズム良く階段を下りてきた彼は雪菜の目の前に立って苦笑を漏らした。

「あ、っと、同じクラスの東月だけど……分かる?」
「あ、ごめんね、東月君。」
「今から帰るなら、一緒に帰らない?よければ学校の周辺、案内するよ。」

人の良さそうな笑みを浮かべながら小首を傾げて問う彼は今しがた名前を思い出せなかった自分をさほど問いつめる訳でもなく。
転入してきてあまり知り合いも居ない中の貴重な誘いに、にっこりと微笑んでありがとう、と告げてみればふと今度は自分の隣に陰が出来たのを感じた。

「七津角、悪いな待たせて。」
「え?」
「読みたがってた資料、手に入ったから取りにくる約束だったろ?」

突然乱入してきた上に、さらりと自分を見下ろしながら告げられる言葉に、一瞬呆気にとられて原田を見上げたけれども。
原田の言葉に、えぇそうでした、何て咄嗟に返してしまう自分も現金なものだと笑いながら目の前の東月を振り返った。

「七津角さん、勉強家なんだね。」
「あ、ほら。私、イギリスに居た分、みんなから遅れちゃってるから……。」
「あぁ、そっか。すごいね、またイギリスについていろいろ教えてくれよな。じゃ、また明日。」

にこりと笑いながら原田にも頭を軽く下げて階段をそのまま降りて行く東月を見つめ、彼の姿完全に視界から消えると同時に雪菜は溜息を漏らした。
じろりと視線を送ってみれば、ひょうひょうと涼しい顔をした原田は雪菜に気付くとにやりとわざとらしく口角をあげてみ。

「センセ、資料を頼んだ覚えなんてありませんけど?」
「ん?そうだったか?」

すぐ目の前にある歴史の準備室の鍵を取り出し、二、三度回して扉を開き。
原田に続いてそこに足を踏み入れてすぐに、自分が締めた訳ではないのに既に締められた扉を背中に感じ。
何とも早い原田のその行動に驚いて顔を見上げてみれば、琥珀の瞳が直ぐ目の前に突然現れ、唇に響く一つのリップノイズ。

「……、ここ学校。」
「ここ、俺専用の準備室、つまり誰もこねぇって事。」

くく、と笑いながら雪菜の頭をくしゃりと撫で、そしてもう一度唇を寄せようと屈んだ原田との間に、雪菜は咄嗟に句集を差し込み。
古びたそれにさすがに原田も匂いで気付いたのかぱちりと瞳を開き、差し込まれていたそれに苦笑を漏らして片手でソレを取り上げた。

「何?」
「返しにきたの。」
「うん、それで俺のキスの邪魔をする理由は?」
「……、ここ学校。」

もう一度同じ言葉を告げてみれば、原田は少し面白くない様に顔を顰めて句集を棚二並ぶ本の上にそれを置き。
ちぇ、何て拗ねたように言葉を告げた原田に、今度は雪菜が面白そうに原田の顔を覗き込んだ。

「あんな突発的な口合わせ、私にさせないで下さいよ、センセ?」
「悪いな、生憎目の前で自分の女が他の男の毒牙にかかってるのを見逃せる程良い彼氏じゃないんでな。」
「毒牙って……東月君は別にそんなんじゃ、」

ない、と告げようと開いていた口は、次の瞬間には唇が塞がれてしまい。
あまりに突然の事に原田の胸元を押し返そうとしたが、自分を抱き込む様にしっかりと抱えた原田の胸元は離れる事等なく。
先ほどの触れるだけのキスではない、深い熱いキスを受け入れるしかない状態にぎゅっと瞳を閉じた。

「ん、っ……っ、せ、、んせ……っ」
「先生って、結構そそるな、癖になりそう。」
「ばっ、か……!そ、それ以上したら土方さんに言うんだからねっ!」
「はいはい、わぁったよ。ったく、土方さんはお前には甘いからな、あーぁ、今世も俺はあの人には頭が上がんねぇよ。」

ようやく離れた原田の腕に大きく後ずさりをしてみれば、原田はがしがしと髪をかきあげながら準備室の窓を開き、ジッと煙草の火をつける。
程なくしてふぅ、と長い息を吐く原田に雪菜は火照った頬と乱れてしまった息を押さえ込んだ後に、ようやくちらりと原田を盗み見た。
窓を開けた外から響いてくる、野球部かサッカー部だろうか、部活動のやり取りを見下ろしながら少し楽しそうに煙を吐きながら目を細める原田を見つめ。
こうして見ると本当に整ったその顔立ちに優しい笑み、これは女子生徒が騒ぐのも無理は無いなと雪菜は溜め息を漏らしてその後ろ姿に近寄った。
嫉妬なんて、前世でも滅多にしなかったのに、先ほどの女子生徒との楽しそうな会話にチリリと妬きついた心。
変わらない自分達と、変わって行く世界に戸惑いは覚えてないつもりだったのに、こんなにもかき乱されている自分に気がついて。
今日だけ、何て都合のいい言い訳を胸中で漏らしながら雪菜はそっとその背中に腕を伸ばした。

「……雪菜?」
「七津角です。」
「あぁ、七津角、何してんだ?」

ぎゅっと後ろから抱きしめた突然の雪菜の行動に、原田もさすがに予想していなかったようで。
咄嗟に煙草を携帯灰皿に押し付けた原田を感じながら、雪菜はその大きな背中に腕をしっかりと巻き付けた。

「抱きしめてるの。」
「……、ここ学校。」
「うん。だから?」

くす、と先ほどとは逆の会話を交わした後に、原田が笑う声が聞こえてくる。
ゆっくりと体を窓から戻した原田は雪菜を振り返り、今度は原田が雪菜をその腕に抱え込んだ。
窓は開いたままだったけれども、原田と自分の身長差なら外から自分の姿が見える事もないだろう、とそっと自分を見下ろしていた原田を見上げ。
誘う様に少しだけ腕の中から背伸びをしてみれば、原田も嬉しそうに琥珀色の瞳を細めて頭を寄せーーー。

「おい原田、居るかーーーー」
「あ、」
「げ、」

準備室の扉を開けて入ってきたその存在に、触れそうになっていた唇がぴたりと止まった。
引き寄せられている腰からは動く事も出来ずに、ぎくりと視線だけを入り口へ向けると、そこには眉間にこれでもかと皺を寄せた土方の姿。

「原田……お前は何してんだっ!」
「うげ、俺かよ、ちょぉそりゃないぜ土方さん、誘ったのはこいつで……!」
「ち、ちがっ……私は別にっ!」

おろおろと目の前でこめかみを引き攣らせている土方に、原田と共に慌てて弁解しようと試みるが。
準備室にずいと足を踏み込ませて鍵をかけ、雷を落とし始めた土方の説教を二人揃って小一時間程受けながら、昔と変わらない光景にバレない様に笑みを漏らした。




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とりあえず、一旦これにてsomebody's me は終了です。
次回からは短編だったり、中編(2話〜5話)だったりでイベントとか書いていきたいなぁ、と。
沖千絡みがみたいというリクを多々頂いてあるのでそれも書けたら、と思います。
ひとまずここまでお付き合い下さりありがとうございました!


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