薄桜鬼-現代- | ナノ
 





Somebody's me -9-





「ほら、入れよ。」
「あ、うん。お邪魔しまー、す。」

家から車で15分ほどの、デザイナーズマンションのような外見が少し目立つその前で車を止め。
家主が無機質な扉を開けて入るように促すと、雪菜はおずおずと玄関を跨いだ。
きょろきょろ周りを見渡しながら足を進める雪菜の背中を押しながら、原田はリビングの電気をパチリとつける。

「んな見ても何もねぇぞ?」
「いや、うん、そうだけど…あの、男の人の一人暮らしって初めてだからさ。」

ぽつぽつと漏らしながらも、まだ視線をうろうろさせている雪菜に、そうか、と原田はどこか嬉しそうに笑いながら、ジャケットを脱ぎ始めた。
すっかり暗くなった窓の景色に、ちらりと腕時計に目をやると、すでに21:00をさしている。

「腹減ってるか?」
「んー…、お昼が遅かったから、あんまり減ってない。」
「だな、俺もだ。冷蔵庫に何かあったっけな。」
「え、左之さん料理するの?」

少し意外そうに振り返ると、原田はジャケットをカウンター前の椅子にかけながら眉を上げた。
意味深な笑みを浮かべたまま、冷蔵庫をあけて、腰を折りながら中に手を伸ばし。
再び腰をあげると、何も言わずに雪菜にビールの缶をちらつかせた。

「……、しないのね、料理。っていうかそれはご飯じゃないし。」
「似たようなもんだ。」

眉をしかめた雪菜に、苦笑を漏らしながら原田はそれを冷蔵庫に戻した。
飲まないの、という雪菜の問いかけに、首を振りながらジャケットのポケットからタバコを取り出し。

「や、昼飲んだしな。……タバコ吸っていいか?」
「あ、うん。」
「悪いな。適当にくつろいでてくれ。」

そういいながら、中途半端な位置で立ちっぱなしになってる雪菜の前を横切り、テーブルの上に置いてあった硝子の灰皿を手に取る。
カチャリと窓のロックを開けたて、そのままベランダに出たその後姿を見送り、雪菜はとりあえず自分の鞄を下におきながらベッドに腰を落とした。

「シンプルな部屋ね。」
「そうか?」

ちらり、と雪菜を一瞥してから、原田は再び背を向けてカチカチとライターの火をつける音が数回聞こえてきた。
ジジっと紙の燃える音が静かに響きに、暫くして白い煙が目に入る。
そういえば、彼からいつも少しだけ香るタバコの香り。
雪菜の家では1本も吸っていなかったのは彼なりの心遣いなのだろうか。
そんな事を考えながら周りをぐるっと見渡していると、間もなくして鼻先にタバコの香りがくすぐった。
外に出ていようが、開けっ放しのその窓に苦笑を漏らして、雪菜は静かに腰を上げ。
そっと、煙草を吸うその後姿に近寄り、とん、っと後ろから抱きしめてみると、彼は特に驚いた様子もなく、雪菜の手に灰がかからないように気持ち両手をあげた。

「ん…寒くないか?」
「うん。」

その広い背中に耳をくっつけ、瞳を閉じる。
表情を覗き込まなくても、彼が今確かに微笑んでいる気がして、雪菜の口元も自然と緩む。
きゅっと少し力を入れると、彼は灰皿を窓枠において自身の腰に回る彼女の手に自分の手を重ねた。

「どうした?」
「うん、……待たせて、ごめんね。」
「………。」
「左、之さん?」

黙り込んだ原田に疑問の声を上げるも、紙の擦れる音に、タバコを灰皿に押し付けている気配を感じて腕を緩め解く。
するりと体を離したものの、すぐにその腕は振り返った原田に掴まれてしまった。
何やら無言で自分を見下ろす原田の表情からは、彼の気持ちは読み取る事が出来ない。
雪菜を抱きしめるでもなく、そのまま原田は片手で窓を閉め、雪菜の手を引きながらベッドへと腰を掛け。
自分を、未だに無言でじっと見上げる彼の表情を立ったまま見下ろしながら、雪菜は小首を傾げた。
少し細められたその真剣な、自分を捉える瞳の奥に自分が写し出されている。
あまりに恥ずかしくて、目を逸らした矢先に、耳にかすれた彼の声が届いた。

「………逢いたかった。」

ぽつり、と囁かれたその言葉に、雪菜は息を小さく飲む。
自分をまっすぐに見つめるその瞳を再び見つめ返し、そして語らずとも彼がどれほど自分を求めていたのか。
痛い程伝わってくるその瞳に、雪菜自身、また緩みそうになる涙腺をぐっと堪えて精一杯、微笑んだ。
そしてゆっくりと、少し震えているのを感じながら、こちらを見つめる彼の頬に手を伸ばした。
静かに、確認するように何度か撫でる彼女の手に顔をあずけながら、原田は少し揺らいだ彼女の瞳を見つめ返して微笑んだ。
ようやく見つけ出した彼女は、やはり昔と何一つ代わらない。
それがひどく嬉しくて、何か言葉を紡ぐ代わりに片手で彼女の頭を引き寄せ、唇を重ねる。
ちゅ、ちゅっと小鳥のついばむような、少しくすぐったいそれに答えるように、雪菜は掴まれていた腕をはずし、そっと彼の首に手を回した。
それが合図と言わんばかりに、するり、と背中を一撫でした彼の腕に、雪菜はぴくりと体を振るわせ。

「あ、あの…」
「ん?」
「私、その。」
「おう。何だ」

何か喋ろうにも、繰り返し落とされ続ける唇に少し体を引こうと力を入れたが。
それを許さない彼の腕に引き寄せられ、むしろより一層深く貪られ。
ようやく解放されたのも束の間、それでもまだ唇を求めるように、唇が触れるか触れないかのぎりぎりの距離で。

「男の人と付き合う、の、初めてなんだ、けど。」

抜け落ちた体を支えるように、自分の胸元をしっかりと掴みながらも。
眉を下げて、顔を真っ赤にして困り果てたような雪菜の姿に、原田はふっと口角を上げた。

「嫌、か?」
「……。」

少し触れるその唇に、雪菜は暫くして小さく首を一度だけ横に振る。
まだ少しばかり息をするのが苦しそうな彼女に、名残惜しく唇を離して、そしてその耳元に再び落とし。

「カラダが覚えてなくても、…ココロが覚えてる、だろ?」

原田のその囁きに、雪菜は掴んでいた彼の胸元を強く握り返した。




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長い間離れていた人に会えた時。
触って、熱を感じて。
そこに居るのを確かめたくなりますよね。



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